30歳おじさん達のダンジョン探索

ねこ松

第1話

「……なあ」


名古屋駅西口から少し外れた、昭和の香りが色濃く残る居酒屋。

油で黒ずんだ床、壁に貼られた手書きメニュー、なぜか落ち着く薄暗さ。


その奥のテーブルで、俺はジョッキを握りしめながら言った。


「俺たち、人生詰んでないか?」


俺、雨宮祐介30歳。

職業は商社の営業で、今は中学の時からの親友たちと居酒屋で飲んでいる。


「詰みっていうかさ」

隣で枝豆を吸い込む勢いで食べているのが、

高瀬竜司30歳。職業はアニメ制作会社のアニメーター。

見た目は、ぽっちゃり体型のオタクで、Tシャツの女の子は今日も知らない。


「もうバッドエンド確定ルート入ってる感じ」


「その言い方やめろ」

俺は即ツッコんだ。


「統計的に見ても――」

反対側でメガネをくいっと上げるのが、

鳴瀬蘭丸30歳。職業は市役所職員。

見た目はヒョロガリのメガネ、そして無駄に理屈っぽい。


「30歳男性が今後大きな人生転換を――」

「やめろォ!」

「今それ聞いたら死ぬ!」


三人とも、童貞。

しかも全員、仕事に疲れきっている。


そのとき、店内のテレビが派手な効果音を鳴らした。


『名古屋駅地下に、新ダンジョンが出現!』


画面には、ヘルメット姿の探索者と警備員。

でかでかと表示される文字。


【探索者協会 管理】

【初心者向け・講師同行】


「……ダンジョンか」

俺は思わず呟いた。


「なあなあ」

竜司の声が、やけに弾んでいる。


「探索者ってさ、ジョブ制なんだよな?」

「嫌な予感しかしない」

「レベル上げて、スキル取って――」


「俺たちも」

竜司は、満面の笑みで言った。


「探索者にならないか?」


沈黙。


「いやいや」

「制度的に危険です」

「現代日本だぞ?」


だが俺は、テレビから目を離せなかった。


自由。

成果主義。

そして――なぜか漂うモテそう感。


「……講習があるらしいな」

俺が言うと、二人がこちらを見た。


「講師同行」

「安全対策万全」

「国の管理下」


「……やる?」

「……やるか」

「……規約、全部読めば可です」


次の日、俺たち3人は――

退職届を提出して1ヶ月後に仕事を辞めた。






1ヶ月後。

探索者協会・名古屋支部。


講習会場には、48人の人間が集まっていた。

大学生、高校生、若者だらけ。


「平均年齢、絶対20前半」

「我々、完全に浮いてますね」

「おっさんって目で見られてる」


ひそひそ声が聞こえる。


「30代ぐらい?」

「マジかよ」

「再就職失敗組か?」


「では、チーム分けを行います」


基本は5人1組。

だが――


「……雨宮さん、高瀬さん、鳴瀬さん」

講師の人が、こちらを見た。


「人数調整の都合で、3人1組になります」


「うわ」

「縛りプレイ」

「難易度ハードですね」




そして、ダンジョン内部。


名古屋地下、旧商業施設跡。

薄暗く、湿っぽく、足音がやたら響く。


「……来ますよ」

蘭丸が小声で言う。


ぷるん。


通路の奥で、何かが揺れた。


「出たァァ! スライム!」

竜司が叫ぶ。


「魔物が出ても、慌てずに落ち着いて、静かにしてください!」


講師の人の注意も虚しく、

スライムがこちらに――ゆっくり寄ってくる。


「……意外とデカくない?」

「思ったよりヌメってる」

「規約的に、どこ殴ればいいんですか」


「考えるな! 行くぞ!」


俺が前に出た瞬間――


「うわっ!?」

足を滑らせた。


「祐介!?」

「おい、大丈夫か!?」


結果、俺の剣は空振り。


「もういい! 俺が行く!」

竜司が前に出て、勢いよく振りかぶる。


――が。


「重っ!? 剣重い!!」

「アニメと違う!!」


剣が途中で止まり、

スライムの体にぷにっと当たるだけ。


「効いてない!」

「ぷにぷにしてるだけ!」


「下がってください!」

蘭丸が前に出る。


「……規約第12条」

「唱えるな!」


蘭丸の杖が、奇跡的にスライムの核に当たった。


ぷちっ。


一瞬の沈黙。


そして――


《ジョブを獲得しました》


光が弾ける。


「……え」

「来た?」

「来ましたね」


三人で顔を見合わせる。


「俺たち……」

「やった?」

「倒した?」


講師の人がため息混じりに言った。


「……はい。今のが初討伐です」


こうして――

三十路童貞三人組は、

スライムにビビり散らかしながらも、

探索者としての第一歩を踏み出した。


強くはない。

カッコよくもない。

だが――


人生をやり直すには、

十分すぎるスタートだった。

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