そこに「健常者の驕り」はないか?
- ★★★ Excellent!!!
そりゃあ大前提として、健康であることに越したことはありません。
手があって足があって、目が見えて、耳が聞こえて、怪我や病気などで痛みがないというのは、とてもいいことだとは思います。
基本的に世の中というのはそういう「健常者」であることが基本とされ、様々なものが設計されていますからね。
つまり、どこかしら不自由だと、色んな部分で不便が生じてしまうわけです。
そんな「病気や怪我などで生じた不便」を埋めて、健常者並みの自由な生活を試みようとするためには、様々な努力やサポートが必要になってくるわけです。
そういう部分に目を向ければ、病気や怪我を揶揄って笑うことなど、出来ないはずなんです。
だってそうでしょう?
そう言った病気や怪我というものは、ある日突然なってしまったりするかもしれないものなのですから。
でも、そんなことにすら考えが至らない人はいる。
それを理由にして笑いを取ることで注目を浴びようとする、浅はかな人たちがいる。
自分が健常者であることに胡坐をかいて、配慮も倫理観もかなぐり捨てる人がいる。
まるでそれが自分に与えられた当然の権利だと言わんばかりに。
四肢をもいで目を潰して耳を削いで舌を抜いて喉を焼けば、ようやく理解してくださるのでしょうか。
影響の大きな方がある病気に罹患していることで話題になっていますが、本来はそうじゃないよね、とも思います。
病気や怪我などを抱えて生きるということに正しく向き合うという意味を、本エッセイで見つめ、感じ取ってほしいですね。