おむすびは最強バフ 異世界お弁当屋さんはダンジョン救助隊を兼業してます 異種族三姉妹は今日ものんびりしたい
こい
1もぐもぐ <こころむすび亭>のヒカリ
「見つけた!」
ゴツゴツとした岩肌の冷気がブーツを通して伝わってくる。重苦しく淀んだ空気。外気も光も届かない深い深い迷宮の奥。
そんな場所で剣士と思われる男性が一人、倒れ伏している。
浅い呼吸。
肩や胸に腕に脚。ひどい傷だらけでいまにも事切れてしまいそうなくらいに瀕死だ。
装備していたと思われる鎧は破壊されていて部分的にしか残ってない。
聞くところによると、凶悪なモンスターの集団に襲われ冒険者パーティーの仲間を逃すために、囮となって一人ダンジョンに取り残されたという。
見捨てられたわけではなく自己犠牲の精神による出来事だったらしい。
逃げた仲間の人たちも瀕死の状態で冒険者ギルドの診療所にいるのだとか。
背負っていたバックパックを地面に下ろして丸い容器を一つ取り出す。蓋を開けるとあったかい湯気とふくよかな香りが立ちのぼる。
男性を抱き起こしてわたしの左腕に頭を乗せた。
続いて容器の側面に紐で括られていた銀のスプーンを手に取って容器の中身をすくう。
「ふーふー」
右手に持った銀のスプーンに何度か息を吹きかける。頃合いを見てペロリと舐めた。
「ん。ちょうどいいあったかさだね! さあ召し上がれ♪」
口元に運ぶと男性の下唇にスプーンの先端が触れた。ゆっくりとスプーンを傾けていくとカサカサとした乾いた唇に吸い込まれていく。
遭難してからもう十日。荷物をなにも持っていないし、きっと水も飲めていないし食べ物も口にしていない。
「ああ。……あたたかい。生き返る」
まったく生気のなかった男性の顔から死相がなくなって赤味がさしてゆく。
「ふふ。この魔法瓶はずっと熱々のまま保温してくれるんです。まだまだありますからね♪」
スプーンを魔法瓶に差し入れた。文字通り魔法の瓶。魔導の力で創られたうち特製のお弁当箱。
魔石がある限り、中に入れたものをいつまでも保温してくれる優れもので熱々も冷え冷えもいける。
だけどわたしが作ったスープは熱々すぎてうっかりすると火傷をしちゃう。
だから冷ます作業が必要になるわけで。ふーふーしてからぺろりとして、二口目を男性の唇に運ぶとスープが吸い込まれていく。
「うまい。こんなうまいものを生きて食べれるなんて。不思議だ。心も体もとても楽だよ」
嬉し涙を流す男性に食していただいたものはというと。
わたしお手製の生姜たっぷり熱々あんかけふわとろ玉子スープ。
優しい味わいの中にふくよかな旨味がたっぷり。
だけどただのスープじゃないんだよね。
男性の負傷した箇所に光が灯って傷口が少しずつ癒やされていく。
「ああ。あなたは天使だ。どうか名前を教えてほしい」
「<こころむすび亭>の店主をしているヒカリ・ワクラと言います」
「<こころむすび亭>のヒカリさん?」
「はい」
わたしが経営しているお店の名前もアピールしておいた。
わたしの本名は
本当なら高校三年生になってるはずの歳。両親も身寄りもいないわたしは高校に通いながら大学に進学するための費用と生活費を稼ぐために知り合いのおばあちゃんが個人で営んでいるお弁当屋さんで働いていた。
こっちの世界に転移してからはヒカリ・ワクラと名乗っている。
そう。転移だ。
わたしは聖女として活躍することを期待されて、王子様をはじめとしたこの国の偉い人たちの手によって日本から召喚されたんだよね。
いろいろがんばったけど、なにも活躍をすることができなかった。
どうもわたしは本物の聖女じゃなかったらしい。
王族に対する詐欺罪だの偽証罪だの、あれよあれよという間にライトノベルでお決まりの断罪をされて放逐。いまに至る。死刑とか終身刑とか、国外に追放とかされなかっただけマシかも。
まあ。向こうにしてみれば異世界の女の子の人生を狂わせた負い目もあったのかもしれない。
「天使だなんてアイザックさんたらやだなあ。わたしはただのお弁当屋さんですよー」
天使だなんてわたしにはもったいない。あんまりにも褒められすぎて苦笑してしまった。
「弁当屋? ヒカリさんは俺の名前を? なんで店主さんがここに?」
なんでわたしがこの人の名前を知っているかと言えば、この人の情報を冒険者ギルドの職員さんに教えてもらっていたから。
タオルに水筒の水を浸して男性の手を丁寧に拭くと少し強張ってる。
わたしみたいな小娘に手を取られるなんて嫌かもしれないけど綺麗にしないとだからね。
「はい。おむすびをどうぞ。中身はなんだか当ててみてくださいね?」
もう一つの四角い魔法瓶から海苔巻きおむすびを取り出して手渡した。
一人で食べれるくらいには回復したよね?
男性の体を起こして一人で座ってもらう。
「これは。不思議な食べ物だね?」
うん。こちらの世界ではまだまだ知られていないお料理だからね。手渡したおむすびは出来立てのようにほかほか。
男性が一口頬張ると、おむすびに巻いてある海苔もパリッと音を立てて歯ごたえバッチリに聞こえる。
日本の料理は口に合うかな?
異世界だもんね。
最初の感想を聞くのはいつもドキドキする。
不安と期待で、男性の食べる姿を追いかけてしまう。
おいしいって……言ってもらえるかな?
「甘辛いタレが絶妙にうまい! これは焼いた肉だね! 細かく刻んだ肉が口の中でとろけるみたいだ! それに白い粒々のプチプチとした食感、胡麻の香りがとてもいい!」
男性の瞳が見開いて表情がパアっと明るく輝いてる。
大当たり。今回のために大急ぎで用意した特別製。特別っていうのは食材や味だけのことじゃないんだけどね。
二口、三口とあっという間にパクパクとおむすびを食べつくして指に残ったお米粒も残さず舐めとってる。
ふふ。よっぽどおいしかったのかな?
一口を食べるごとに体の傷は癒やされていたようですっかり元気そう。
「喜んでいただけたなら良かったです♪」
「うん! とっても美味かったよ! ありがとう! ごちそうさまでした!」
元気になった姿を見るのがとてもうれしい。心の底から安心する。自然と口元が綻んで笑顔になっていた。
「ふふ。おそまつさまでした♪」
深々ぺこりと頭を下げて持ち上げると、男性の憧れの眼差しにも似た笑顔が目の前に。
「くう……なんてこった。
(かわいい笑顔がまさに天使じゃないかっ!)」
ん? なんてこと? 口を開けたままわたしを見つめる男性のほっぺたがなんだか赤くなっている?
なんにしろもう大丈夫だね。一応確認しておこうかな?
「体は大丈夫ですか? 痛いところはありませんか?」
男性の肩と胸をさすりながら聞いてみる。特に重症に見えた場所だったから。
「うわ!? ああ! うん! もうなんともない! それどころか力がみなぎるようだよ!」
顔を真っ赤にした男性が慌ててる。
どうかしたのかな? もしかしてまだ痛いところがあるのを我慢してる?
「まだおむすびがあるので良かったらいかがです?」
もう一個を手に取って男性の目の前に差し出すとわたしの手ごとぎゅっと両手で握られた。
「ありがたくいただきます!」
なんだか名残惜しそうに手を離しておむすびを頬張ってる。その目には涙が滲んでた。
ほっぺたいっぱいにお米を噛みしめる姿が幸せそう。
死んじゃうようなことがなくてほんとに良かったよ。
「ああ。生きてあたたかいごはんが食べれるってほんとに幸せなことなんだなあ」
噛みしめているのは味だけじゃなかったみたい。
「ふふ。無事に生きていてくれてわたしもうれしいです」
安心したらフッと力が抜けて首を傾けていた。微笑みと言葉と一緒に。
「かわいい。まぶしすぎる……女神さま……」
ぽそりとこぼした男性の声がよく聞こえなかった。
「はい? なんですか?」
「いやその! ……ヒカリさんみたいにか弱そうな美少女がこんなダンジョンの奥深くにいるなんて信じられないんだけど?」
ありゃ。いくらか説明しないとダメそう?
話をはぐらかすつもりでおむすびの具材をクイズにしてみたんだけどなあ。
ん? 美少女は聞き間違いだよね?
「あー。ちょっと副業の方に依頼がありまして。わたしたちのことは絶対に秘密にしておいてくださいね?」
「副業? わたしたち?」
「あはは。うん。わたしのお姉ちゃんと妹ちゃんもここにいるんです。ほらあれ」
副業については笑顔でごまかしてから手のひらで差し示した。
ついさっきまでいつ死んでもおかしくない瀕死だった男性はわたしのお弁当に夢中で周りの状況に全然気づいていなかったみたい。
「ふはははは! 貴様ら弱いのじゃ! わらわの憤怒をとくとその身で味わうといい! 煉獄の黒炎を喰らうのじゃー!」
頭から生える二本のねじれたツノがなんだか禍々しい。
燃えるように真っ赤な髪が振り乱れて、黒い炎のようなドレスが舞い上がる。
あんまりにも魅惑的で見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうような露出度。
真っ黒に燃える炎の塊がダンジョンに巣食う怪物たちを焼け焦げにしていた。
すべて地面に倒れ伏して息絶えてるみたい。
あの怪物たちってかなりの強敵だよね?
この人を見つけるまでの間、お姉ちゃんがすべての怪物を倒してくれていた。
「あ……悪魔か? 綺麗な姿だけになんて恐ろしい」
綺麗と評されるだけあって、女のわたしから見てもうっとりするくらいに美しくてかわいいんだよね。
悪魔じゃないけど。
「ふふふ。とっても怖いですよね? あれでもかわいいところがあるんですよ?」
真っ赤な瞳で睨み周囲を見回してる。敵がいないことを確認したみたい。
「ふはは! わらわにかかればこんなものじゃ! ちと疲れたのう。どれ。交代するのじゃ!
……
……
……
はれ? え? あ! あ、あたひ、また変身してた!? ぐっすん!」
腰が抜けたように地面にぺたりと女の子座りをしてる姿が、守りたくなるようなかわいさを醸し出してる。もじもじと指を動かして不安そうな姿が弱々しくか細い。
怪物の亡骸を前にして悲しそうに赤い瞳に涙を浮かべてる。
ほんの一瞬前まで禍々しく感じるくらいの姿だったのに、まるで別人のようになってる。立派なツノが短く小さくなっていて、燃え上がっていた黒いドレスの炎が消えている。
不思議と露出度が減って上品さも感じるかわいいワンピースに変わってる。
名前はサタン。わたしの義理のお姉ちゃん。
二重人格が災いして魔界から追放された魔族の元魔王。
「ヒカリおねえしゃん! サタンおねえしゃん! はやくかえるでしゅ! ラシュカはおねむでしゅ!」
危ないからと岩陰に隠れてもらっていた幼い女の子が駆け寄ってきた。
プラチナブロンドのロングヘアに輝く金色の瞳。
長い耳をぴこぴこと忙しなく揺らして、ぷっくりしたほっぺを膨らましてる。
森の中で暮らすエルフ特有の衣装がよく似合ってる。
存在そのものがかわいいとしか言えないわたしの義理の妹、ラシュカちゃん。
壊滅したという森の国からさらわれたハイエルフの幼女で元王女。
わたしたち異種族の三姉妹は、お弁当屋さんを営みながらダンジョンで遭難した人を助ける救助隊をしている。
のんびり過ごしたいのになんやかやと毎日が忙しい。
「すっかり遅くなっちゃったもんね。ラシュカちゃん。転移魔法をお願いしてもいい?」
「はいでしゅ!」
ラシュカちゃんが魔法の呪文を唱えながら大きな杖をふりふり水平に構えると光の扉が組成されていく。
日常に戻ることのできる不思議な扉。
危険なダンジョンとはこれでお別れ。
男の人を無事に助けることができてほんとによかった。
わたしが作るほかほかのお弁当をみんなに食べてもらうために明日もがんばろっと。
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