天翔ける雀
三藤孝太郎
第1話 日本最強の少女①
ボロボロのアパート、その一室から暖色系の照明が漏れている。
「ろーん!」
「うわすご~!小雀(こがら)は天才だね~!」
「へっへーん!」
小学校低学年ほどの少女と、20歳くらいの女性が狭い室内の中央にあるこたつに座っていた。
地震でも来ようものなら、跡形もなく崩れ落ちてしまうのではないかと思えるほど、ギシギシと家鳴りの激しい建物。
それでも、2人の表情に悲壮感は1ミリだってない。
笑顔の2人を挟んだ天板の上にあるのは……麻雀牌。
「小雀の『がら』は『麻雀』の『じゃん』!つまり麻雀の天才ってわけよ!」
「そ、そうなの?」
「そうだよ!」
少女は1つの牌を持ち上げる。
鳳凰が描かれた、1枚の牌。
きらきらとした瞳で、少女は笑う。
「楽しい!」
「うんうん!」
……2人は毎日のように、麻雀牌で遊んでいた。
運命が2人を分かつ、その日まで。
【天翔ける雀】
都心から電車で15分ほどの駅から、歩いて3分。
住宅街に向かって伸びていく商店街にあるビルの3階に、『雀荘あかさたな』はあった。
『麻雀』
1900年頃に日本に伝わったとされる、中国発祥のテーブルゲーム。
近年ではプロリーグが発足し、広く親しまれるようになった。
今では全国に実に1万近い麻雀店が存在している。
「莉乃さ~ん!佐藤さんにアイスアリアリお願いします~」
「はいよ~」
「こっちラストで~す!」
綺麗に清掃の行き届いた店内には、麻雀卓が6つ。
休日ということもあり、店内はお客さんで賑わっていた。
「詩鶴さんやっぱり強いねえ~来週から楽しみにしてるよ!」
「ありがとうございます」
店の最奥、カウンターから一番近い卓で、「詩鶴」と呼ばれた20代後半らしき女性が笑顔でぺこりと頭を下げた。
「じゃあお客さんご案内しますね」
「もっと詩鶴さんと打ちたかったな~!」
にこり、と笑ったままグレーのセーターを着た女性が席を立つ。
すらりと高い背、銀の美しい髪が背中まで伸びていて。
首元にはネームタグが掛かっており「最強位戦プロ麻雀協会 銀林詩鶴」と書いてある。
「詩鶴さんお疲れ様です!」
「うん、お疲れ夏葉」
「今日もめっちゃトップとってますね!流石です!」
席を立った詩鶴の元に駆け寄った茶髪の少女の首にかかっているネームタグにもまた「最強位戦プロ麻雀協会 小寺夏葉」とあった。
『麻雀プロ』
主要なプロ団体のテストを受け、合格した者のみが名乗る資格を得る。
リーグ戦やタイトル戦に挑み、日々切磋琢磨を続ける雀士達。それが麻雀プロなのだ。
多くの麻雀プロはこうして、町の麻雀店で働いている。
からんからん、と扉が開く音がして、詩鶴と夏葉の2人が店のドアの方へ目をやった。
入って来たのは……一人の少女。
白いコートを着た、黒髪ロングの少女が、店内に足を踏み入れていた。
「いらっしゃいませ!」
「……」
夏葉が少女の元へ歩みよって声をかけた。
無表情の少女は、夏葉の呼びかけにぺこり、と頭を下げる。
「来店は初めてですか?」
「……はい」
「なるほど!じゃあルール説明からですね、一旦ここに座ってもらって……この紙に名前とか書いちゃってください!……麻雀店に行ったことは?」
「ないです」
待つために用意された席に少女を促して、新規客用の記入用紙を差し出した夏葉の表情が、少し驚きに変わる。
珍しいタイプだからだ。
当たり前と言えば当たり前だが、基本麻雀店に来るのは少なくともどこかの麻雀店には遊びに行ったことがあるお客さんが多い。
全く麻雀店に行ったことのないお客さんというのは稀。
ただ、それでも全く来ないタイプというわけではない。
驚いた表情はすぐにしまい込んで、黙々と用紙に記入を続ける少女に対して夏葉が笑顔を作る。
「分かりました!麻雀自体はセットとかでやってたり……っていう感じですかね?」
「いや、ネットだけです」
「な、なるほど~」
ネット麻雀。最近はアプリで手軽に麻雀を遊べることもあり、そこから実際の牌に触ろうと遊びに来るお客さんも増えている。
……増えてはいるが、やはり最初は友人と、家族と。ある程度作法を学んでくるのが一般的であるからこそ、無表情なままの少女に対して、夏葉が流石に困った表情を見せた。
「ネット麻雀は、結構やってるのかな?」
「詩鶴さん?!」
そんなタイミングで、後ろに控えていた詩鶴が、夏葉の後ろから少女に声をかけた。
書き終わったらしい少女は、詩鶴の声を受けて顔を上げる。
「はい。それなりには」
「おっけーおっけー。じゃあ細かい作法とかは私が教えよう」
「え?!」
そんな詩鶴の言葉に驚いたのは、夏葉の方だった。
「え、そんな、詩鶴さんがわざわざ……」
「うん、もちろん良いよ。今丁度全卓マルになった所だったしね」
夏葉にとって、詩鶴は尊敬すべき人であり……なにも初心者に麻雀を教えるくらいは、後輩でありまだ新人の部類に入る自分がやるべきでは……そう言いかけて、流石にお客さんの前でハッキリそういうわけにもいかず。
少し夏葉が口ごもった瞬間。
「……あの」
詩鶴と夏葉のやりとりに、少女が割って入る。
そしてその少女から出てきた言葉は、あまりにもインパクトのある言葉で。
「私このお店で一番強い人と打ちたいんですけど」
思わず、2人が固まる。一瞬の静寂。
僅かな間を開けて、先に口を開いたのは夏葉だった。
「あ、あのねえ……あんた」
先ほどまでは笑顔を見せていた夏葉の額には青筋が浮かんでいる。
少女の失礼な物言いに夏葉が嚙みつこうとして――それを詩鶴が制した。
「面白い子だね。うん、良いね。じゃあお望み通り、一番強い人と打たせてあげよう」
詩鶴は変わらぬ笑顔のまま、お店の後ろの方へ振り返った。
「真奈!悪いんだけど一緒に打ってもらって良い?」
「……詩鶴さんと打てるなら!」
少しの間を空けて、真奈、と呼ばれた少女がカウンターの後ろからにこりと笑顔を見せた。
スタイルが良いのが冬っぽいニットセーターの上からでも分かる。非常に丈の短い黒のミニスカートからは、長い脚がすらりと伸びていた。
非常に整った顔立ち。くどすぎないながらもナチュラルなメイクで「可愛い」を全面に押し出したような、そんな少女。
「え、真奈ちゃんと詩鶴さんと打てるの?良いなあ~あの子!」
「俺も後でお願いしよ」
「えへへ!是非是非!後で一緒に打ってくださいね!」
周りの卓で打っているお客さんがにわかにざわつき、それを真奈が相手する。
彼女とやりとりをするお客さんは皆笑顔だった。まるで、彼女という太陽に照らされているかのような、そんな笑顔。
しかし当の本人である黒髪ロングの少女だけは、全く状況を理解していなくて。
飲み物をお客さんに運んでいた、もう一人の店員である緑髪の背の低い少女に、詩鶴が声をかける。
「莉乃、申し訳ないんだけど卓回し頼むね」
「あいよ~任せて」
ぽかん、とし続ける少女に、詩鶴が再び向き合って。
「じゃあ、やろうか」
「……えっと、あの人が一番強いんですか?」
少女が指差した先。
カウンターの後ろから顔を出した可愛くて明るい、溌剌とした真奈、という少女だ。
しかしその問いに、詩鶴が首を横に振る。
「ん-ん?違うよ」
「え、じゃあ……」
詩鶴がふいに、大仰に、優雅に、頭を下げた。
「このお店で一番……いや、ちょっと違うね」
銀の少女が不敵に笑う。
「〝日本で一番麻雀が強い”のは、この銀林詩鶴だ」
詩鶴のその言葉に、少女が目を見開いた。
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