柳生二蓋笠(やぎゅうにがいがさ) ~柳生宗矩と坂崎直盛、二十五年を越えた友誼(ゆうぎ)の証(あかし)~

四谷軒

プロローグ

01 坂崎事件


 わたしを、ころしてください。

 かれはそう懇願した。


「わたしは、罪を犯しました」


 聞いてもいないのに話し出す。

 問わず語りという奴だろうか。

 緊張のあまり、かつての戦いで、火傷やけどに爛れた顔を震わせ、かれはぽつりぽつりと語った。


「わたしは武功を上げました。それはあなたも知るとおり、天下に隠れなき手柄。されど、将軍はそれを認めていませんでした」


 口だけは、感謝している、これに報いると言いながら。

 かれはそれをくちしそうに語った。

 震えているのは、そのためだ。


「だから、やりました」


 うな垂れた頭。

 下を向いた口から出るその言葉は、やはり下から響き、地の底から――地獄から聞こえるように思える。


「そうです。わたしは――手柄を上げたのに認めない、褒美を寄越さない将軍に対し、それならと、みずから褒美を得ようとしました」


 彼は顔を上げた。

 焼けて爛れたそのおもては――まっすぐなその視線は、うつくしく思えた。


「……そうです。あがなえ、という意味で、わたしは彼女を求めました。彼女――将軍の息女を」


 二蓋笠にがいがさの紋様の肩衣がざわり、と揺れる。

 かれ――坂崎さかざき出羽守でわのかみ直盛なおもりたけっていた。


「それほどまでに、わが武功を認めず、おのが大切なものに汲々きゅうきゅうと――なら、奪ってやれと」


 直盛は将軍・徳川秀忠の娘、千姫を強奪する計画を立てた。

 折りしも、千姫は本多忠刻という貴公子に輿入れすることになっていた。

 その輿をねらおうとしたのだ。


「――なぜ」


 この時、直盛に向かい合っていた黒い裃の男が、初めて口を開いた。


「なぜ、そのような真似を。そも、千姫さまは――」


 黒い肩衣に染められた、地楡われもこうに雀の紋様がゆがむ。


「そなたがあの大坂の陣の中、燃え盛る城の中から助けた相手。それをなぜ、このような真似をして――」


 黒い男は震えていた。

 怒りではない。

 歎きである。


「……それが、わが手柄にふさわしいからです」


 直盛は、立ち上がって、庭に出た。

 兵の向こうには槍の穂先がきらめいている。

 今――江戸二長町にある坂崎の江戸屋敷は、幕府の兵に囲まれていた。

 その数、一万。

 十月の江戸。

 吹きすさぶ秋風の中、槍の穂先は小動こゆるぎもしない。

 それだけの緊張感が、屋敷の塀の外に高まっていた。

 一方の直盛は、さきほどまでの怒りが、まるでなかったかのように平然と庭を歩き、そこに咲き誇るつわぶきを、一輪摘んだ。


「柳生どの」


 直盛は黒い男をそう呼んだ。

 柳生宗矩は、何ごとかと頭をもたげた。


「せめてものわびです……このつわぶきを、千姫さまに渡してくれませんか」


 直盛は津和野を領している。

 その津和野という名は、つわぶきの野、というのが由来であり、津和野を愛し栄えさせた直盛にとって、つわぶきは大事な花である。


「それはつまり」


 宗矩も庭に出た。

 五十がらみの直盛と相対する。

 鬢に白いのが混じる、古武士然とした、この友人から受け取るつわぶきは、なぜだか輝いて見えた。


「坂崎どの、貴殿は……最初から千姫さまを奪うつもりはなかった、と」


 たしかに計画は立てた。

 兵は集めた。

 しかしそれは、あっさりと露見して。

 こうして幕府の軍に屋敷を囲まれている。

 そうなのだ。

 宗矩はつわぶきを受け取りながら、問うた。


「ならなぜ、そのような計画を。成せぬことをして、何を為すつもりか。そしてなぜ、罪を犯した、と」


「それは――」

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