私にはこの短編が、一曲の歌のように聞こえました。
そう感じたのは、題材に音楽が使われているからだけではありません。
文章そのもののリズムが、とても美しいのです。
函館の冷気、ホテルの静けさ、八幡坂の雪、夕暮れの蒼。
情景が一つずつ置かれていくたび、言葉が音の粒のように響いて、胸の奥に静かに積もっていく。
そして、定期的に差し込まれる短いメッセージが、まるで曲の中で繰り返されるフレーズのように響きます。
現在から過去へ、そしてもう一度現在へ。
けれど戻ってきた現在は、冒頭と同じではない。
その構成も、主題が形を変えて再び現れる曲のようで、記憶と現実が響き合っていました。
過去を無理に美しい思い出として飾らないところも好きです。
会話の途切れた部屋、雪の中の疲労、同じ景色を見ているのに心が触れ合わない瞬間。
その冷たさまで含めて、作品全体がひとつの旋律になっているようでした。
読み終えたあとも、アルペジオが胸の奥で鳴り続けるような、美しくて苦い短編でした。
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二つの函館の旅は、同じようでもあり、違うようでもあり。
読み始めてすぐにこれは実際に存在する景色が描かれているのではないかと感じました。そして物語の後半にそれは確信へと変わります。構成するパーツの一つ一つに、心がしっかりと根づいているのです。架空の景色を相手にはこうはいきません。
人が生きるということはとかく複雑です。その「日常がぬるま湯に溶かされ」るのでさえ、どう受け止めたらよいのかわかりません。すれ違う想いを確かに一瞬同じ方向に繋ぎ止めた坂道もまた、今になって意味を見出そうとすればするほど身悶えすることになります。
でも、人は生きます。明日へ向かって。風に向かって。そういう割り切れないものを呑み込みながら大人になっていくのだと考えさせられる、しっとりとしたお話です。