魔法少女は誰にも観測されない

長月瓦礫

魔法少女は誰にも観測されない


人を殺すのは楽しい。

切り刻んでも穴を開けてもすり潰しても死ぬ。

人は脆い。すぐに死ぬ。


ぴちゃりと血だまりをはねながら、飛んで歩く。

両手から生えた刃物を威嚇するように鳴らす。


ヒトともバケモノとも呼べない何かが裏通を跳ねている。

全身が黒光りした刃物がぬらりと光る。


道路は信号機がカラフルに切り替わり、規則正しい生活を送っている。

午前八時、静かなざわめきと共に人々が歩いている。


人々が油断している時間だ。

自分の身には何も起きない、不幸は突然やってくる。


だから、今日も平和に一日が始まる。

誰もがそう思い込んでいる。


それを破壊する。そのために生まれた。

刃物のバケモノは一台のワゴン車に目を付けた。


遅くもなく速くもない、規則通りに走る車だ。

どうせ、何も考えていない人間が運転しているのだろう。


バケモノは電柱から飛び降り、車の上に乗った。

天井の穴を開け、運転手と思われる男の頭を掴んでそのまま道路へ投げ捨てる。


ワゴン車はバランスを崩し、ガードレールに激突した。

前から突っ込み、車は大破し、火の手が上がる。

バケモノは車から降り、通行人をねめつける。


交差点は一瞬の沈黙の後、鋭い叫び声が上がった。

人々は助けを求め、あちこちに逃げ惑う。

平和な朝は崩壊した。空から不幸が飛んできた。


全身が刃物でできた名前のない怪物だ。

眼は薄く開いており、通行人を観察している。


10本の指は刃物になり、掴まれたらひとたまりもない。

そうやって何人も殺してきた。


バケモノは歓喜の雄たけびを上げる。

獲物は多ければ多いほどいい。刃物が朝の光に反射する。


次の獲物を探していた時だった。

空がきらりと光った瞬間、無数の宝石がバケモノを襲う。

爆発音が響き渡り、煙が上がる。


「……」


「あら、頭を狙ったつもりだったんだけどね。まだ生きていたの」


大破したワゴン車から一人の女が現れた。

肩を抑えながら、ゆっくりと歩く。

あれだけ攻撃したのに、深手を負っていないように見える。


短い金属製の棒にやけに装飾の多い服、同乗者だったのだろうか。

それはもう、知る由もないことだ。


「こんな朝から結構結構、この際だし名乗らなくてもいいかしらねえ」


髪を涼し気にさっとかきあげ、棒を掲げる。

先端にある宝石が光る。


バケモノはじっと女を観察していた。

なぜ、死なないのか。

この手で殺せない人間はひとりもいなかった。


これで何人死んだか、分からない。


次は逃がさない。

確実に殺すために、バケモノは両手を大きく開く。


両者は互いにギラギラとした目を向ける。


「一撃確殺、天から降り注ぐ浄化の光に焼かれて死ね!」


宝石が輝き、空が光る。

次の瞬間、遠くから鳥の声のような高い音が響く。

バケモノの目の前に小石があり、それらが一斉に爆ぜる。


細かく砕けた輝石の破片がバケモノを襲う。

まとわりついた破片はバケモノの体を溶かしていき、やがて地面に吸い込まれた。


「……」


歓声は上がらない。すでに人々は避難を終えた後だ。

魔法少女を観測する者はいない。


バケモノだけじゃなく、世界が一瞬静止した。

遠くにいる人々の呼吸すら止まってしまった。

輝石の弾丸はそれることなく、すべて命中した。


自分だけがその場で息をし、時間が過ぎていくのを感じる。

聞いたことのない音がした。


笛のような音はなんだったのか。

向こうが何かしたわけではないみたいだけど。


「ま、いっか」


右肩に刃が食い込んだと同時に腹に衝撃が走る。

飛び掛かった瞬間、あの手で腹を殴られたことにだいぶ後になってから気づいた。


腹を抑える手に血がにじんでいるのが分かる。


魔法少女を名乗るには、あまりにも遅かった。

記憶に残ることはないだろう。

大人しく病院へ向かった。

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魔法少女は誰にも観測されない 長月瓦礫 @debrisbottle00

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