第3話
探索者協会・名古屋支部のロビーは、やたらと明るかった。
ガラス張りの壁。
無駄に広い天井。
そして掲示板いっぱいに貼られたクエスト用紙。
「……これが」
竜司がごくりと唾を飲み込む。
「初クエスト……」
「冷静に見れば、ただの紙です」
蘭丸は腕を組んだ。
「依頼内容、報酬、危険度。非常に分かりやすい」
「お前、市役所に戻れそうだな」
俺は言った。
掲示板の前には、若い探索者たちが群がっている。
「討伐Eランク!」
「報酬うまっ」
「初心者向けだって!」
俺たち三人は、その後ろで静かに立っていた。
「……なあ」
竜司が小声で言う。
「俺たち、どういうクエスト選べばいいんだ?」
「安全第一です」
蘭丸が即答する。
「初期ステータス、全員低水準です」
「火力ゼロ」
「回復なし」
「夢もない」
「現実はあります」
蘭丸はきっぱり言った。
結局、俺たちが選んだのは――
《初心者向け・ダンジョン内巡回補助》
討伐ですらない。
見回り。
警備。
「地味すぎない?」
竜司が不安そうに言う。
「いいんだ」
俺は頷いた。
「最初は、死なないことが最優先だ」
営業時代、無茶な契約で何度も死にかけた俺の判断だった。
再び、名古屋地下ダンジョン。
今日は講師同行なし。
代わりに支給されたのは、通信端末と簡易マップ。
「……急に心細いな」
竜司が呟く。
「規約上、危険度Eランク」
蘭丸は淡々としている。
「問題ありません」
「その“問題ない”、一番信用できないんだよな」
通路を進むと、早速――
ぷるん。
「……来た」
俺が言う。
「スライム、二体」
蘭丸が冷静に分析する。
「今回は俺が行く!」
竜司が前に出る。
「召喚士の真価を見せる!」
竜司は目を閉じ、両手を広げた。
「イメージ……イメージ……」
数秒。
「……来ない」
「集中してください」
「今、めっちゃ集中してる!」
その間に、スライムがじりじり近づく。
「やばい!」
「祐介!」
「交渉!」
「無茶言うな!」
――だが。
俺の視界に、スキル表示が浮かんだ。
《話術補正 発動可能》
《敵意低下(小) 使用しますか?》
「……やるしかないか」
俺は一歩前に出た。
「おい」
スライムに向かって言う。
「ちょっと待て」
竜司と蘭丸が同時に固まった。
「……何してる?」
「会話、成立する前提ですか?」
「知らん!」
だが――
スライムの動きが、止まった。
ぷる……?
「止まった!?」
竜司が声を裏返す。
俺は、営業スマイルを最大出力にする。
「なあ、俺たち今、巡回中なんだ」
「争いは避けたい」
「ここ、通らせてくれないか?」
沈黙。
スライムが、左右にぷるぷる揺れる。
《敵意低下(小) 効果発揮》
――スライムが、道の端に移動した。
「……え」
「通じた?」
「規約違反ではありませんね」
三人で、顔を見合わせた。
「……俺、もしかして」
俺は小声で言った。
「戦わなくていい職なのでは?」
「それ、最強では?」
竜司が目を輝かせる。
「戦闘回数を減らせるのは、生存率の観点から非常に優秀です」
蘭丸が真面目に頷く。
調子に乗った俺たちは、先へ進む。
次の角。
今度は、ゴブリン。
「……あれは無理」
竜司が即座に後退る。
「絶対会話通じない」
「見た目が既に敵対的です」
蘭丸も警戒する。
俺は、深呼吸した。
「……まあ、やってみる」
「やめろ!」
「営業魂、封印してください!」
だが俺は前に出る。
「なあ」
「俺たち、敵じゃない」
ゴブリンが、棍棒を構える。
「ほら見ろ!」
「敵意MAX!」
《敵意低下(小) 発動》
――ゴブリンの動きが、わずかに鈍った。
「……効いてる!?」
竜司が叫ぶ。
「今だ!」
蘭丸が言う。
「規約支配、試します!」
蘭丸の前に、書類のような光が浮かぶ。
《規約支配:ダンジョン安全条例 第3項》
ゴブリンの頭上に、謎の文字。
「ダンジョン内暴力行為は――」
蘭丸が読み上げる。
「やめろ!」
「詠唱みたいに読むな!」
ゴブリンが混乱した隙に――
「今だァァ!」
竜司の背後に、ゆるい二頭身キャラが召喚された。
「誰だそれ!?」
「俺が昔描いたマスコット!」
そのマスコットが、
ぽすっ、と体当たりしてゴブリンを倒した。
「……勝った?」
「勝ちましたね」
「俺たち、勝った……?」
静寂。
三人で、しばらく立ち尽くした。
「……なあ」
竜司が言う。
「このチーム」
「地味だけど」
蘭丸が続ける。
「……やばくないか?」
俺が言った。
派手じゃない。
強そうにも見えない。
だが――
誰も怪我していない。
初クエストは、そのまま問題なく終了した。
帰り道。
報酬を受け取った俺たちは、顔を見合わせて笑った。
「会社にいた頃より」
俺は言った。
「今のほうが、生きてる感じしないか?」
竜司が頷く。
「主人公、俺たちだな」
蘭丸は、少しだけ微笑んだ。
「規約的にも、このチームは継続可能です」
こうして――
三十路童貞ネタ職パーティは、名古屋ダンジョンで、静かに評価を上げ始めた。
まだ、誰も気づいていない。
このチームが、異常なほど“安定している”ことに。
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