第3話・襲撃

 異変に気づいたのは、彼女を抱きしめて2時間ほど経った頃だった。

 16年間過ごしてきたこの寮で、私たちの二人部屋の前から、聞き覚えのない足音、物音、声が聞こえる。

『ごめんね、少しだけ離れるね』

 私は魔力でリジュに語りかけて、彼女をベットに残して静かに床に降りた。

 ずっと一緒にいるリジュとだからできること。私たちは、周波数を合わせるみたいに、魔力を声の代わりにして話すことができる。大体は私が一方的に喋るばっかりだけど。

「ちっ、面倒くせえ、もうぶっ壊せ」

「はいはい」

 ドアの外ではお行儀よくキーピックをしていたらしいけれど、焦れる声の後に三度轟音が響くと遂に蹴破られ、覆面をかぶった二人組と私は対面をした。

「なんだ、起きてたのか」

 声音からして女の人? いや、この危機的状況に敵の性別は関係ない。

「下品な目覚ましに耐えられなくてね」

「はっ。それは申し訳ねぇな。申し訳ねぇついでに『にゃんにゃん勇者』くっくく……いけねぇ笑っちまう……とにかく、リジュネルってガキを出せ。どっか隠れてんだろ?」

 二人は部屋の中に入ると、それ以上は距離を詰めてこない。一応は警戒してくれているわけだ。

 他の寮生は……前夜祭、行っちゃってるな〜。向こうからしたら絶好のチャンスってわけだ。

「こんな良い日に人攫いに来たの? パーティー行って美味しいもの食べた方が有意義じゃない?」

「美味いもんはを売り飛ばした金でたらふく食うからいいんだよ。おら、どこに隠れてる。さっさと吐け。痛い目見んのはごめんだろ?」

「言うわけないでしょ」

「殺すぞ、こっちは本気だ」

「こっちだって本気――」

 言い切る前に、二人は動き始めた。研ぎ澄まされた連携。人間離れした腕力、脚力。

 この二人……選ばれる年代に生まれながら役職を与えられなかった奴らか。魔力はあるし鍛錬は積んでいるけれど、役職を与えられず魔術も行使できない。

 ……同情はするけどさ……だからって無法者になっていい理由とは思えないな。

 腹部に蹴りを一発、右頬にジャブを一発をもらいながら、片方の左腕をへし折ることに成功。

「はっはー! 腕折られちまったよ!」

「舐めてるからだアホ」

 覚えたての治療魔術で自分の痛み止めと、止血を行う。大丈夫。ガチの対人戦は流石に初めてだけど……リジュは絶対に私が守る。

「知ってんぜ。お前治療術師だろ。自分も回復できて安心ってか? どうして一瞬で死なないって思える?」

「……こんな風にお前が、口で言いくるめようとしているからだよ」

「はぁ?」

「私は……私たちは、選ばれる為に文字通り死に物狂いで努力してきた。結局は選ばれなかった奴の、しかも闇討ちなんて卑怯なことでしか目的を遂行できない、お前みたいのに殺されるわけがないってわけ」

「はん、言うじゃねぇか。そのとおりだ」

 感銘を受けたように大げさに仰け反った後、死角から放られたのは小型の爆弾――

「なぁにが選ばれただ! たまたまだろ! 偶然だろ! 私だって……! 私だってぇ!!」

——良かった。間に合った。リジュは無傷だ。

「おい、落ち着け。そういうのは十分やっただろうが」

「……ふぅ、そうだな、まんまと乗っちまった」

 状況を把握するために、痛んだ鼓膜をさっさと回復、したけれど、体中にできた裂傷、火傷、その他諸々の傷の同時修復、それと同時並行で痛み止め……なんて芸当がまだできるわけもなく、私はただ、――ネコの姿で眠ったままの――リジュを抱きかかえ、丸まっているだけで精一杯だった。

「なぁにが選ばれた者だよ! 結局はこんな風に! 道具使って! 卑怯な手使われたら負けんじゃん! ザマァないな!」

 単純だけど痛烈な蹴りが何度も何度も、体に鈍い衝撃を走らせる。大丈夫。私はまだ大丈夫。

「こいつ……ネコなんて庇いやがって! 今から死ぬってのに!」

「……っ……まさか……」

「まさか……? まさか!? ぷっ……はははははは! なんだよ『にゃんにゃん勇者』って! ネコに変身する魔術が与えられるのかぁ!? とんだハズレ役職だなぁ!」

「くくくく……こりゃあ面白れぇ……いくらで売れるか楽しみだな」

 暴力の嵐が止み、私の首に硬い布がかけられた。と、同時に――

「もう抵抗できねぇか。なぁ、新米治療術師じゃあ脳に送られる酸素を魔力で代用なんてできねぇだろ? お前はこれで死ぬんだよ」

――私の腕の中で、リジュが目を覚ました。

 最期に見る景色が彼女の顔なのが嬉しくて嬉しくて、まだ絞められてないのに、涙が溢れた。


×


『走って、リジュ。逃げて』

 彼女は私の顔を見ると、置かれている状況を理解したのか大きく瞳を開いて、するりと腕から降り去った。

 まだ少し、リジュの温もりが残っている。あぁ、幸せだなぁ……。

「おい、殺すなよ。気絶したらストップだ。そいつも売るんだからよ」

「わかってるって。ムカつくからちょこっと脅しただけだ」

「ほいほい、おいでネコちゃん。あんまり余計な手をかけさせないでくれ」

 部屋から飛び出せばいいのに、リジュは襲撃者と向き合ったまま凛とした姿勢で静止していた。

『……ろす』

「あ?」

 突如、脳内に響く聞き慣れた声。それは私だけでなかったらしく、二人の動揺が空間に溢れ出す。

「なぁ今、このネコ……喋らなかったか?」

「そんなわけ『聞こえなかった?』

 その声音は威力を増し、それを発していたリジュはネコの姿から――揺らめく炎の影のように蠢きながら――ヒトの姿へと変貌した。

『あなた達は今すぐ殺すから、早く懺悔しろと言ったの』

「こいつ――」

「……は?」

 朦朧とする視界の中、私に腕を折られた方が、一瞬で宙に浮いた。

 リジュの今の体勢からして多分アッパーをかましたのだろうけれど……何が起きたのかはっきりと理解はできない。

「まっ待て――――!」

 制止の余地はなく前蹴りが鳩尾に炸裂し、苦悶の声を上げるともう片方も意識を失った。

 ダメだ。早すぎる、一連の動きをほとんど捉えられなかった。リジュの活躍は全部この目に焼き付けたいのに。

「ミーナ!」

 全身から立ち上る殺意が消え、リジュがこちらへ駆け寄ってくる。

「ごめん、ごめんなさい、私のせいで。ミーナ……ミーナぁ……!」

『……泣かないで……リジュ……私は全然平気だから』

 まだ声が出せる程回復はできていないから、魔力で直接語りかける。

『ほら、ね、見て、傷の治し方はわかってるんだ。ちょっと時間がかかるっていうだけで……』

 私の頭を胸の中へ取り込むように抱きしめながら、リジュは声を上げて泣き、何度も何度も謝った。

 こんなに心配をかけて本当に申し訳ないんだけど、幸せ過ぎてこの時間が永遠に続いてほしいとか思っちゃう私悪くないよね……? 

『リジュ、あったかい……いい匂い…………大好き……』

 伝えてから、しまったと思った。魔力伝心は口で語るよりも心の声が漏れやすい。こんなこと聞かされたらリジュが照れてしまう。

 しかし突き放されたらどうしようという懸念は、彼女の涙声でかき消された。

 さっきと逆になっちゃったなぁ。あぁ……私も早く……リジュを抱っこしたい……。

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