第5話

探索者協会・名古屋支部の朝は、意外と静かだった。


出勤ラッシュの時間帯を避けているせいか、

ロビーにいるのは探索者と職員だけ。

空気が、どこかピリッとしている。


「……早く来すぎた?」

竜司が、壁の時計を見上げて言った。


「約束の十分前です」

蘭丸が即答する。

「社会人として適正です」


「学生相手だぞ」

俺は苦笑した。

「逆に引かれないか?」


「引かれたら引かれたで」

竜司が真顔で言う。

「それはそれでダメージでかい」


そんな不毛な会話をしていると――


「おはようございます!」


明るい声。


振り向くと、

そこには 伊吹彩香がいた。


今日もショートカット。

今日も動きやすそうな装備。

今日も、可愛い。


「お、おはよう」

「おはようございます」

「規約上、おはようございます」


三人とも、微妙に声がズレた。


「今日は連続でクエスト受けても大丈夫って聞いたので」

伊吹は、掲示板を指差す。


「二本立て、行けそうですね!」


「二本立て……」

竜司が小声で呟く。

「若さが眩しい」




今回選んだクエストは二つ。


1つ目は

《低層ダンジョン・魔物間引き》


2つ目は

《探索者初心者同行サポート》


「初心者サポート?」

俺が聞くと、伊吹は頷いた。


「私も、もう少し経験積みたいので」


「謙虚すぎない?」

「すでに前衛完成してますよね?」

「規約的に優良探索者です」


伊吹は、少し照れたように笑った。




最初のダンジョン。


低層とはいえ、魔物の数はそれなりに多い。


「今回は」

蘭丸が言う。

「役割を明確にしましょう」


「伊吹さん、前衛」

「俺、交渉兼釣り」

「竜司、後方支援」

「規約通りです」


「釣りって何!?」

伊吹が目を丸くする。


「敵意を集めすぎない程度に存在感を出す」

俺は説明する。

「営業で培った技だ」


「営業ってすごいですね……」

伊吹が、純粋な目で言う。


その一言で、

俺の心拍数が跳ね上がった。



最初に出てきたのは、ゴブリン二体。


「行きます!」

伊吹が前に出ようとする。


「待って」

俺は一歩前に出た。


《敵意低下(小) 発動》


「なあ」

ゴブリンに声をかける。

「今日は穏便にいこう」


「また話しかけてる……」

伊吹が呆然とする。


ゴブリンの動きが鈍る。


「今です!」

蘭丸が叫ぶ。


《規約支配:安全確保優先》


ゴブリンが混乱。


「竜司!」

「来たァ!」


ぽん。


例の二頭身マスコット召喚。


「……それ、名前あるんですか?」

伊吹が聞く。


「まだ」

竜司が言った。

「人気出たら考える」


ゴブリンは転倒し、

伊吹が一閃。


「……連携、すごく安定してますね」

伊吹が感心したように言った。


「安定感だけはある」

「派手さはない」

「規約的に優秀です」


伊吹は、少し不思議そうな顔をしていた。


「皆さん……」

「なんか」

「大人ですね」


――その一言が、

三人の胸に刺さった。



クエストの合間。


小休憩。


「飲みます?」

伊吹がスポーツドリンクを差し出す。


「ありがとう」

俺は受け取りながら、内心で叫んでいた。


(間接キスでは!?)

(いや、ペットボトルだ)

(落ち着け三十路)


「……雨宮さん」

伊吹が、少し真剣な顔で言う。


「探索者、楽しいですか?」


一瞬、答えに詰まる。


「……正直に言うと」

俺は言った。

「前の仕事より、怖い」


「でも」

竜司が続ける。

「前より、笑ってる」


「規約的にも」

蘭丸が頷く。

「今のほうが、健全です」


伊吹は、少し驚いたように目を見開いてから、

にこっと笑った。


「……いいチームですね」


この瞬間。


三十路童貞三人組の中で、恋愛イベントが発生した気がした。




二本目のクエストは、初心者同行。


相手は、高校生探索者二人。


「よろしくお願いします!」

元気がいい。


「……若い」

竜司が遠い目をする。


だが、実際に始まると――


「無理に前に出ないで」

「位置取り大事」

「規約読んだ?」


自然と、

俺たちがフォローに回っていた。


伊吹も、後ろからサポート。


「……すごい」

高校生の一人が言う。

「このパーティ、落ち着いてる」


「30代だからな」

竜司が言った。

「伊達に疲れてない」


クエストは、危なげなく終了。




探索者協会に戻ると、職員が俺たちを見て、ひそひそ話していた。


「またあのチーム」

「安定してるよね」

「事故率ゼロらしい」


「……聞こえた?」

竜司が小声で言う。


「評価、上がってますね」

蘭丸が静かに言った。


伊吹は、少し嬉しそうだった。


「また」

彼女は言う。

「一緒に潜りたいです」


「もちろん」

俺は、少しだけ自然に笑えた。


彼女が去ったあと。


沈黙。


「……なあ」

竜司が言う。

「距離、縮んだか?」


「縮んでないですね」

蘭丸が即答する。


「でも」

俺は言った。

「信頼は、確実に積み上がってる」


恋愛的な距離は、相変わらず遠い。


だが。


探索者としての評価は、確実に、上がっていた。


こうして――

おじさん三人組パーティは、名古屋ダンジョンで、じわじわと名前を知られ始める。


まだ誰も知らない。


このチームが、“危険な仕事を安全に終わらせる”という最も厄介な才能を持っていることを。

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