【番外編・文化祭①】風紀委員はメイド服を着るか
文化祭のクラスの出し物を決める話し合いが始まった。
黒板に並んでいくのは、いかにも無難な案ばかりだ。
焼きそば屋。
たこ焼き屋。
ラーメン屋。
文化祭実行委員の小山田さんが、淡々と書き足していく。
……正直、どれもピンとこない。
俺は、こういう「お仕事系」がどうも楽しめない。
だって俺、もう働いているから。
――校則的にどうなのかって?
そりゃ、アウトだ。
思いっきり校則違反。
でもまあ、そのへんは大人の事情ってやつだ。
できれば、お化け屋敷とか迷路とか、
もっと「文化祭っぽい」ことがやりたい。
けど現実は、部活や委員会が優先で人手不足。
マンパワーを使う企画は、最初から却下ムードだった。
……つまらん。
俺は、机に突っ伏して寝ることにした。
このあと、黒板に何が追加されようが、知ったこっちゃない。
――まさか、自分に関係する地雷が、
その間に仕込まれているとも知らずに。
チャイムが鳴り、今日はここまでになった。
最終決定は、他クラスや他学年との被りを調整した上で、
明日の投票になるらしい。
――ふと、思う。
山本董子は、何をやりたいんだろう。
風紀委員として、無難な案に入れるのか。
それとも――。
直接聞いてみるか。
……とはいえ、みんなの前で聞くのはさすがに迷惑か。
俺は不良。
彼女は風紀委員。
そんなことを考えながら視線を向けると、
董子は小山田さんと話していた。
……これは、ちょうどいい。
小山田さんは、俺の保育園からの幼馴染だ。
気兼ねなく話せる相手でもある。
会話が途切れた、その瞬間。
今だ。
「小山田さん。文化祭実行委員的に、どれが一番いい出し物になる?」
「え? そうね……やっぱり焼きそば店かな。
用意するの、ホットプレートだけで済むし」
効率重視。
いかにも彼女らしい答えだった。
「そっか。やっぱりお仕事系か……」
「まあ、そうなるよね。
タポルンは、やっぱりお化け屋敷派でしょ?」
……来た。
俺は、視線を董子に向ける。
「じゃあ、風紀委員は何がやりたい?」
小山田さんには“ベスト”を聞いた。
だから、董子には“やりたいこと”を聞く。
そういう作戦だったのだ。
少しだけ間があって、
董子は小さく息を吸った。
「私は……」
一拍。
「メイド・執事喫茶を、やりたいです」
――意外すぎる答えだった。
「メイド? それはまた、どうして」
「……格好良いかな、って思って」
格好良い、か。
どちらかと言えば可愛いと思うけど、
山本董子が言うと、不思議と否定できない。
……メイド姿の山本董子。
そして「ご主人様」と呼ばれる俺。
悪くない。
いや、かなりいい。
「そっか……そういうのも、文化祭っぽいよな。メイド喫茶」
……なるほど。そういう案もあるのか。
他の奴の意見も聴きたくなった俺は教室を後にする。
背中に、声が飛んできた。
「ねえ小山田さん」
「なに?」
「タポルンって、何?」
俺は、聞かなかったことにした。
――次の休み時間。
俺は秋山を、屋上に呼び出していた。
誰もいない、風の抜ける場所だ。
「おう。来たな、秋山」
「なんだよ、屋上なんて」
「決闘でも申し込む気か?」
「はっ。ちげーよ」
一度だけ息を整え、
俺は、少しだけ真面目な顔を作った。
「……お前、文化祭のクラスの出し物、何やりたい?」
「……そうだな」
少し考えてから、肩をすくめる。
「まあ、インスタントラーメンでも売ればいいんじゃない?」
「お前、部活があるからって、またつまんないのを…」
俺は、ため息を吐いた。
「俺は思い出が欲しいんだよ」
「ちゃんと残るやつ」
「えー?だったらメイド喫茶か?」
こいつもメイド喫茶か……
そんなに、思い出に残るもんなんか?
「……まあ、そういうのも、文化祭っぽいかもな」
秋山は、少しだけ眉を上げた。
「正直、やり過ぎだと思ってたけどな」
「メイド喫茶」
それから、ふっと笑う。
「でも……確かに」
「心には残りそうだ」
「……どうせなら、印象に残る方がいいだろ」
「分かった」
秋山は、そう言って腕を組んだ。
「しかたない。メイド喫茶で」
「思い出、作ろうぜ。俺たちの、さ」
「…おう」
「俺、ちょっと運動部の連中に声かけてくるわ」
それだけ言って、背を向ける。
屋上に、一人残されて、
俺は小さく息を吐いた。
――放課後。
俺は、文芸部の高坂君を訪ねていた。
静かな部室。
本の匂いと、少し古い紙の気配。
「……何か用?」
眼鏡越しに、高坂君がこちらを見る。
「高坂君、文化祭の出し物で何に票を入れるか迷ってて……」
「何かオススメってない?」
「それなら、たこ焼き屋かな?」
やっぱり、お仕事系かぁ……
「……なるほど」
「うーん……だったらメイド・執事喫茶なんてどうかな?」
高坂君も"メイド喫茶"か……。
「そんなに面白い?メイド喫茶って」
「面白いかは別に文化祭くらいでしか経験できない事だと思うけど?」
そんなに大げさな経験でもないような……
「そっか」
俺の浮かない顔を見て察されたようだ。
「いや、別に俺はやっても良いと思うぞ。メイド喫茶くらい」
高坂君は驚いたようで眼鏡を押さえる。
「え?君はメイド喫茶やってくれるのかい?」
「まぁ、なんの部活もやってないし」
「決まったならクラスの方を全力でやるつもりさ」
高坂君は、少し考えてから首を振った。
「それなら、話は違ってくるね」
「君が最高の紅茶、淹れてくれるなら」
「きっと、みんなメイド・執事喫茶に入れてくれるだろう」
……本気、なのか?
確かに給仕するのは自信があるけど……
「分かった」
「俺も、メイド喫茶に一票入れる」
「……ありがとう」
「はは」
「一緒にメイド喫茶を盛り上げよう」
そう言うと、高坂君は握手を求めてきた。
「お、おう」
勢いで、握り返してしまった。
が、これで良かったのだろうか……
「じゃあ、文化部のみんなにも伝えてくるよ」
そう言うと高坂君は文芸部の部室を出ていった。
これで、良かったのだろうか……
教室に戻り、カバンを掴む。
あとは帰るだけ――そう思いながら廊下を歩いていると、見慣れた姿が目に入った。
風紀委員・山本董子。
背筋を伸ばし、いつもの“風紀委員の顔”をしている。
周囲に人がいないことを確かめてから、声をかけた。
「やあ、風紀委員さん。」
「どうやら、俺もメイド喫茶側になったらしい」
一応、用心して“風紀委員さん”呼び。
「ふふ。頑張ったみたいですね」
「私も、秋山君に説得されちゃいました」
――なにっ。
あいつ、俺がメイド喫茶をやるべきと言ったって吹聴してるのか?
まあ、いいけどさ。
そう言うと、董子は一歩近づいてきて、
俺の両手を、そっと包んだ。
「メイド・執事喫茶、一緒に頑張りましょうね」
その手は、礼というより確認に近かった。
手のひらから伝わる温度に、思わず息が詰まる。
「い、いや、違くて」
「俺もメイド喫茶、やりたかっただけだし」
咄嗟に、照れ隠しが口をついた。
「え?」
董子は少し驚いた顔をして、手を離す。
「そうなんですか?」
「お仕事系ですよ?」
「ああ……」
「思い返せば、メイド好きだったらしくて」
「へえ……そうだったんですか?」
……あれ?
ちょっと引かれてる?
確かに今の発言、だいぶ危なかった。
気まずさが広がる前に、俺は話を切り上げた。
「じゃ、また明日」
「きっと、勝てるさ」
「ええ。さようなら、タポルン君」
……。
「いや、僕たち、もう大人なんですから」
「名前で呼んでもらえませんか?」
思わず敬語になる。
「かわいいアダ名だと思いますけど?」
「かわいいからダメなんだって」
「俺のクールなイメージが壊れる」
「いいじゃないですか」
「あなたの本当の姿を見せたって」
――それは、かつて俺が彼女に言った言葉だった。
「いや、違う」
「それ、子供の頃のアダ名で……」
「今の俺は、不良で――」
言いかけたところで、
彼女の人差し指が、そっと俺の唇に触れた。
「今でも……」
少し照れたように、でもはっきりと。
「充分、かわいいですよ」
指先の温度が、
そのまま心臓を掴んだみたいに、鼓動が跳ねる。
「では、さようなら。……タポルン」
くすっと笑って、彼女は歩き出した。
その呼び方が、なぜか嫌じゃなかった。
――翌日、投票日。
黒板に、最終決定案が、
文化祭実行委員の小山田さんによって大きく書き出されていく。
「メイド・執事喫茶」
一瞬、教室がざわついた。
……よし。
俺は、思わず小さく拳を握る。
いろんな意見が、うまく噛み合ったらしい。
脳裏に浮かぶのは、
エプロン姿の山本董子。
……悪くない。
いや、かなりいい。
気づくと、口元が緩んでいた。
秋山の方を見る。
あいつは笑顔で腕を組み、親指を立てている。
――ナイスだ。
次に、高坂君を見る。
眼鏡のブリッジに指を当て、静かに黒板を見つめていた。
……黒板?
違和感に気づいた瞬間、
チョークの音が、もう一度響く。
文字が、書き足されていく。
「メイド・執事喫茶(性別逆転)」
……は?
一瞬、意味が理解できなかった。
性別。
逆転。
ゆっくりと、その言葉が頭の中で噛み合う。
――どういうことだ。
教室のざわめきが、さっきよりも大きくなる。
笑い声と、ざわざわした期待の混じった空気。
その中で、
俺の背中に、嫌な汗が伝った。
……いや。
これは。
その瞬間、
俺の中に浮かんだのは、ひとつの確信だった。
――絶対、ろくなことにならない。
文化祭なんて、そういうものだ。
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