第6話

「そこ、退いてくれる? 邪魔なんだけど」


彩音さんの声音は、真冬の北海道よりも冷たかった。

彼女の細い指が、腰のレイピアの柄にかかる。

本気だ。このままだと、ギルドのロビーが血の海になる。


「な、なんだお前! 俺たち『鉄の牙』に喧嘩を売る気か!」


大男たちが色めき立つ。

まずい、完全に一触即発だ。


俺は慌てて二人の間に割って入った。


「待って! 彩音さん、ステイ! 抜いちゃダメ!」


「……湊くんがそう言うなら」


彩音さんは不満そうに手を離したが、その瞳はまだ男たちの急所をロックオンしている。怖い。


俺は冷や汗を拭いながら、男たちに向き直った。

そして、うずくまる少女――エリスを指差す。


「その子、要らないなら俺たちが貰います」


「はぁ? 正気か?」


男たちのリーダー格が、鼻で笑った。


「その役立たずは『核弾頭』だぞ? ちょっとした怪我を治そうとしただけで、部屋ごと吹き飛ばす欠陥品だ。拾うなんて物好きだな」


「爆殺されても知らんぞー!」


男たちは下卑た笑い声を残し、エリスにツバを吐き捨てるようにして去っていった。

胸糞が悪い連中だ。

だが、見ていろ。お前らが捨てたその子が、どれだけのダイヤの原石か、すぐに思い知らせてやる。


   ◇


「あの……私と一緒にいない方がいいです」


人気のないギルドの訓練場。

エリスは縮こまったまま、消え入りそうな声で言った。


「私は呪われてるんです。魔法を使うと、みんな傷つけてしまう……」


「呪いじゃないよ。使い方がちょっと下手なだけだ」


「慰めなんていりません! 私は……!」


彼女が顔を上げる。

その碧眼には、絶望と恐怖が張り付いていた。

自分の力が信じられない。

魔法を使うのが怖い。

そんなトラウマが見て取れる。


俺は視界に流れるコメントに目を向けた。


【エリスちゃん、トラウマ根深いなぁ】

【そりゃ毎回爆発させてたら怖くもなるわ】

【でも才能は世界一なんだよな】

【湊、教えてやれ。彼女の魔力回路は極太すぎるんだ】

【蛇口全開で水飲もうとしてる状態だからな】


なるほど。

彼女は欠陥品じゃない。

ハイスペックすぎて、普通の制御じゃ追いつかないだけだ。


【詠唱のコツ、教えてやる】

【『右手の小指の爪の先からだけ魔力を出す』イメージでやらせてみろ】

【全身から出そうとするから暴発するんだ】

【ピンポイントで絞るイメージだ】


未来のリスナー様、マジで有能すぎる。

俺はそのアドバイスをそのまま口にする。


「エリス。俺を信じて、もう一度だけヒールを使ってみてほしい」


「無理です! また爆発したら……あなたを殺してしまいます!」


「大丈夫。コツがあるんだ」


俺は彼女の震える両手を優しく包み込んだ。

そして、コメント通りのアドバイスを伝える。


「全身で魔法を使おうとしなくていい。右手の、小指の爪の先。そこにある小さな穴から、一滴だけ魔力を垂らすイメージだ」


「小指の……爪の先?」


「そう。極限まで絞って、絞って……最後の一滴だけをこぼすんだ」


エリスは戸惑いながらも、俺の手の温もりに少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。

彼女は深呼吸をし、瞳を閉じる。


「……『癒やしよ』」


紡がれた言葉は、祈りのようだった。


その瞬間。

彼女の手のひらから、柔らかな光が溢れ出した。

それは暴発する破壊の光ではない。

陽だまりのように温かく、優しい、純粋な治癒の光。


「え……?」


エリスが目を見開く。

光は周囲を破壊することなく、訓練場の傷ついたダミー人形を包み込み――瞬く間に修復して消えた。


完璧なコントロール。

そして、尋常ではない回復量。


「で、できた……。爆発しなかった……!」


彼女の手が震え出し、大粒の涙が頬を伝う。


「私、魔法を使ってもいいんですか? もう誰も傷つけなくていいんですか?」


「ああ。君の才能は素晴らしいよ、エリス」


俺がそう言うと、彼女は堰を切ったように泣き崩れた。

そして、勢いよく俺に抱きついてきた。


「うわああああん! ありがとうございますぅぅぅ!」


「おっと」


「あなたは私の光です! 神の使徒様ですか!? 一生ついていきますぅぅ!」


エリスは俺の腰にしがみつき、服に顔を埋めて号泣する。

華奢な体から伝わる体温と、柔らかい感触。

そして何より、この信仰心の重さ。

……なんか、デジャヴを感じる。


【はい堕ちたー】

【神認定いただきました】

【ちょろい、あまりにもちょろい】

【これは強力なライバル出現ですわ】

【後ろ! 湊、後ろ!】


コメント欄の警告で、俺はハッとした。

背後から、凄まじいプレッシャーを感じる。


「……ねえ」


恐る恐る振り返ると、そこには虚ろな目をした天宮彩音が立っていた。


「私の目の前で、他の女と抱き合うなんて……いい度胸ね、湊くん」


「ち、違うんだ彩音さん! これは不可抗力で!」


「離れなさい、泥棒猫」


彩音さんは無言で俺の腕を掴み、エリスを引き剥がそうと引っ張る。

だが、エリスも負けじと俺にしがみつく。


「いやです! 神使様は私の救い主なんです!」


「神使? バカじゃないの。湊くんは『私の』頭脳なのよ」


「私の神使様ですーっ!」


俺を中央にして、左右から引っ張り合う美少女二人。

体が千切れそうだ。

物理的にも、精神的にも。


【修羅場キタコレw】

【湊、爆発しろ(物理)】

【ヤンデレvs狂信者】

【ファイッ!】


こうして俺のパーティに、また一人、厄介極まりない才能(トラブルメーカー)が加わったのだった。

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