魔王城決戦

志乃亜サク

謁見の間

 風雲うずまく魔王城の最深部、謁見の間は重々しい沈黙に包まれていた。

 黒曜石の玉座に座る魔王と、その前に立つ勇者。長い旅路の果て、ついに迎えた最終決戦。


「ついにここまで来たか、勇者よ」


「この長きにわたる戦いも今日で終わりだ、魔王!」


 光の波動と闇の瘴気がふたりの間でぶつかり合い、空間が陽炎のように揺らぐ。

 勇者は聖剣を抜き放ち、青眼に構える。



 ――その時、扉が開き声が響いた。


「ユージアス、ひとりで戦おうなんて水臭いぜ!」


 勢いよく扉が開き、三人のシルエットが浮かぶ。


「センスィ! そしてプリスト! マジェスも!」


 勇者の口から驚きと歓びの混じった声が漏れる。それは、魔王討伐の長い旅路を共に乗り越えてきた戦士、僧侶、魔導士の名。それぞれがこの城で待ち構えていた三魔将の相手を引き受け、命を賭して勇者を宿敵の前へと導いてくれた仲間たちだ。


「遅くなってすみません、勇者様!」


 プリストが神聖魔法【勇気の歌ブレイブソング】を唱えると、勇者の身体の奥底から力が漲ってきた。


「最後まで共に戦いましょう!……ハッ!」


 マジェスが杖を横に払うと虚空に火球が浮かび、魔王めがけて飛んだ。

 しかしその火球は魔王の身体に触れる寸前、見えない刃に両断されて霧消する。


「む……!」


「鼠の仲間など、いくら増えようが物の数ではない……」


 魔王は紅い瞳を細め、口角を上げて悠然と玉座を立った。

 こうして魔王との最終決戦の幕が切って落とされた。



 ――その時だった。


「俺たちを忘れてもらっては困るな」


 別の扉が開き、屈強なふたりの男が現れた。


「シドウ……そしてゲドウ!? お前たち、生きていたのか!」


 勇者は己の目を疑った。彼の視線の先にいるのは、旅の途中で勇者を救うため命を落としたはずの双子の闘士。


「フフフ、魔王を討ち倒すため、地獄の縁より戻ったまでよ」


 勇者は心の奥底から湧き上がる感動に打ち震えていた。

 これで! すべてのピースは揃った!

 勇者は吠える。


「魔王! 今こそ雌雄を決する時だ!」


 こうして魔王との最終決戦の幕が切って落とされた。



 ――その時、みたび扉が開いた。


 扉の向こうから六人の騎士たちが姿を現す。

 

 多い。





「我らヘイゼル王国『暁の六騎士』、勇者殿の助太刀に参った」


「おお……!」


「ふっふっふ勇者殿、デンゼル砦の防衛戦以来ですな」


「ああ、デンデルの……!」


「長生きはするもんじゃのう」


「みんな……ありがとう!」


 こんなにも多くの仲間が最終決戦に駆け付けてくれる……俺はなんという果報者なのだろう。そう勇者は思った。これまでの旅路を、そこで育んだ絆を思った。

 皆の想いを力に変え、俺は……魔王を討つ!

 そんな勇者の決意に呼応するように、手にした聖剣から立ち上るオーラがひと際輝いた。

 


「……おい、勇者」


 その時、魔王が勇者だけに聴こえる声量で囁きかけた。


「なんだ、魔王よ」


 不意に言葉をかけられ、つられて勇者の声も小さくなる。


「貴様あの暁の六騎士とかいう者どものこと、実はあんまり覚えてないだろう?」


「んなっ!? そんなわけないだろう? 過ごした時間は短くとも大切な仲間だ。なぜそんなことを言うのだ」


「いや、反応が妙にフワッとしてたし、デンゼル砦のこと『デンデル』言ってたし」


「少し噛んだだけだ。言いがかりはよせ」


「ならば問う。あの斧を持った騎士の名前を言ってみろ」


「……一番右?」


「違う、その隣だ。斧持ってるのひとりしかいないだろう」


「……彼はシュトール……いや、シュトーレンだ」


「どっちだ」


「シュトーレンだ。間違いない」


「そうか」


 すると魔王が騎士たちに呼びかける。


「無礼者どもよ、王の御前であるぞ。名を名乗れ!」


 その言葉に応えて六騎士たちが順番に名乗りをあげる。


「わが名はボッシュ!トランザムのボッシュ!」


「ハルケンの子、ウェンズリー!」


 そして斧騎士が高らかに名乗る。


「わしはタバスの子、ベリンガム!」


 突然、勇者が魔王に斬りかかった。


「おのれ魔王、人を惑わす悪魔め……! お前は! 今ここで倒す!」


 それを受け止める魔王。


「貴様、一文字も合ってないではないか……! 誰だシュトーレンて」


「黙れ!」


 剣をぶつけ合う二人を中心に、熱風が渦を巻く。



 ――その時、また扉が開いた。


 勢いよく開かれた扉の向こうから、ひとりの男が傲然と進み出た。


 その男。鋭い眼光は獲物を狙う肉食獣の如く。しなやかな筋肉を包む褐色の肌は惜しげもなく露わに、身に付けるは獣皮の腰布一枚のみ。携える手槍には装飾もなく、しかしそこにはただ実用のみを追い求めた美しさがある。

 荒野の狩人。そう形容すべき男は仁王立ちで吠えた。


「キターヨ!!」

 




「『キターヨ!!』言うてるぞ。貴様の知り合いか?」

 

 剣戟を緩めることなく、そう尋ねる魔王。


「あんな奴は知らん! そっち側の陣営だろう?」


 魔剣の切っ先をいなしながら、そう答える勇者。


 いや、実際にはふたりは先刻から口頭で会話を交わしているのではない。

 達人同士は剣を合わせることで千の言葉よりも濃密な会話をするのだという。つまりふたりは今、何かそんな感じなのだ。


「魔王軍にあんなエッジの効いた者などおるか!」


 聖剣を覆う青い光と魔剣の赤い光が幾度も交差し、そのたび激しく火花が散る。


 ちなみに狩人の名はポルカゲラソップ。彼の故郷の言葉で「風の牙」という意味の名を持つ男。かつて村に立ち寄った勇者一行に井戸の掘り方を教えてもらった恩を返すため、族長の指示でやってきた義理堅い男。


 ちなみに人類学者ロビン・ダンバーによれば、人が他人の顔と名前を一致させることができるのは150人が限界なのだという。

 勇者が長い旅路で出会った人々はゆうに千人を超える。いかに勇者とて、全員覚えられるわけがないのだ。



「関係が……微妙な者まで連れてくるな!」


 魔王が力を込めて魔剣を振り下ろす。


「俺が連れてきたわけじゃない!」


 魔王の攻撃をいなしつつ反撃の機会を伺う勇者。


「貴様らはいつもそうだ。数の論理で少数を排除することを正義と呼ぶ欺瞞に気付きながら! 目を逸らし続けている」


「嫉妬か? 大勢の仲間が羨ましいのか?」


「ばかな。強者とは孤高。弱者が身を寄せ合うことに何の意味がある?」


「その傲慢に抗うため! 俺たちは連帯するのだ」


「矛盾に気付かないのか? その弱者どもを背にしていま我と剣を交わしているのは強者である貴様ひとりではないか」


「違う! 俺の剣にはみんなの願いが宿っているのだ。たとえひとりの力は弱くとも、重ね合うことで奇跡は生まれるのだ!」


「ならばその奇跡とやらを! 我に見せてみよ!」


 魔王が距離をとる。手をかざした虚空から黒い炎が生まれ出ずる。炎は連なり、やがて魔王を護るように龍を形作る。

 それは触れるものすべてを焼き尽くす魔界の炎――。



 ――その時、また扉が開いた。


 両開きの扉の向こうから、各々楽器を手にした民族衣装の男たちがリズミカルに躍り出た。


 ……誰?


 その中のひとりが、魔王に向かい叫ぶ。


「マーティン! 帰ってこい!」

 




「……おい、呼んでるぞ?」


 猛然と剣を振るいながら、勇者が魔王に囁く。


「……知らぬ」


 渾身の攻撃を払いのけ、魔王が答える。心なしか顔が赤い。


「知らんことはないだろう。お前、仲間内でマーティンて呼ばれてんのか」


「仲間など……とうの昔に捨てた。くだらぬ情とともに!」


 一転して魔王の猛攻が始まる。


 その時、先程の男がもう一度叫んだ。


「マーティン! やっぱりヴォーカルはお前しかいない! 『堕天使☆セプテンバー』を歌えるのはお前しか!」


「『堕天使☆セプテンバー』ってお前……」


 その問いに魔王は答えない。しかしその感情の揺らぎに呼応するように、謁見の間のすべての燭台の炎がヴァァァーッとなった。

 

せよ! 我に仲間など無用!」


「ひとりだけで得る栄光に何の意味があるのだ! マーティン!」


「貴様がマーティン言うな!」



 ――その時、また別の扉が開いた。

  

 たわわな胸を更に主張するかのような意匠、意味がわからんくらいセクシーなドレスを纏った金髪の女性が現れ、そして叫ぶ!


「マーくん!」

 




「おいマーくん。また何か呼んでるぞ」


 身に付けた剣技のすべてを惜しみなく繰り出しながら、勇者が魔王に囁く。


「……知らぬ!」


「知らんてことはないだろう。え、お前。あのアホそうな彼女にマーくんて呼ばせてんのか」


「アホそう言うな!」


「すまん言い過ぎた。」


「ふん、気まぐれに猫を拾った……ただそれだけのことよ」


「照れんな、マーくん」


「貴様がマーくん言うな! クソが!」

 

 少しずつ均衡が崩れ始めている。繰り出される勇者の刃は幾度か魔王の身体をかすめ、逆に魔王は防戦一方となっている。


 それは勇者も理解していた。あと一押し……次の一撃で確実に形勢はこちらに傾く……!



 ――その時だった。また別の扉が開いた。


 どっちだ? どっちの陣営だ? 


 引き戸を静かに開けて出てきたのはひとりの中年女性。

 かかりすぎたパーマ、上下揃いのカラースーツ、そして巨大なコサージュ。

 明らかによそ行きの格好だ。


「ゆうたん!」


「ちょっと待ってくれ」


 勇者の様子がおかしい。





 勇者は一旦魔王から距離をとり、暁の六騎士に挨拶中の中年女性に足早に歩み寄る。そして険しい顔で二、三言葉を交わすとその手を乱暴に引いて女性が出てきた扉へと押し戻した。引き戸を閉める最後の瞬間まで女性は不満顔のまま何ごとか文句を言っていたように見えた。


 そしてふたたび聖剣を構え魔王と対峙する勇者。


「待たせたな、魔王」


「待て待て待て、ゆうたん」


「決戦の続きだ、魔王」

 

 聖剣からこれまでにないオーラが立ち上る。


「いやいや一回落ち着け。スルーしようとすな。 え? お母さん?」


「……!」


「ビビった。顔、一緒やん。あんなんパーマあてた勇者やん」


「家族を愚弄するか魔王よ……お前だけは許さん!」


 一度勇者側に傾きかけた形勢はふたたび五分へと押し戻された。

 互いに傷を負った勇者と魔王。

 しかしいまだ勝利の天秤はどちらを選ぶか迷い、揺蕩っている。

 


 ――その時。また別の扉が開いた。



<了>

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魔王城決戦 志乃亜サク @gophe

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