第2話 青年は資格を得る
俺は
昔から俺はネット小説が好きだった。
布団の中で画面をスクロールしながら、何度も夜更かしした。
通勤電車で一話、昼休みに一話、寝る前に三話。それが十年以上続いた。
一念発起したのは、ある夜だった。
読み終えた完結作の余韻が消えなくて、スマホを閉じられなかった。
次は読む側じゃなく、書く側に回ろう。そう決めた。
俺は昔から大好きな歴史小説を投稿し始めた。
投稿ボタンを押した瞬間だけ、心臓が早くなった。
更新時刻は毎日だいたい23時台。帰宅して風呂を済ませ、机にかじりついて一話。窓の外では終電の音がしていた。
一作目は上手くいかなかった。
三か月、毎日投稿したが★は50程度だった。
更新ボタンを押しても数字は動かない。俺は椅子にもたれて息を吐いた。
「なかなか難しいな。カクヨムって新規作者の作品への導線がないんじゃないか?」
ただ、★が50まで伸びたのは、カクヨムのトップページの『注目の作品』に載れたからだと思う。
ある朝、通知が一つだけ光っていた。★が一つ増えている。
寝る前にスマホで検索して、仕様っぽい説明を見つけた。レビューを一つでももらえた作品はトップページに載せてくれるらしい。
一作目は適当なところで完結させることにした。
『ワークスペース』を開いて数字を確認し、俺はそっと画面を閉じた。
作者フォロワーは10人くらいしかいない。
コメント欄を覗いても、結局一件ももらえなかった。
俺は創作論を読み漁った。
タブを十個開き、気になった行に指で線を引くようにメモした。
『読まれるタイトル』『文章の間の空白』『感情移入させる主人公』『見せ場を序盤に持ってくる』
『見せ場を序盤に持ってくる』の一文で、俺は思わず唸った。
一作目を完結させてから二か月後、俺は渾身の作品を投稿した。
タイトルを十回書き直し、本文は声に出して読み返した。
創作論を反映し、読みやすい作品に仕上げられたと思う。
一作目の反省を踏まえて、プロットもしっかり作った。
指が投稿ボタンの上で止まった。深呼吸して、押した。
次は流行りの長文タイトルで行く。
『参勤交代の交通費を計算するだけの人生 〜徒歩・駕籠・馬借のハイブリッド輸送で前年比12%削減を達成したら、なぜか老中から直々に呼び出されて天下の物流改革を任されました〜』
この小説を投稿し始めてから一週間。
昼休みに開くたび、通知の数字が一つずつ増えていった。
俺は一作目とは反応が違うと気づいた。
コメントがつき始めた。
初めてのコメント通知を見て、俺は画面を二度見した。
『前世が会計士って設定が斬新!』『参勤交代したくなってきた』『俺の通勤経路も計算してほしい』
★の伸びも前作とは段違いだ。
最初の二週間で★100を超えた。
初ギフトまでもらえた。
一日だけだが『歴史・時代』ジャンルの週間五位にもなれた。
嬉しくてたまらず、筆が乗った。
それでも三か月の連載の末、俺はこの小説を完結させることに決めた。
題材にしている参勤交代では、そこまでストーリーを生み出せそうにない。
俺は物語を完結させた。
たくさんのお祝いコメントをもらった。
そして、浴びせられるように一気に★が入ってきた。
ついに二作目で憧れの★1000に到達した。
カクヨムにある80万ほどの作品のうち、★1000の作品はたった5000弱しかない。
俺はカクヨムの作者の中でも上位0.2%以内なのだと思った。
なんと、作者フォロワーも100人を超えた。
正直、なぜこんなに『参勤人生』がヒットしたのか分からない。
創作論を読んで、ちゃんと毎日投稿したのが良かったのかもしれない。コメントを全レスしたのが良かったのかもしれない。
理由は分析できていない。まぐれかもしれない。
とにかく、夢の★1000に辿り着いた。
俺には才能があるんだと自惚れた。
仕事では報告書が赤ペンでいっぱいになる俺が、ネット上ではたくさんの人に見てもらえるんだと思い上がった。
コンビニに行くのもスキップしたくなるほど嬉しくなった。
よく見かける深夜シフトの店員に自慢したくなるほどだった。
「あぁ、なんで俺は幸せなんだろう」
通知欄には、★をもらった履歴が残っている。
◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、メモ帳パンダです。
こんにちは。メタ的に出てきて、すみません。
ここでは第三者の視点で、
> 一作目は上手くいかなかった。
> 三か月、毎日投稿したが★は50程度だった。
まず、彼は勘違いしています。
この時点で『選ばれしもの』です。
★50がつくのは、カクヨムに投稿された小説の中でも上位8%ほど。
彼の処女作は十分に成功しているのです。
> 更新ボタンを押しても数字は動かない。俺は椅子にもたれて息を吐いた。
> 「なかなか難しいな。カクヨムって新規作者の作品への導線がないんじゃないか?」
これはいい気づきです。
実はカクヨムは平等ではありません。
新規の作者が小説を書いた場合、ほとんどの作品が読まれることすらありません。
カクヨム全体の三割、20万以上の作品が★が一つもない。そんな残酷な現実があります。
> そして、浴びせられるように一気に★が入ってきた。
> ついに二作目で憧れの★1000に到達した。
そして、第二作目の『参勤人生』。
見事に★1000に到達しました。
こんな糞みたいな題材が、なぜヒットしたのかは謎です。
ともあれ、彼はランクバトラーの資格を得ました。
そう、実は★1000に到達した彼は、何かを成し遂げたわけではありません。
コンビニの店員に自慢することもできません。
世間的に見てその程度なのです。★1000という小さな頂は。
ただ、彼はスタートラインに立っただけなのです。
彼が無相応に更なる読者を求めるとき、彼の目の前には『ランクバトル』という地獄が待っています。
彼は末席です。
でも、資格があるのとないのでは世界が違うのです。
――この残酷な世界、『カクヨム』においては。
彼が二作目を成功させることができた理由は分かりません。
それくらい、作品を★1000にするというのは難しいことなのです。
僕も突然アカウントを消されて、★1000を取れと言われたら途方に暮れる自信があります。
それは★5000に到達するより難しいことなのです。
だけど、彼が★1000に行けたのは決して偶然なんかではありません。
> タイトルを十回書き直し、本文は声に出して読み返した。
> 創作論を反映し、読みやすい作品に仕上げられたと思う。
> 一作目の反省を踏まえて、プロットもしっかり作った。
多分、これはあまり関係ないと思います。
どんなに文章が荒れていても、設定が矛盾しても、カクヨムの読者はその奥にある宝石を探してくれます。
僕が本当に大事だと思うのは、以下の記述です。
> 『ワークスペース』を開いて数字を確認し、俺はそっと画面を閉じた。
> 作者フォロワーは10人くらいしかいない。
作者フォロワーが10人「も」いるのです。
『あなた』の作品を読んで、次の作品をもっと読みたい。そう思った人が10人もいるのです。
わざわざ作者ページにまで行って、フォローボタンを押してくれた人が10人もいるのです。
それは『あなた』が作品を完結させたからです。
作品を完結させないと、読者はわざわざ作者フォローしてくれません。
僕は作品を完結させないのはもったいないと思います。
作品ではなく、『あなた』個人を応援してくれる人を、わざわざ狭めているのだから。
★1000の作品をポンポン作れるようになった今でも、カクヨムでどうやったら伸びるのかは分かりません。
だけど、これだけは言えます。
『作者フォロワー以上に大事なものはない』
次の話は、ランクバトルの資格を得た
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