奴隷聖女と神秘の実

白滝ねこ

―幻想奇譚―

 

 旅人は長らく、その森を彷徨さまよっていた。



 遠い地で暮らす旅人には、病に苦しむ娘がいた。

 どのような名医も、どのような妙薬みょうやくも、娘の病を癒すことはできなかった。


 ある日、村を訪れた行商人から、万病まんびょうを癒すという神秘のの話を耳にした。

 その実を口にすれば、死に至る病も、深い傷も、たちどころに治るという。


 旅人はさっそく、神秘の実がなるという森へ向かった。



 いくつもの山を越え、海を渡り、ようやく森に辿り着いた。


 そこはいびつ古木こぼくがひしめき、どこか不気味さを感じさせる森だった。

 常に誰かに見られているようで、ひどく居心地の悪い場所だった。



 旅人は森に入ってすぐに道に迷った。

 古く広大な森は方向感覚を狂わせ、もはや森を出ることすらかなわなかった。


 幾日いくにちが過ぎただろうか。

 食料もとぼしくなり、目当ての実も見つからず、旅人は途方に暮れていた。


 夜のとばりが降りた。

 旅人はたき火を起こし、座り込んだ。



 すると、どこからともなく老人がやってきた。


 老人は火を見て、ここへ来たのだと言った。旅人が迷ったことを告げると、老人はうなずいた。


「夜は歩くものではない。朝になったら案内しよう」


 旅人は礼の代わりに、残り少ない食料を老人に分け与えた。

 すると老人は、昔話を始めた。




 かつてこの地には、とてもさかえた国があった。


 肥沃ひよくな大地と、さかんな貿易ぼうえき

 たくさんの人や物が行き交った。


 国には、ひとりの奴隷の娘がいた。


 娘は異国の生まれで、奴隷商人に連れられ、この国にやってきたのだという。

 その娘には、他とは違う、ひとつの力があった。

 病を癒し、傷をふさぐ力だ。


 ただし、力には代償だいしょうがあった。


 その力を使うたび、娘は激しい痛みに苦しんだ。

 けれど心優しい奴隷の娘は、力を使うことをしまなかった。


 病に苦しむ者を救い、貧しき者、める者の区別なく、人々を癒した。



 娘を買いたいという者も多かった。

 しかし娘は首を振り、奴隷商人もまた、娘を独り占めしようとした。


 やがてその国で、娘を知らぬ者はいなくなった。

 誰もが娘を訪ね、あらゆる病や傷を癒してもらうようになった。


 それこそ王様すら。


 王様は褒美ほうびとして、どんな願いも叶えると言った。


 しかし、娘は何も望まなかった。

 娘は決して報酬ほうしゅうを受け取ろうとしなかった。


 娘を売り物にしていた奴隷商人すら、娘を金儲けのたねにすることをやめた。

 娘がそうしたように、誰からも報酬を取らなくなった。


 こうしていつしか娘は、

 奴隷の身でありながら「聖女」と呼ばれるようになった。



 しかし、一方で、娘は次第に弱っていった。


 人を癒すたび、娘の身体には赤いすじが走り、土気色つちけいろあざが浮かんだ。

 血色は失われ、せこけていった。


 それでも、人々は娘にすがることをやめなかった。

 娘もまた、それらを受け入れた。




 しばらくすると、娘の身体に変化が現れた。


 はじめに変わったのは、手だった。

 ひじから先が固くなり、痣が広がり、筋は幾重いくえにも走った。

 それはまるで、木の枝のようだった。


 次に腕が変わった。

 足が変わった。

 腹が変わった。

 胸が変わった。



 娘はついに歩けなくなった。


 動くのは、首から上だけだった。

 それでも人々は娘のもとへ来た。


「この傷はあなたにしか癒せない」

「この病はあなたにしか治せない」


 娘はただ、黙ってうなずいた。


 声も失い、目も見えなくなった。

 それでもなお、娘は癒し続けた。



 そうしてある日、娘は物言わぬ一本の木になっていた。

 もう娘に人を癒す力はなかった。


 人々はなげき悲しんだ。

 王様も。奴隷商人も。娘をいたんだ。


 そして、かつて奴隷の娘だった木は、国の中央にある広場に埋められた。


 多くの者たちが、その木を訪れた。

 朝、目覚めると、誰もが広場の方に向かっていのりを捧げた。


 人々を癒し続けた聖女に感謝した。




 それからしばらく経った頃のこと。

 その国で、不思議なことが起こった。


 一人、また一人と、人が木になっていったのだ。

 奴隷の娘と同じように。



 止めることはできなかった。

 どのような名医も、どのような妙薬も、効かなかった。


 貧富の差なく、老若男女問わず、誰もが木になっていった。

 王様も。

 奴隷商人も。



 気がつくと、その国から人は姿を消していた。

 ただ、代わりに木が、国を埋め尽くしていた。


 そして、いつしか、広大な森となった。



 その森の中央には、他とは少し様子の違う木があった。

 はかなく、か細く、それでいて、すべてを包み込むような優しさにあふれた木だった。


 その木には数年に一度、実がなるという。

 その実を食べると、どんな傷も病も、たちどころに治るそうだ。




 老人は言った。


「あなたの後ろの木が、それだ」


 旅人が振り返ると、木には実がなっていた。


 ひとつ。ふたつ。

 手を伸ばせば届くほど近かった。



 この実を持ち帰れば、娘の病は治るかもしれない。

 旅人は、しばらく動けなかった。


 周囲の木々――歪な古木たちが、どれも人のかたちに見えた。


 枝は腕に見えた。

 根のり上がりは膝に見えた。

 みきは顔に見えた。



 旅人は、実を取らなかった。



 朝になると、老人の姿はなかった。

 実のなっていた木も、見当たらなかった。


 ただ、朝日だけが、森の出口をまっすぐ照らしていた。





 おわり


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わし、これ話したら消えっから:パロディシーン!

https://kakuyomu.jp/users/shiratakineko/news/2912051595640906139


聖女、スタンバってます!:パロディシーンその2

https://kakuyomu.jp/users/shiratakineko/news/2912051595844654802


樹木化する聖女さまのイラスト

https://kakuyomu.jp/users/shiratakineko/news/2912051596342317323

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奴隷聖女と神秘の実 白滝ねこ @shiratakineko

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