第2話 勧誘は唐突に

 シーファを送り出してから早数日。


「ふんっ、ふんっ」


 アランは早朝から、もはや日課となっている鍛錬に、その日も精を出していた。

 十八で当時の師に弟子入りして以来、毎日欠かさず続けている基礎訓練である。いや、嘘である。時々欠かすこともある。むしろ、あえて休養日を作ることで、体に疲れを溜め込まないようにしている節もあった。


 鍛錬といっても特別なことは何もしていない。基礎的な素振りと、『敵』を想定したイメージトレーニングが主である。

 一人でもできる鍛錬は良い。やっている間に目も冴えて、一日の活動を開始するぞという気分にさせてくれる。


 一線を退いたアランにとっては、鍛錬であると同時に良い朝の体操でもあった。


(ん、今日も体の動きは快調だな。特に不具合を感じる場所もなし、と。これは今日も快便だな)


 動きの中で、手足の末端まで神経を行き渡らせながら、体のコンディションを確認する。


(さて、少しばかりギアを上げるか)


 心の中でそう呟き、仮想敵の強さをアランがもう一段階引き上げ……ようとしたところで、不意にその声はかけられた。


「お義父さん?」

「お……?」


 振り上げかけた腕を止め、アランは声のした方へと振り返る。

 そこにいたのは、金髪のショートボブ姿に、騎士甲冑に身を包んだ娘である。


 その娘が、アランを見て、「やっぱりお義父さんだ!」と呟いた。

 彼のことを『お義父さん』と呼ぶ人間など、一人ぐらいしか心当たりがない。


「なんだ、ミアか」

「な、なんだとはなんですか、なんだとは! 可愛い愛娘が久しぶりに顔を見せたというのに、ご挨拶です、お義父さん!」


 ムキー、と顔を赤くして文句を告げてくる金髪女性。

 彼女はアランの義理の娘、ミア・ガントールであった。


  ***


「剣術指南役ぅ?」


 土を掘り返す。

 堀った土の中に、フランシスの苗を埋める。

 上から優しく土を被せ、根の周りに藁を敷く。


 いつもの畑仕事の片手間にミアの話を聞きながら、アランはうぇ、と眉を顰めた。


「そうなんです。今、騎士団で優秀な指南役が不足していて……そこでお義父さんの名前が上がりまして」

「上がったっつわれてもなぁ。他に色々いるだろ、適任が」


 アランの仕事を手伝いながら顔を見せた理由を説明するミアに、しかしアランの反応は芳しくない。


「俺ァ一線退いた身だぞ。昔みたいに、もう名誉欲しさに剣を取るって気分でもあるまいし。そういう話なら帰れ帰れ」

「と、言われましても、委任状ももう出てしまっておりまして……」

「委任状ぉ~~~~?」


 委任状、という言葉にさらにアランの顔つきが渋いものになる。


 このルミナリア国では、騎士団にしろ魔法師団にしろ、国家お抱えの組織に属するためには金印(王家の印鑑)の捺された委任状が必要不可欠である。

 要するに、国王陛下様の任命という体裁を踏んでいるわけである。


 そして、『国王陛下の任命』という体裁を踏んでいるのがどういうことかというと。


「ダメじゃんそれ、めっちゃ強制力高いやつじゃんそれ。何で俺がいいとか悪いとか言ってないのにいきなり強権持ち出してくんの?」


 ……というわけである。

 要するに拒否権がない。


「いやぁ~、それがですねぇ。私今騎士団長なんですけど」

「騎士団長!? え、お前が五年前にうち出てった時ってまだ十八歳とかじゃなかったっけ?」

「そうなんですよ~。私もびっくりです」


 へらへらと笑うミア。物凄いスピード出世である。


「で、一応私ほら、騎士団長なわけじゃないですか。推薦するじゃないですか、お義父さんを。そしたらほら、当代一の騎士団長が推薦するほどの人であれば願ったり、ということになりまして」

「願ったりじゃないよ願ってないんだよ。どんな推薦の仕方をしたんだお前」

「世界最強にして私の知る限り最も頼りになる、最高の師匠だと」

「嘘ついてんじゃないよオイ」

「嘘……?」


 きょとんと首を傾げるミア。病気である。無知蒙昧である。妄信である。

 そんな娘の態度に「はぁ……」とアランはため息を漏らした。


「あんだけ言ったろ……人を見る目をちゃんと養えと。人にしてもモノにしても、妄信のし過ぎはいつか足元掬われるぞ」

「人を見る目ならこれでも自信があるのですよ? なんせ、お義父さんを見て育ちましたから!」


 そういうところだよ。


「ひとまず、今日のところは身支度を整えて、王都には明日向かいましょう。私が乗ってきた馬車がありますので、移動の足も心配ないです」

「いや、俺はまだ受けるとは言ってない……」

「いえ。お義父さんは断らないと思います」


 やけに確信めいた声でミアが言う。


「なんでまた、そう言い切れるんだ?」

「なぜなら」


 ふんす、とミアは胸を張り。


「可愛いわたしのお願いだからです!」


 などと、堂々宣う。

 そんなミアの態度に、アランは『降参だ』と言わんばかりに両手を上げた。


 役を頼まれたら結局断れない。そんなアランの性質たちなど、どうやらミアにはお見通しのようであった。



――――――――――――――――――

個人的な事情で申し訳ないのですが仕事がクソ忙しくてですね、ゆるゆる更新になると思います

それでもよければお付き合いください

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