第3話

「それじゃあ、配信開始ボタン押すよ」


「うん。いつでもいいわよ、湊くん」


翌日の放課後。

俺たちは再び、例のFランクダンジョン(廃ビル)に来ていた。


目的はもちろん、初配信だ。

チャンネル名は『指示厨と剣士様』。

なんのひねりもない名前だが、彩音さんが「私たちの関係性が一目でわかって素敵」と絶賛したのでこれになった。


「ポチッとな」


スマホの配信アプリを起動する。

ドローンカメラがふわりと浮き上がり、俺たちを映し出した。


現在の視聴者数:0人。

まあ、当然だ。宣伝もしてない底辺チャンネルなんてこんなもの。


……と、思いきや。


《ん? なんだこの美少女》

《サムネ詐欺かと思ったらマジもんの美女で草》

《銀髪? ハーフ?》

《男の方はいらなくね?》


彩音さんの圧倒的なビジュアルパワーのおかげか、開始数分で視聴者がパラパラと集まってきた。

同接数は一気に30人ほどに。さすが学園のアイドル。


だが、俺の視界に見えているのは、このスマホ画面のコメント欄だけじゃない。

空中に流れる、もう一つの『未来視コメント』だ。


【ここが伝説の始まりか】

【初期の彩音ちゃん、まだ初々しくて尊い】

【この頃の湊、まだ自分のスキルのヤバさに気づいてないなw】

【神回確定】


どうやら未来のリスナーたちは、これが「神回」になることを知っているらしい。

プレッシャーが半端ない。


「よし、行こうか彩音さん」


「ええ。指示、待ってるわ」


彩音さんがレイピアを抜き、ダンジョンへと足を踏み入れる。


廃ビルの廊下を進むと、早速分かれ道が現れた。

右か、左か。

Fランクダンジョンとはいえ、間違った道には罠があることも多い。


普通の配信者なら、ここで視聴者にアンケートを取ったり、慎重に索敵したりする場面だ。


しかし、俺には「答え」が見えている。


【右はハズレ。コウモリの群れがいるだけ】

【左の壁、よく見るとヒビが入ってる。そこ隠し通路な】

【隠し通路の先にレアアイテムの宝箱あるぞ】


未来のリスナーたちが、ネタバレ全開で教えてくれている。

これをカンニングするのは少し罪悪感があるが……背に腹は代えられない。


「彩音さん、左だ。……いや、左の壁を調べてみてくれ。隠し通路があるはずだ」


「壁?」


彩音さんは疑う素振りも見せず、言われた壁をコンコンと叩く。

すると、ズズ……と音がして、壁の一部が回転扉のように開いた。


《は!?》

《え、まじで道あったぞ》

《なんでわかったんだ?》

《マッピング済みか?》


スマホ画面のコメント欄(現在)がざわつく。

そりゃそうだ。俺だって何も見えてなかったらビビる。


「すごい……! さすが湊くん!」


彩音さんがパァァっと顔を輝かせて俺を見る。

尻尾があったら千切れるほど振っていそうだ。


「ま、まあね。次行こう」


隠し通路を進むと、古びた宝箱がポツンと置かれていた。


「あ、宝箱! 開けてみるわ!」


彩音さんが駆け寄ろうとする。

だが、視界の文字が赤く点滅した。


【ストップ!!!】

【それミミック! Fランクのくせに即死毒持ってる害悪個体!】

【初見殺しの罠だ、開けたら終わるぞ】

【スルー推奨】


「待って彩音さん! 触るな!」


俺はとっさに叫んだ。

彩音さんがピタリと止まる。


「そいつは宝箱じゃない。ミミックだ。しかも毒持ちの」


「えっ? でも、鑑定スキルを使っても反応がないわよ?」


「いいから離れて。……石を投げてみればわかる」


俺の指示通り、彩音さんが瓦礫の破片を宝箱に投げつける。

カラン、と音がした瞬間。


バカッ!!


宝箱が巨大な口を開け、鋭い牙をむき出しにして威嚇してきた。

紫色の毒霧を撒き散らしながら。


「キャッ!?」


「うわ、本当にミミックだ……」


《ファッ!?》

《鑑定でも見抜けない擬態を見破った!?》

《コイツ何者だよ》

《指示役の男、ヤバくね?》

《やらせだろ。台本あるんじゃね?》


現在の視聴者数が50人を超えた。

「やらせ疑惑」が出始めているが、彩音さんの反応がガチすぎるので、視聴者も困惑しているようだ。


その後も、俺(の視界のコメント)の快進撃は止まらない。


「天井のシミ、あれスライムの擬態だから気をつけて」

「次の角、落とし穴があるからジャンプして」

「その敵は背中の甲羅が硬いから、ひっくり返して腹を狙おう」


全部、未来のリスナーが教えてくれたことだ。

俺はそれを読み上げているだけ。


でも、彩音さんは違った。


「湊くん、すごい……全部当たってる。私の目が届かないところまで、全部見えてるのね」


オークを倒してレベルが上がった彼女の剣技は、さらに冴え渡っていた。

俺の指示に従い、流れるような動きで敵を殲滅していく。

迷いがない。

思考を俺に預けているからこそ、反応速度が極限まで高まっているのだ。


「ふふ、気持ちいい……。湊くんの声に合わせて動くだけで、世界が私の思い通りになるみたい」


……なんか、彩音さんの表情がちょっとトロけてないか?

敵を斬るたびに、俺の方を見て頬を染めるのはやめてほしい。

視聴者が勘違いするから。


《この剣士ちゃん、男の方見すぎじゃね?》

《完全に惚れてる目ですわ》

《指示厨とポンコツ剣士、意外といいコンビかも》

《登録したわ》


順調に進み、ついに最奥のボス部屋の前までたどり着いた。


Fランクダンジョンのボスなんて、今の彩音さんなら余裕だろう。

そう思って、俺は扉に手をかけようとした。


だが。


【警告:ここで全滅の危機】

【ボスが変異してる】

【初見殺しの『石化の魔眼』を使ってくるぞ】

【目を見たら即終了。鏡を使え】


大量の赤い警告コメントが、俺の視界を埋め尽くした。


「……ッ、彩音さん、ストップだ」


俺は冷や汗を拭いながら、彩音さんを制止した。

この扉の向こうにいるのは、ただのボスじゃないらしい。

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