竜ノ桜

二ノ前はじめ

竜ノ桜


 川岸に見事な一本桜が咲いていた。

 

 春風が吹くたびに、桜吹雪が舞った。藻が漂う川面を色づく花弁が流れていく。風流というのは、こういう景色を言うのだろう。

 目を楽しませながら、寂寥せきりょう感がよぎる。毎年、咲き誇っては散っていく。葉桜に変わり、濃緑色に変わる。何の変哲もない木へと立ち戻るのだ。

 

 桜というのは実に不思議だ。春に着飾り、季節を過ぎれば衣を脱ぎ捨てる。うら若き乙女の美しさを垣間かいま見せる。そのはかなさを体現することに、何の意味があるのだろう。

 

 着流しの袖に腕を入れながら片手で顎を撫でる。対岸にかった朱色の橋の下を、川のせせらぎが通り過ぎていく。流れに乗って、散った桜の花びらが滑っていく。

 

 一人花見をしていると、突然春の嵐が吹きすさんだ。思わず背を丸める。袖が膨らみ、裾も乱れて足が覗く。渦中にある一本桜は大きく枝葉をしならせて、その彩りが失われていく。瞳を桜吹雪が覆った。

 

 ああ、桜が散っていく。

 

 春の嵐が収まると時を同じくして、桜色の景色が晴れる。色づく花びらを散らした桜の木を目にして、吐息が漏れ出た。今年もこれでしまいか。

 

 下駄を鳴らして背を向ける。目を落とした。川面かわもを、桜の花びらが覆っている。これはこれで悪くない。穏やかな川の流れを追っていると、不思議な出来事を見た。

 

 桜色が寄り集まり、あたかも絵巻物の竜を思わせる形を作った。足を止める。長い胴体をくねらせて、鹿の角が生えた頭部が川口かわぐちを目指す。敷き詰められた花びらの隙間から、うさぎに似た赤い瞳が覗いた。

 

 この先は、海へと通じているはずだ。尾を振りながら遠ざかっていく桜の竜をしばし見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

竜ノ桜 二ノ前はじめ @ninomaehajime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ