第2話

スライムが消滅したあと、ダンジョン内には妙な静けさが訪れていた。


魔物がいなくなったというより、

空気だけが取り残されたような感覚。


「……あの」

俺は、恐る恐る口を開いた。


「今の、倒したってことでいいんですよね?」


「はい」

講師の人はタブレットを操作しながら、あっさり答えた。

「核破壊を確認しました。正式に“初討伐”です」


「……」

「……」

「……」


三人で顔を見合わせる。


「勝った……?」

竜司が小声で言う。


「勝ちましたね」

蘭丸がうなずく。


「俺たち……」

俺は胸に手を当てる。

「探索者だ……」


じわっと、よく分からない感動が込み上げた。


――その瞬間。


《ステータスを表示しますか?》


視界の端に、半透明のウィンドウが浮かび上がった。


「出たァァァ!!」

竜司が反射的に叫ぶ。


「魔物が集まって来るので、声量を抑えてください」

講師の人が即ツッコむ。


周囲を見ると、他のチームも同様にざわついている。


「剣士だって!」

「魔法使い!」

「お、回復職!」


若者たちの声は、希望に満ちていた。


「……嫌な予感しかしない」

俺は小声で言う。


「まあ、営業スキルが活きる可能性は――」

「期待値、低めですね」

「やめろ」


俺は意を決して、ウィンドウを操作した。



【雨宮祐介】


ジョブ:交渉士(ネゴシエーター)


初期スキル:

・話術補正

・敵意低下(小)



「………………」


三秒、沈黙。


「……交渉士?」

竜司が、ゆっくり首をかしげた。


「剣、持ってますよね?」

蘭丸が確認する。


「持ってるな」

「魔法は?」

「使えない」

「攻撃スキルは?」

「ない」


「……」

「……」

「……」


「いや、待て」

俺は必死にフォローを試みる。


「交渉って大事だろ?ダンジョンでも、ほら、無駄な戦闘を避けるとか!」


「スライムと?」

「会話?」

「言語、通じます?」


「……たぶん?」


背後から、はっきりと聞こえる失笑。


「交渉士ってw」

「なんだそれw」

「戦闘職じゃないの?」


俺のHPが、じわじわ削られていく。


「つ、次は俺!」

竜司が慌ててウィンドウを開いた。



【高瀬竜司】


ジョブ:召喚士(サブカテゴリー:二次元)


初期スキル:

・妄想具現化(弱)

・作画崩壊耐性



「………………」


「二次元?」

俺が言う。


「サブカテゴリー?」

蘭丸が言う。


「作画崩壊耐性?」

二人同時に言った。


「ちょっと待って!」

竜司が必死に弁解する。


「たぶん!俺が描いてきたキャラとか!イメージを召喚する系で!」


「弱って書いてある」

「しかも妄想」

「耐性が一番強調されてる」


「うるさい!」

竜司が叫ぶ。


「これはスロースターターなんだよ!後半化けるタイプ!ゲーム的に!」


周囲の若者たちが、完全にこちらを見ていた。


「なにあれw」

「ネタ職だw」

「あんなジョブ引くって逆にすごいよなw」


竜司は、そっとその場で膝をついた。


「……最後、僕です」

蘭丸が静かに前に出る。



【鳴瀬蘭丸】


ジョブ:行政官(ダンジョン特化)


初期スキル:

・規約支配

・書類生成



「………………」


「……行政官?」

俺が聞く。


「市役所、辞めたよな?」

竜司が聞く。


「はい」

蘭丸はうなずいた。

「辞めました」


「意味あった?」

「転職失敗では?」

「ダンジョンで何するの?」


「……」

蘭丸は少し考えてから言った。


「規約に違反した魔物に、是正勧告を出せる可能性があります」


「魔物に?」

「是正?」

「勧告?」


完全にダメ押しだった。




「見て、あのチームw」

「ネタ職パーティじゃんw」

「絶対弱いだろw」


周囲の評価は、最悪だった。


俺は頭を抱えた。


「……俺たち」

「社会人経験、全部反映されただけでは?」

「夢がないですね」


そのとき。


講師の人が、こちらに歩み寄ってきた。


「君たち」

「はい!」


「確かに派手さはありません」


講師の人は正直だった。


「しかし」

講師の人は言葉を続ける。


「ダンジョン探索で本当に重要なのは、生存率と継続性です」


俺たちは、顔を上げた。


「交渉士は敵意を下げられる」

「召喚士は戦力を増やせる」

「行政官はルールを操作できる」


「この三つが揃うチームは、実はかなり珍しい」


「……強いんですか?」

竜司が恐る恐る聞く。


「使いこなせれば、です」


その一言が、妙に重い。


俺は二人を見た。


営業で頭を下げ続けた男。

締切と戦ってきた男。

規約に人生を捧げてきた男。


「……なあ」

俺は、苦笑しながら言った。


「派手じゃないけどさ」


竜司が、少し元気を取り戻して笑う。


「地味主人公チームってやつ?」


蘭丸は、メガネを押し上げて言った。


「規約的に見て、まだ詰んではいません」


こうして――

三十路童貞・ネタ職パーティは、

正式に探索者として登録された。


世間の期待値は、最低。

将来性は、不明。


だが。


なぜか俺たちは、

会社にいた頃より、ずっと前を向いていた。

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