第4話・旅立ち

「……リジュ……?」

 気がつくと、いつもの布団に包まれ、いつもの天井を見上げていた。

 いつの間にか意識を失っていたらしい。時計を確認すると数分しか経っていなくて安心した。

 部屋の隅では、がっつり拘束された二人組が相変わらず気絶している。リジュが『殺す』と宣言したのは、彼女なりの意趣返しなんだろうな……。気にしてないみたいな素振りしててもがっつり根に持つタイプだし。

「ミーナ、良かった……」

 ベッドの傍で膝をついて座っていたリジュは、ずっと手を繋いでいてくれたらしい。右手だけが汗をかいている。

「おはよ。傍にいてくれてありがとう。もう大丈夫だよ。先生、呼びに行く?」

 目の周りを真っ赤にしているリジュに向けて、なるべく穏やかさを心がけて返答する。

 でなければ、怒りを抑えきれない。彼女が涙を流すきっかけを作った襲撃者への怒り、そして……結局は彼女を守りきれなかった自分への怒り。

「待って。その前に……ミーナにお願いがあるの」

「なぁに?」

 私の右手を握る力が強くなった。

「あんなこと言ったくせにって、思われてしまうかもしれないけれど……私と一緒に世界を回ってほしい」

「っ」

「ミーナがいないと生きていけないなんて……ダメだと思ってたの。だけど……無理だった。あなたが傍にいてくれないと……きっと私は生きていけない。自分で決めた使命なんかじゃ、あなたと一緒にいたいと願う本心に……決して抗えないって……わかったの……」

 その声音は、取り繕うことのできない弱々しさを滲ませていた。話すことが苦手なのに、一つ一つの言葉を探りながらなんとか紡いでくれている。

 真面目なリジュのことだ。自責の念でいっぱいいっぱいなんだろうなぁ……。

「…………良かった」

「よ、かった?」

「元から私はついていくつもりだったよ? リジュがどんな使命を背負おうとも離れる気なんてさらさら無かったし」

 いや、これは重い? 怖い? 引かれる!?

「それにほら、ネコちゃん姿のリジュ抱きしめてるとき、あんまりにも愛おしくて絶対離したくないって改めて思ったというか……」

 真面目な雰囲気は苦手だから壊そうと茶化してみたけれど、リジュは少し口角を上げるだけで、真剣な表情を崩さなかった。

「ミーナ……ありがとう」

「きっとなんとかなるよ。なんたって私たちには……」

「そうね。私たちには……」


×


「わかった。ミーナの使命については、【『にゃんにゃん勇者』が無事に新世界の地図を作れるよう、サポートすること】への変更を認める」

 私たちには、最高で最強のミザンナ先生がついている。

「先生、たくさんお手数をおかけしてすみません」

 なるべく大事おおごとにならないよう、前夜祭に参加していた先生を寮室までこっそり連れてきてから、さっきまでの出来事、そしてこれからのこと――私たちの希望――を伝えた。

「何を言っている。イレギュラーに対応できなかった大人の尻拭いをしてくれているのはキミたちだ。それにあの襲撃者共の対処も……本当にありがとう。よく頑張ったね」

 私たちを襲った二人は指名手配中の誘拐犯だったそうで、国も対応に手を焼いていたらしい。確保の手柄は大きく、おかげで私たちの要望が叶えやすくなったと先生は言っていた。

「今日はもうゆっくり休みなさい」

「はい」

 爆発でリジュのベッドは粉々になってしまったので、随分と久しぶりに同じベッドで眠りについた。

 緊張して眠れなかったらどうしようなんて思っていたけれど、極限状態からの緩和、そして疲労には勝てなかったらしい。

 体感としては瞬きをしただけなのに、もう朝日が昇っていた。

 ぴったりと体を寄せて眠っていたリジュの姿はなく、仄かな体温だけが残っていた。


×


「いいんですか? 先生。あっちのお見送りに行かなくて」

 目覚めてからすぐに準備を済ませ、最低限の荷物だけ持ち、16年間二人で過ごした部屋にお別れをした。

「話したいことは昨日話せたからな。それに向こうはもう……十分過ぎるくらい程賑やかだろう? 私一人いなくたって変わらないさ」

 エルゼワルド勇者一行が盛大なパレードと共に国中の人から見送られる中、私とリジュはひっそりと、裏門から国を出ることにした。

「二人には申し訳ないがな。そんな私だけの見送りで」

 彼女たちと違って国からの支援金は一切与えられず、栄誉も期待もないけれど、それでも希望は過不足なく叶えられていた。全て先生のおかげだ。

 なんでも、『新世界の地図を作成はいずれ国の利益になり、国民の健康にも繋がるため、【治療術師】としての能力を活かしつつ、国の発展に貢献している。』……みたいなトンデモ理論で押し切ったとのこと。いやぁ……頼りになりすぎる……。

「何を言っているんですか。お見送りなんて先生が一人いてくれればそれで十分です」

「ふふっ、ありがとう」

 先生は私たちの頭をくしゃくしゃと撫で回してから、優しく、深く、きつく抱きしめてくれた。

「二人とも、無理はしないこと。何かあればいつでも帰ってきなさい。使命は人生を懸けて全うするものだからね。ミーナ、リジュネルを頼むよ」

「もちろん」

「キミは頼れる子だけど、時に無理をし過ぎる。だからリジュネル、ミーナを頼むよ」

「わかっています」

「よし」

 体を離してからまるで後腐れを断ち切るように、私たちの体の向きをくるりと反転させて――

「行ってらっしゃい!」

――背中を押してくれた。

「「行ってきます」」

 振り返らない。私たちは前だけを向いて歩き始めた。門が閉じる音が聞こえる。

 振り返らない。正直に言えば不安だらけだ。準備期間はあまりに短く、目的地はあまりに遠い。

 だけど、振り返らない。背中を押してくれた先生を、心配させたくないから。それに、一人じゃないから。この胸中を共有できる存在が、私のすぐ傍にいるのだから。

 だから、振り返らない。まだ地図に描かれていない場所には何があるのか、その楽しみを膨らませる。

 二人っきりの旅路を思いっきり楽しんでしま「ミーナ!!!!!」

「「!?」」

 大声なんてレベルではない爆音に、私とリジュは同時に振り返ってしまった。

「エルゼワルド……!」

「エル、どうしてここに? 反対側から出発したんじゃないの?「私はキミを諦めない!!」

 リジュの敵対意識丸出しの呟きや、私の疑問などぶっ飛ばす程の勢いで彼女は続ける。

「次に出会ったときは! きっとリジュネルよりも私と旅をしたいと、一緒にいたいと思わせて見せる! そんな人間になってみせる! それまでは……さよならだ」

「うん……またね、エル」

 後半、珍しく涙声になりながらもお別れの言葉を告げてから、きつく、きつく……そして長くながーく抱擁したエルは、何度も何度も振り返っては手を振って、来た道を引き返して行った。

 その背中がようやく見えなくなった時、視界の端でリジュがジトっとこちらを見ていたことに気づく。

「ごめんねリジュ、気を取り直して行こっか」

 昔からリジュとエルはソリが合わないらしい。私はリジュの方が大事と何度も言っているけれど、目の前で私とエルが絡んでいると露骨に不満そうな表情を浮かべる。

「別に。謝る必要なんてない」

「いや、ほら、待たせちゃったから」

「別に待ってもない。……諦めないって言われてたけど、どういうこと?」

「え? あぁ……国巡りの旅団に加わって欲しいって誘われてたんだけど……断ったんだ」

「……ふーん……じゃ、行こっか」

「えっ、ちょっとなんか早足じゃない?」

 旅立ちですらすんなりいかなかった私たち。

 これから先に訪れる困難はこんなものではないだろう。

 だけど、二人なら。

 お互いにお互いを知り尽くした二人なら、どんなことがあってもきっとどうにかなるよね。

「ねぇリジュ? そんなに急がなくてもいいんじゃない? お〜い、リジュネルさ〜ん?」

 なんか早速歩幅が全然合ってないけど、きっとどうにかなるよね!?

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大好きなクーデレ幼馴染が『にゃんにゃん勇者』に選ばれたので、お世話しながら新世界を放浪します。 燈外町 猶 @Toutoma

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