常識というワードが、あなたの理性を解体する。

「身体が重い」「冷たい」「首筋に噛みつきたくなった」
 
 ……もし、そんな「通常とは違う症状」を自覚してしまったら、あなたはどうしますか?

 本作『ゾンビは温めないでください』は、そんな末期的な症状を訴える患者と、どこまでも冷静な医師が対峙する、ある診察室の物語です。

 この物語の面白さは、ホラー映画なら悲鳴を上げて逃げ出すような異常事態を、医師が「医学的な言葉」によって淡々と日常の風景に溶け込ませていく過程にあります。
 
 現代社会のストレス、自律神経の乱れ、そして突発的な恋心……。医師から提示される「論理的な解釈」の数々は、奇妙なほど説得力に満ちており、読者は次第に「おかしいのは患者の身体なのか、それともこの医者なのか?」という迷宮に迷い込みます。

 本作が描くのは、私たちが信じている「正常な日常」という概念が、言葉一つでいかに脆く、いかようにも改ざんできてしまうかという、知的な恐怖です。
 医師の冷徹でユーモアさえ感じさせる語り口。それに呼応するように、読者の脳内では「常識」と「非日常」が激しく衝突し、心地よい違和感が膨れ上がっていきます。

『ゾンビは温めないでください』
 
 この一見シュールなタイトルは、物語の核心を指し示す唯一の道標です。なぜ温めてはいけないのか? 医師が守ろうとしているのは、患者の健康なのか、それとも……。

平穏な診察室の空気は、ラストに向けて静かに、しかし決定的に変質していきます。読み終えた後、あなたはきっと、自分の体温を確かめずにはいられないでしょう。

「よくあることです」という医者の言葉を、あなたは最後まで信じられますか?
一級のブラックユーモアと静かな戦慄が同居する、一級の短編ミステリー。

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