コミュニティ
タピオカ転売屋
第1話原稿
「御苦労様でした」
自分より二十も年下の編集長に頭を下げられ「いえ、お世話になりました」と言って頭を下げる。
皆、自分の仕事に夢中で
デスクに貼られたメモが、かつて私もそうだったことを物語っている。
頭にあるのは締切のこと、そして次の締切のこと。
何もせずにこの椅子に座っていることなど一度もなかった。
足先に何かが触れる。
デスクに古い段ボールがおいてあった。
――ああ、捨ててなかったのか。
嘘だ、捨てるはずがない。
段ボールの中には、私の痛みが入っているのだから。
段ボールを引き出してデスクの上に乗せる。
薄く埃を被ったそれは、全てボツ原稿だ。
ボツ原稿にも色々とある。
能力が低く読むに堪えないもの。
他社に出し抜かれたもの。
後から出てきた真実で紙くずになったもの。
――そして、私が出さないと決めたもの。
埃を払い、中の原稿を両手で取り出す。
その古ぼけた原稿には「メシアの揺りかご事件」と書いてあった。
このデスクの周りだけ時間が止まっているようだ。
ページをめくる。
――――
2000年9月15日。
あるグループホームをめぐる報道が、日本を騒がせた。
週刊誌には、扇情的な見出しが躍る。
「セックスカルトの全貌!」
「洗脳の果てに」
「彼は、メシアかペテン師か?」
事の始まりはこうだ。
「娘が誘拐された」
こう言って警察に駆け込んだのは、K子さん(24)の両親だ。
警察は直ちに両親に詳しい話を聞いた。
どこで誘拐されたのか、犯人から連絡はあったのかと。
そこで語られた両親の話に警察は首を傾げた。
「娘は自分でそこに行った、私達が戻ってこいと言っても聞かない」
「娘は騙されている、これは誘拐だ、アイツを逮捕してくれ」
両親を落ち着かせて、話を聞いたところ、「メシアの揺りかご」という団体に娘がいる。
警察立ち会いのもと、グループホームでK子さんを呼び出すとK子さんは普段着のまま出てきて、「私はここに居る、家には戻らない」とはっきり答えた。
K子さんがすでに成人であること。
警察との受け答えもはっきりしており、事件性は認められないとの警察の見解。
しかし、それが一連の騒動の始まりだった。
また、別の家族から被害届けが出されたのだ。
そして、その家族にはマスコミに強い繋がりを持つ人物が含まれていた。
最初は、警察の対応の鈍さに対する論調であった。
しかし、被害を訴える家族が増えてくるにつれ、グループホームを糾弾する内容に変わっていった。
そして、決定的な事態が起こる。
メシアの揺りかごのメンバーが記者会見を行なったのだ。
そこに代表の斉藤保の姿はなかった。
これについては、情報が錯綜している。
斉藤保には知らされてなかった。
斉藤保は、知っていたが逃げた。
神聖さを出すためのデモンストレーションだともいわれた。
この会見に出席したメンバーは、K子さんを含む、二十代の女性ばかりであった。
そのメンバーの大部分が夜の世界で働く女性であったことから、報道は、一気に加速した。
週刊誌は、扇情的な見出しで部数を稼ぎ、ワイドショーには有識者と称するコメンテーターがカルトの恐ろしさを語っていた。
こうなると警察も黙っていられなくなってしまった。
当然のことながら、そんな危険なものを野放しにするなと警察署、交番と至るところに抗議の電話や投書が殺到したのだ。
ここで警察は、明らかな別件捜査を行なってしまった。
こともあろうに旅館業法と消防法で家宅捜索を強行したのだ。
ホームは、メンバーからの寄付で運営していたが、それが宿泊にあたり、金品の授受があったとして、旅館業法違反で斉藤保は逮捕された。
明らかにやり過ぎであった。
しかし警察もマスコミも国民も当然のこととしてとらえていた。
このことからも当時の狂乱ぶりが見て取れる。
そして、メシアの揺りかごも支柱を失い、あっけなく瓦解した。
その後、斉藤保は不起訴となり釈放されている。
しかし、それを報道したマスコミは皆無であった。
これがメシアの揺りかご事件のあらましである。
私がこの件の取材を始めたのは、事件から五年後、こんな記事を見たことがきっかけであった。
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