骨を戴く侍女
あまくに みか
第1話 骨を戴く侍女、ティセ
その侍女の頭には、髑髏がのっていた。
ルンターラから降嫁してきた姫は、たった一人の侍女を従えてやってきた。異国の衣装を身にまとった美しい姫より、動物の頭蓋骨を頭にのせた侍女から
「ルンターラより参りました、リンチェンでございます」
膝を折って挨拶をしたリンチェンの姿は、優美という言葉がよく似合った。けれども、くだんの侍女は突っ立ったまま、初めて見る異国の様式が珍しいのだろうか、大きな瞳をゆっくりと動かしている。
「長旅で疲れたであろう、挨拶は後にして、まずは休まれよ」
鴻月の主である
「では、わたくしがお部屋へご案内いたしますわ」
正妻の
「巌翔様は、儀礼など気になさらないお方なのよ。ですから、わたくしたちも仲良くやっていきましょうね」
艶やかにほほ笑む様子は、大輪の花のよう。周囲が二人の美しい女性を見送るなか、鴻月だけがあの侍女に注意を払っていた。
◇
「
極彩色の調度品を触りながらティセが言った。屋根も廊下もリンチェンに与えられた部屋の中も、突き抜ける空の色に染まっているものばかりだと思っていた。
「残念?」
「とても」
ティセの返答にリンチェンが笑った。緊張していた表情がほどけ、普段のリンチェンらしさを取り戻していく様子に、ティセはほっとした。
「蓮華様が優しいお方で安心したわ」
蓮華もリンチェンと同じく、蒼国に降嫁してきた
「姫は、これでよかったのか?」
ティセの言葉にリンチェンが顔をあげた。故郷を出る時にリンチェンの母が彼女の髪に差した
「ルンターラは風の国。自由の国よ。私の降嫁で、自由が保たれるのなら、それで――」
「姫が嫌だと言ってくれれば、あたしが姫を幸せにしてあげる」
ティセは真剣な眼差しをリンチェンに向けた。ティセにとっては、蒼国もルンターラもどうだっていい。
この世界で一番大事なのは、リンチェンだけ。
「ティセは昔から変わらないのね。私はこの運命を受け入れているの。それに……」
口元に袖をあて、リンチェンは右下に視線を流す。その見慣れた仕草にティセは「まさか」と息をのんだ。
「巌翔様の二の腕を見た? それから、胸板も。とても大きかったわ」
「また筋肉の話?」
「だって、仕方がないじゃない。目に入っちゃうんだもの」
リンチェンは美人だ。故郷では鶴や花にたとえられるほどの美しさで有名だった。けれどもリンチェンの本性は、ティセだけが知っている。
リンチェンは、男色好きなのだ。
「蒼国って最高。柳のような麗しい男性もいれば、巌翔様のように硬い筋肉をお持ちの方もいらっしゃるんだもの」
「……姫、あたしそろそろ散歩してくる」
「ええ? もう行っちゃうの? まだお話しましょうよ」
「ううん。あたし、お腹すいたから。何か見つけたら姫にも持ってきてあげる」
リンチェンを残して、ティセは部屋を出た。
当たり前のように蒼国に嫁ぐリンチェンについてきたティセだったが、侍女としての教育など受けたことない。ティセが世話を見ずとも、リンチェンは一人で何でもこなせる姫だ。
ティセがすべきことは、リンチェンの安全を守ること。ただそれだけだった。
長い外廊下を歩いていると、頭上から音がした。風に揺れる竹のような風変わりな音色。
「トゥクラ。お前も見つけたの?」
瞳を動かして見上げたティセは、頭にのせた骨――トゥクラに話しかけた。
「うん。あたしもそっちの方向かなって思っていたところ。行ってみよう。きっと美味しいものがあるよ」
甘くって、香ばしい匂い。蒼国のお菓子は見た目が可愛らしくて美味しいと、リンチェンが言っていた。
いくつかくすねて、リンチェンに持って行ってあげよう。
そう思いながらティセは、初めて訪れた屋敷とは思えない足どりで、調理場へ向かった。
調理場では、ルンターラではあり得ないほどの人数が働いていた。男が火を使い、魚や肉をさばいていく。女たちが、穀物や野菜の下ごしらえをしている。右から左へ、左から右へ、絶え間なく人と食材が移動していた。
「邪魔だよ。どきな」
太った女がわざとらしくティセの右肩にぶつかって、通り過ぎていった。
「ねえ、お菓子ちょうだい?」
話しかけると女がめんどくさそうに振り返る。鼻の頭が赤い。瞳は灰色をしているから、この女も他の国からやって来たのだろう。
女の視線はすぐにティセの頭上に注がれる。
「あんたルンターラの姫にくっついてきたっていう、邪術師だろ?」
「邪術師じゃないよ」
「邪術師に決まってる! 骨なんか頭に被っちゃってさ」
女が大きな声をあげたのを合図に、ティセの周りには数人の女たちが集まってきてしまった。
「その変な骨を外すんだね」
「蒼国に来たら、蒼国に倣うのが当たり前だ」
「みんなお前がこの家を呪いにきたって思ってるさ」
女たちに詰め寄られ、好き放題に言われたティセは、顔を覆うと突然大声で泣き叫んだ。
「この骨は、あたしのおっかさんなんだ!」
その場が、しんと静まりかえる。
「あたしは赤ん坊の頃に、森に捨てられたんだ。みんなが見捨てたあたしを、大事に育ててくれたのはこの狼のおっかさんなんだ!」
ティセの瞳から、はらはらと涙が流れ落ちる。
「おっかさんが死んで、独りぼっちだったあたしを救いだしてくれたのは、リンチェン様だ。だから、恩がある」
涙でうるんだ瞳で見渡せば、女たちの目にも涙が溜まっている。
「おっかさんとひとときも離れたくない。だから、こうしていつも一緒にいる。それに、リンチェン様も許してくださってる」
肩を震わせてティセは泣き崩れる。
「悪かったねぇ」
誰かがティセの背をさすってくれた。それを皮切りに「事情があったとは知らなくてねえ」「姫様が許しているのなら」という声が、ティセの耳に届く。
「ほら、お菓子だよ。持っていきな」
最初にティセにぶつかってきた女が、お菓子をたんまりとのせたお膳を差し出している。
「……ありがとう」
ティセはそれを受け取ると、肩を落としたまま方向を変え、来た道を戻っていった。背後では女たちの、同情する話し声が聞こえてくる。
角を曲がって外廊下に出た時、ティセは晴れやかに顔を上げた。
その頬に、もう涙はない。
――うまくいった。
そう思ったのも束の間、ぶつかりそうになってティセは立ち止まった。行く手を阻むように、一人の男が立っていた。
「さっきの話、嘘だろ」
ティセは男を見つめる。先ほど巌翔の隣に立っていた男だと気がつく。リンチェンが麗しい男性と言っていたのは、こいつのことかもしれないと思った。
男が口を開く。
「それは狼の子どもの骨だ」
サっと足元に明るい陽が差した。
体の奥で、何かが膨らんで広がっていくような感覚。水たまりの中に、宝石を見つけたような高揚感。
思わず笑みがこぼれ落ちた。
「なら、次に嘘をつく時は兄の骨だ、ということにしよう」
満足気にほほ笑んで、通り過ぎようとしたティセの腕を男が掴んだ。その拍子に菓子が一つ、お膳からこぼれ落ちた。
「お前は何者だ?」
黄色の菓子がゆっくりと地面に落ちていく。
「俺は巌翔様を守る。お前が災いをもたらすものなら、今この場で斬る」
ティセの視線は、男の顔から流れるように地面に落ちる。
菓子が二人の間で、円を描いている。そして、倒れた。
「ああ、もったいない。黄色くて美味しそうだったのに」
ティセは顔をあげて男を見上げた。
「あたしは、姫がこの世界で一番大事。君が邪魔をするっていうなら、容赦しない」
半歩ティセが踏み出して、右足でパタパタと軽快に地面を叩いた。
「ところで、お菓子拾ってくれない? あたし手がふさがってるの」
「なんで俺が」
「君があたしを引っぱったから、落っこちたんだよ」
不服そうに男はため息を吐く。ティセを監視したまま、器用に菓子を拾ってみせた。
「あ」
ティセが大きな口を開けて見せる。男が眉を寄せる。
「は?」
「あたしの口にそれ、入れて」
「落ちたやつだぞ」
「あたしは強いから問題ない」
呆れた様子で男が菓子をティセの口にねじり込む。
「うん、美味しい」
うなずいた時、頭の上のトゥクラが、カランと鳴いた。
ティセは首をかしげて考え込み、そして、男を見つめて目を細めた。
「そう。君が、鴻月。野合で生まれたっていう」
鴻月の瞳に怯えた色が映った。けれども、それはすぐに怒りに変わる。
「誰から聞いた」
「誰って」
ティセは頭の上を指差す。
「兄からだけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます