異世界転移した祖母が、俺のスマホに住み着いた件
@pappajime
『異世界転移した祖母が、俺のスマホに住み着いた件』
第1章 導入 「祖母アプリ、爆誕」
シーン1-1 奇妙なアプリ「BAA-CHAN」出現
目覚ましアラームを三回スヌーズして、四回目でようやく手を伸ばした。
枕元のスマホをつかんで画面を見た瞬間、俺は一気に目が覚めた。
見慣れたホーム画面の、いちばん下の段。
そこに、昨日まではなかったはずのアイコンがひとつ増えている。
丸いアイコンの真ん中に、湯飲み茶碗。
その下に表示されたアプリ名は――
『BAA-CHAN』
「……は?」
寝起きの頭で、しばらくその文字列を眺める。
ゲームでもない。SNSでもない。
どう見ても、ばあちゃん。
悪ふざけにしてはセンスが古すぎる。
クラスメイトの誰かが俺のスマホをいじった? いや、ロックはかけてある。
そもそも、こんなアプリをわざわざ入れてくるような物好きが、俺の交友関係にいた覚えはない。
胸の奥が、じわりとざわついた。
ばあちゃん。
俺を小学生の頃まで育ててくれた人。
笑うときに、いつも目尻にしわを寄せて、「あんたはほんまに手ぇかかる子や」と言っていた人。
そのばあちゃんは、一年前に死んだ。
だからこそ、このアイコンは、冗談にしては悪質すぎる。
「……ウイルスとか、そういうやつか?」
自分に言い聞かせるように呟いて、俺はスマホを顔から少し離した。
タップするか、消すか。
迷っているうちに、登校時間がじわじわ迫ってくる。
放っておけばいい。
そう思うのに、指先はアイコンの上をうろうろして離れない。
――もし、本当にばあちゃんだったら。
ありえない想像が頭をよぎり、すぐに打ち消す。
死んだ人間がアプリになるわけがない。
そんなの、漫画かラノベの中だけだ。
でも、俺のスマホの中には、現実に『BAA-CHAN』がいる。
「……一回だけ」
自分に言い訳をして、俺はそっとアイコンをタップした。
画面が一瞬真っ暗になり、すぐに見たことのない起動画面が現れる。
紫がかった空。浮かぶ二つの月。
その手前に、ぐるぐると光る魔法陣みたいな模様。
中央に、白い文字が浮かび上がった。
『魔法通信アプリ BAA-CHAN 起動中……』
「魔法通信て」
思わずツッコミを入れた瞬間、魔法陣がぱっと弾けた。
光が収束し、画面の中央に、ひとりの人物が映し出される。
灰色の髪を後ろでひとつにまとめ、割烹着のような服の上から、なぜかローブを羽織っている。
手には湯飲み。
見慣れた、少し猫背のシルエット。
「……ばあ、ちゃん?」
声が勝手に漏れた。
画面の向こうの人物が、こちらを見て目を丸くする。
次の瞬間、あの懐かしい笑い声が、スピーカーから溢れた。
「おお、起動した起動した! 悠斗やんか。相変わらず寝癖ひどいなあ。魔獣でも勝てんで、その頭」
心臓が、どくんと跳ねた。
声も、話し方も、笑い方も。
全部、俺の知っているばあちゃんそのものだった。
「……なんで。だって、ばあちゃん、死んだじゃん」
言ってから、自分でもひどい言い方だと思った。
でも、他に言葉が出てこない。
画面の中のばあちゃんは、ふん、と鼻を鳴らした。
「誰が死んだ言うてんねん。勝手に殺さんといてくれる? ばあちゃんはな、死んだんやなくて――」
そこで一拍置いて、胸を張る。
「――異世界に転移したんや」
「は?」
今度はさっきよりも間抜けな声が出た。
「異世界。あんたの好きな、あれや。剣と魔法となんやかんやの世界や。ばあちゃん、トラックにも轢かれてへんし、召喚もされてへんけど、気ぃついたらこっちおったんや」
「いや、説明雑すぎない?」
「細かいことはええねん。大事なんは、こうして繋がれたってことや」
ばあちゃんは、湯飲みを片手に、画面のこちらをじっと見つめる。
その目は、病室で最後に見たときと同じ、優しいけれど、どこか強情な光を宿していた。
「……夢、じゃないの?」
「夢やったら、あんたのそのパジャマの柄、もうちょいマシにするわ。なんやその、干からびた魚みたいなん」
「これ、サメだから。流行ってるんだよ」
「サメも干からびたら一緒や」
くだらないやりとりをしているうちに、胸の奥のざわつきが、少しずつ形を変えていく。
驚きと混乱の中に、じんわりと温かいものが混ざり始める。
本当に、ばあちゃんだ。
そう認めてしまった瞬間、目の奥が熱くなった。
「……ばあちゃん」
「なんや、泣きそうな顔して。あんた、昔からそうや。すぐ泣くくせに、泣くのはカッコ悪い思て我慢する」
ばあちゃんは、ふっと目尻を下げた。
「泣きたかったら泣き。画面は濡らさんといてな。魔法でも修理きかんから」
「泣かないし」
反射的に言い返すと、ばあちゃんは「ふふん」と笑った。
「ほな、泣かん代わりに、ちゃんと話聞き。ばあちゃん、こっちの世界でな、ちょっとばかし偉なってもうてん」
「偉くなった?」
「そう。魔法使いや。ここの人ら、ばあちゃんのこと“賢者様”とか言うてな。調子乗って、ついアプリまで作ってもうたわけや」
「賢者が作るアプリが『BAA-CHAN』なの?」
「わかりやすいやろ。あんた、英語苦手やし」
図星を刺されて、言葉に詰まる。
ばあちゃんは、得意げに胸を張った。
「とにかくや。ばあちゃんは異世界で元気にしとる。せやけど、あんたのことが心配でな。こっちからちょいちょい覗いて、口出しすることにしたんや」
「……覗くって、どういう」
「魔法で」
「便利すぎるだろ、その一言」
ツッコミながらも、俺はスマホを握る手に力を込めていた。
信じられない。
でも、信じたい。
画面の向こうで、ばあちゃんがにやりと笑う。
「ほな、第一回・悠斗生活改善会議、始めましょか」
シーン1-2 祖母アバター、異世界から通信開始
画面の向こうで、ばあちゃんは湯飲みを置き、ローブの袖をまくった。
「ほな、説明したるわ。あんた、どうせ頭こんがらがっとるやろ」
その言い方があまりに昔のままで、胸の奥がじんとした。
俺が小学生の頃、宿題がわからなくて泣きそうになっていたときも、こんなふうに袖をまくっていた。
「まずな、ばあちゃんは死んでへん。これはさっき言うたな」
「……うん」
「で、気ぃついたら異世界におった。空は紫、月は二つ、魔獣はうろうろ。最初は“夢か?”思たけど、夢にしては痛いし寒いし腹減るしで、どうも現実っぽい」
ばあちゃんの背後には、紫色の空が広がり、二つの月が薄く光っている。
風が吹くたびに、どこか金属が擦れるような音が混じる。
画面越しなのに、妙に生々しい。
「そんでな、ばあちゃん、魔力があるらしいんや」
「魔力?」
「そう。なんか知らんけど、手ぇかざしたら火が出たり、物が浮いたりするんや。最初はびっくりしたで。火事なるか思た」
ばあちゃんは、指先をひらりと動かす。
すると、画面の端に小さな火の玉がふわっと浮かび上がった。
その光は、スマホのガラスに反射して揺れている。
「うわっ……!」
「驚くとこやないで。これくらい、こっちの子どもでもできるわ」
「子ども怖すぎるだろ」
火の玉はすぐに消え、ばあちゃんは湯飲みを持ち直した。
その動作が妙に板についていて、異世界の光景と妙に馴染んでいる。
「でな、魔法の勉強しとったら、ここの人らが“賢者様”とか言い出してな。気ぃついたら、村の相談役みたいなんになっとった」
「賢者様……」
「まあ、肩書きはどうでもええねん。問題は――」
ばあちゃんは、画面にぐっと顔を近づけた。
その距離感が、昔と変わらなくて笑いそうになる。
「――あんたのことが気になってしゃあなかったってことや」
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
「高校、ちゃんと行っとるか。友達おるか。飯食っとるか。部屋は散らかしとらんか。そういうの、ずっと気になっとったんや」
「……ばあちゃん」
「せやから、魔法で通信できんか試してみたんや。そしたら、なんや知らんけど、スマホに繋がった。便利なもんやなあ、魔法って」
説明は雑だが、言葉の端々に本気が滲んでいる。
俺の生活を心配して、異世界から通信アプリを作る。
そんな発想、普通はしない。
「でも、なんでアプリ名が“BAA-CHAN”なの」
「わかりやすいやろ。あんた、英語苦手やし」
「そこは“Grandma”とかでも……」
「読めへんやろ」
「読めるよ!」
「ほな、スペル言うてみ」
「……G、R、A……」
「ほら見ぃ」
完全に手のひらで転がされている。
でも、悔しいけど、こういうやりとりが懐かしくてたまらない。
「それにしても、なんで俺のスマホに勝手にインストールできたの?」
「魔法で」
「便利すぎるだろ、その一言」
「魔法は便利なんや。せやけどな――」
ばあちゃんは、急に真顔になった。
「この通信、ひとつだけ弱点あるんや。水気に弱い。画面濡れたら、魔法でも修理きかん」
「そんなアプリある?」
「あるんや。魔法は繊細なんやで。あんた、泣き虫やから気ぃつけや。画面曇ったら、ばあちゃんの顔見えへんようなる」
「泣かないし」
「ほなええわ」
軽口のはずなのに、胸の奥に小さな棘のように残った。
まるで、未来の何かを暗示しているようで。
「ほな、今日の予定言うてみ」
「今日?」
「そう。あんた、どうせまた遅刻ギリギリやろ。顔洗って、髪直して、制服のボタン閉めて、ついでに部屋のゴミ捨てていき」
「なんで部屋のゴミのことまで知ってるの」
「魔法で覗いた」
「覗くなよ!」
「心配やからや。あんた、ほんまに片付けできへん子やったし」
言い返そうとして、やめた。
事実だからだ。
「……わかったよ。行ってくる」
「うん。気ぃつけてな。帰ってきたら、また話そ」
画面の向こうで、ばあちゃんが手を振る。
その姿は、病室で見た最後の笑顔と重なって、胸が熱くなる。
「ばあちゃん」
「なんや」
「……また後で」
「うん。また後でや」
アプリを閉じると、部屋の静けさが戻ってきた。
でも、さっきまでの孤独とは違う。
スマホの中に、ばあちゃんがいる。
そう思うだけで、足取りが少し軽くなった。
シーン1-3 祖母の助言が当たりまくる日常の変化
学校へ向かう道を歩きながら、俺は何度もスマホを確認した。
画面の端に小さく浮かぶ「BAA-CHAN」のアイコンが、やけに存在感を放っている。
さっきまでの出来事が夢じゃないか確かめたくて、何度もタップしそうになる。
でも、登校中にばあちゃんと通話するのは、さすがに恥ずかしい。
校門をくぐると、クラスメイトの佐伯が声をかけてきた。
「お、悠斗。今日もギリギリだな」
「……まあね」
いつも通りの会話。
でも、俺の内側はいつも通りじゃない。
胸の奥に、妙な熱が残っている。
教室に入り、席に着く。
スマホを机に置いた瞬間、画面がふっと光った。
通知ではない。
アプリが勝手に起動した。
『おはようさん。ちゃんと学校着いたな』
ばあちゃんの声が、イヤホンもつけていないのに聞こえてきた。
慌ててスマホを伏せる。
「ちょ、ちょっと! 勝手に起動しないでよ!」
『魔法やからな。便利やろ』
「便利の方向性が違うんだよ!」
周りに聞こえていないか確認しながら、小声でツッコむ。
幸い、誰も気にしていない。
『ほな、今日の授業の話やけどな』
「授業?」
『数学の小テストあるで。先生、昨日奥さんとケンカして機嫌悪いから、難しめの問題出すわ』
「なんでそんなこと知ってるの」
『魔法で覗いた』
「覗くなってば!」
しかし、ばあちゃんの言葉は妙に説得力があった。
俺は半信半疑で、ばあちゃんが言った範囲をノートに書き写す。
そして一時間目。
本当に小テストが始まった。
しかも、問題の半分がばあちゃんが言っていた内容そのままだった。
「……マジかよ」
思わず呟くと、隣の佐伯が怪訝そうにこちらを見る。
俺は慌てて咳払いした。
テストが終わり、休み時間。
スマホを開くと、ばあちゃんが得意げに腕を組んでいた。
『ほれ見ぃ。ばあちゃんの言うた通りやろ』
「……すごいけど、なんか複雑」
『複雑なことあるかいな。あんたが困らんようにしてるだけや』
その言葉に、胸が少し温かくなる。
でも、同時に不安も湧いてくる。
「……これ、ずっと続けるつもり?」
『続けるで。あんた、放っといたらすぐ困る子やし』
「子ども扱いしないでよ」
『子どもやろ。ばあちゃんから見たら、永遠に子どもや』
言い返せない。
悔しいけど、ばあちゃんの言葉はいつも核心を突いてくる。
その後も、ばあちゃんの助言は続いた。
『その友達、今日ちょっと落ち込んどるで。声かけたれ』
『その女子、あんたのこと気にしとるで。目が“好き”の目や』
『廊下の角、曲がるとき気ぃつけや。先生とぶつかるで』
全部、当たった。
佐伯は家庭のことで悩んでいたし、
クラスの女子は俺に話しかけようとしていたし、
本当に角を曲がった瞬間、先生が飛び出してきた。
「……なんなんだよ、これ」
驚きと戸惑いと、少しの嬉しさが入り混じる。
ばあちゃんが見守ってくれている。
その事実が、心の奥にじんわりと染みていく。
放課後。
帰り道でスマホを開くと、ばあちゃんが湯飲みを片手に笑っていた。
『今日もよう頑張ったな。えらいえらい』
「……子ども扱いしないでってば」
『はいはい。ほな、明日はもっとええ日になるように、ばあちゃんが手ぇ貸したる』
「……ばあちゃん」
『なんや』
「ありがとう」
ばあちゃんは、少しだけ目を細めた。
『礼なんかいらん。あんたが元気でおったら、それでええんや』
その言葉が、胸の奥に静かに落ちていった。
第2章 日常と成長「ばあちゃん、生活改善しすぎ問題」
シーン2-1 美咲との距離が縮まる“恋愛指南”開始
翌日の朝、登校前にスマホを開くと、画面の向こうでばあちゃんが腕を組んで待ち構えていた。
「おはようさん。今日はええ日になるで」
「なんでそんな自信満々なの」
「恋の予感がするからや」
「……は?」
寝起きの頭が一気に覚めた。
「昨日、あんたのクラスの美咲ちゃんって子、ちょっと気にしとったやろ」
「気にしてないし」
「ほな、なんで昨日あの子が話しかけてきたとき、耳まで真っ赤になっとったん」
「見てたの?」
「魔法で」
「魔法便利すぎるんだよ!」
ばあちゃんは、くつくつと笑いながら湯飲みを揺らした。
「ええか、今日はチャンスや。あの子、昨日あんたに言いそびれたことがあるんや」
「……何を?」
「それは自分で聞き。恋はな、自分の足で歩かなあかん」
「昨日まで“魔法でなんとかなる”って言ってた人が言う?」
「恋だけは別や。魔法で無理や」
妙に説得力のある言い方だった。
学校に着くと、美咲が教室の前で友達と話していた。
俺に気づくと、ふわっと笑って手を振ってくる。
その瞬間、胸が跳ねた。
「ほれ見ぃ。あの子、あんたに気ぃあるで」
「声が大きい!」
「心の声や。聞こえへん」
「いや、俺には聞こえてるんだけど!」
ばあちゃんの声を無視して、できるだけ自然に歩いていく。
美咲は、昨日より少しだけ近い距離で話しかけてきた。
「おはよう、悠斗くん。昨日の小テスト、どうだった?」
「あ、えっと……まあまあ」
「そっか。私、全然できなくてさ」
美咲は苦笑しながら髪を耳にかける。
その仕草が妙に可愛くて、視線の置き場に困る。
『ほれ、褒めたれ。女の子はな、褒められたら嬉しいんや』
「うるさいな……」
「え?」
「いや、なんでもない!」
慌てて取り繕うと、美咲がくすっと笑った。
「悠斗くんって、時々おもしろいよね」
「お、おもしろい?」
「うん。なんか、素直っていうか……かわいいっていうか」
「かわ……っ!?」
心臓が跳ねすぎて、逆に呼吸が止まりそうになる。
その瞬間、スマホが震えた。
『ほれ見ぃ。あの子、あんたのこと好きやで』
「黙ってて!!」
「え?」
「いや、ほんとなんでもないから!」
美咲は首をかしげながらも、笑顔のままだった。
その笑顔が、昨日よりもずっと柔らかい。
「ねえ、今日の放課後、ちょっと話したいことがあるんだけど……時間ある?」
「え、あ、うん。ある」
「よかった。じゃあ、また後でね」
美咲が教室に戻っていく。
その背中を見送りながら、俺はスマホをそっと開いた。
『ほれ見ぃ。ばあちゃんの言うた通りやろ』
「……すごいけど、なんか複雑」
『複雑なことあるかいな。恋は勢いや。あんた、今日が勝負やで』
「勝負って……」
『ええから、昼休みに作戦会議や』
ばあちゃんは、異世界の賢者のくせに、恋愛に関しては完全に近所のお節介おばあちゃんだった。
でも、そのお節介が、今は少しだけ心強い。
胸の奥が、昨日よりも軽くなっていた。
シーン2-2 祖母の異世界生活が明らかに
昼休み、弁当を広げようとした瞬間、スマホが震えた。
画面を開くと、ばあちゃんがローブ姿のまま、どこか薄暗い部屋で湯飲みをすすっていた。
「お、悠斗。ちょうどええとこや。今、昼休みやろ」
「……なんでわかるの」
「魔法で」
「便利すぎるんだよ、その魔法」
ばあちゃんの背後には、石造りの壁が見える。
壁に埋め込まれた青白い石が、脈打つように光っている。
その光がローブの裾を淡く照らし、部屋の空気に冷たい影を落としていた。
「ここがばあちゃんの仕事場や。村の人らが“賢者様、助けてください”言うて、毎日相談に来よる」
「……本当に賢者なんだ」
「せや。最初は“変な服着たおばあちゃん”扱いやったけどな。魔法で火ぃ出したら、急に態度変わったわ」
ばあちゃんは、指先を軽く弾いた。
すると、画面の端に小さな火の玉がふわりと浮かび上がる。
火の玉は、青白い石の光と混ざり合い、スマホのガラスに揺らめく影を落とした。
「うわっ……!」
「驚くとこやないで。これくらい、こっちの子どもでもできるわ」
「子ども怖すぎるだろ」
火の玉が消えると、ばあちゃんは湯飲みを置き、机の上の分厚い本を持ち上げた。
ページには、虫の足のような文字がびっしり並んでいる。
その文字が、青白い光を反射して不気味に揺れた。
「これ、読めるの?」
「読めるようになった。三日で」
「三日!?」
「年寄りの集中力なめたらあかん。暇やからな、こっちは」
異世界で暇という発想がすでにおかしい。
でも、ばあちゃんらしい。
「それにしても、村の人たち、ばあちゃんのこと信頼してるんだね」
「そらそうや。ばあちゃん、こっち来てから三回村救っとるし」
「三回!?」
「一回目は魔獣退治。二回目は疫病の治療。三回目は村長の夫婦喧嘩の仲裁や」
「最後だけ規模小さくない?」
「夫婦喧嘩が一番ややこしいんや。魔獣より手強いで」
ばあちゃんは、遠い目をした。
その背後で、風が吹き抜けるような音がした。
部屋の外から、かすかに獣の咆哮のような声も聞こえる。
「ばあちゃん、異世界って……危なくないの?」
「危ないで。魔王軍いう連中が、ちょいちょい村を狙ってくるんや」
ばあちゃんは、湯飲みを持ち上げながら、さらりと言った。
「せやけど、あんたが心配するほどやない。ばあちゃん、強いしな」
「強いって……」
「賢者様やぞ。伊達にローブ着とらん」
そう言って笑うばあちゃんの声は明るいが、
画面の向こうの空気はどこか張り詰めている。
「……あ、そうそう。通信のことやけどな」
「通信?」
「前にも言うたけど、水気だけはあかん。画面濡れたら、魔法でも直らん。ほんま繊細なんや」
「そんなアプリある?」
「あるんや。魔法はガラスに弱いんや。あんた、泣き虫やから気ぃつけや。画面曇ったら、ばあちゃんの顔見えへんようなるで」
「泣かないし」
「ほなええわ」
軽口のはずなのに、胸の奥に小さな不安が残った。
「ほな、午後の授業、寝たらあかんで。魔法でも起こせんからな」
「寝ないよ……」
「ほんまか? あんた、社会の授業でよう寝とったやろ」
「なんでそれまで知ってるの」
「魔法で」
「便利すぎるんだよ!」
ばあちゃんの笑い声が、昼休みの教室にふわりと響いた。
しかしその背後で、また獣の咆哮が遠く響いた気がして、胸の奥がざわついた。
シーン2-3 悠斗、自分で動き始める
放課後のチャイムが鳴ると同時に、教室のざわめきが一気に広がった。
俺は机の中に教科書を押し込みながら、スマホをちらりと確認する。
画面の端に小さく光る「BAA-CHAN」のアイコンが、まるで「ほれ、動きや」と言っているように見えた。
昼休みにばあちゃんから散々言われた言葉が、まだ耳に残っている。
――恋はな、自分で動かなあかん。魔法は補助や。主役はあんたやで。
その言葉が、胸の奥でじんわりと熱を帯びていた。
でも、今日の俺は、ただ恋の話をしたいわけじゃない。
ばあちゃんの通信が、昨日から少し不安定だ。
画面の向こうの空気が、どこかざわついている。
その気配が、胸の奥に小さな焦りを生んでいた。
(……ばあちゃんを安心させたい)
その思いが、自然と胸の奥に浮かんだ。
ばあちゃんは異世界で戦っている。
俺のことを心配しながら、危険な場所で踏ん張っている。
だから――
せめて俺は、俺の世界でちゃんと立ちたい。
「……よし」
小さく呟いて、教室を出る。
廊下の窓から差し込む夕方の光が、妙に明るく見えた。
階段を降りる途中、スマホが震えた。
画面を開くと、ばあちゃんが湯飲みを片手にニヤニヤしている。
『お、やる気の顔やな。ええやんええやん。青春や』
「……見てたの?」
『魔法で』
「便利すぎるんだよ!」
ツッコミながらも、心のどこかで安心している自分がいた。
ばあちゃんが見てくれている。
それだけで、背中を押されるような気がする。
『ほな、作戦やけどな――』
「いや、今日は自分でやる」
ばあちゃんの笑顔が、ぴたりと止まった。
『……ほう?』
「ばあちゃんに言われたからじゃなくて……俺が、ちゃんと向き合いたいんだ。
美咲のことも、自分のことも。
それに……ばあちゃんに、安心してほしいから」
言葉にして初めて、自分の気持ちがはっきりした。
ばあちゃんに頼りきりのままじゃ、何も変わらない。
ばあちゃんが異世界で頑張ってるなら、俺も俺の世界で頑張りたい。
ばあちゃんは、一瞬だけ目を丸くした。
次の瞬間、ふっと優しい笑みを浮かべる。
『あんた……ほんまに成長したなあ』
「……別に」
『照れんでええ。ばあちゃん、嬉しいわ』
その声が、胸の奥にじんわり染みた。
『ほな、応援だけしとくわ。がんばり』
「うん」
通話を切ると、スマホの画面が静かになった。
その静けさが、逆に心地いい。
校舎裏へ向かう途中、ふと気づく。
俺、こんなふうに自分から動こうとしたこと、今まであっただろうか。
いつも受け身で、誰かに流されて、気づけば一日が終わっていた。
でも今日は違う。
自分で選んで、自分で歩いている。
そんな実感が、足取りを軽くしていた。
校舎裏に着くと、美咲がベンチに座っていた。
夕陽に照らされた横顔が、少しだけ寂しげに見える。
俺は深呼吸をひとつして、歩み寄った。
「美咲」
声が震えなかったのは、たぶん奇跡だ。
美咲が顔を上げ、ふわっと笑う。
「来てくれてよかった。……話したいこと、あるんだ」
その瞬間、ポケットの中のスマホが微かに震えた気がした。
でも、取り出さなかった。
……そうだ。三回も結婚した女の言葉だ。
重みが違う。
ばあちゃんが言うなら、きっと間違いない。
今日は俺が、自分の言葉で向き合う番だ。
そう思いながら、美咲の隣に静かに腰を下ろした。
シーン2-4 美咲の悩みと、祖母のズレた名言
校舎裏のベンチに座った美咲は、しばらく黙ったまま指先をいじっていた。
風が吹くたびに、髪が揺れて表情が隠れる。
その沈黙が、ただの間ではなく、何かを飲み込むための時間だとすぐにわかった。
「……あのね、悠斗くん」
美咲が小さく息を吸う。
「最近、家のことでちょっとあって」
その言葉だけで、胸がざわついた。
昼休みにばあちゃんが言っていた“悩み”という言葉が頭をよぎる。
「お父さんの仕事がうまくいってなくて……家の中がずっとピリピリしてるの。私、どうしたらいいかわからなくて」
美咲は笑おうとしたけれど、うまく形にならなかった。
その表情が痛いほど胸に刺さる。
「私、家では明るくしてなきゃって思うんだけど……最近、ちょっと疲れちゃって」
言葉の端が震えていた。
俺は何か言おうと口を開いたが、適切な言葉が見つからない。
その瞬間、ポケットのスマホが震えた。
取り出すと、画面の向こうでばあちゃんが腕を組んでいる。
『背中さすったれ』
「いや、そんな簡単に……」
『背中はどこにでもある。さすったら落ち着くんや』
「名言っぽいけど意味浅いよ!」
思わず声が漏れ、美咲が首をかしげる。
「どうしたの?」
「いや、なんでも……」
ばあちゃんはさらに続ける。
『ええか、女の子はな、話聞いてほしいだけのときがあるんや。解決せんでええ。横におったらええ』
「……それは、わかる気がする」
『せやろ。ばあちゃん、三回結婚しとるからな』
「その情報いらない!」
美咲が「ふふっ」と小さく笑った。
どうやら俺の独り言は聞こえていたらしい。
「悠斗くんって、時々おもしろいよね」
「お、おもしろい……?」
「うん。なんか、力抜けるっていうか」
美咲は、少しだけ肩の力を落としたように見えた。
「……話してくれてありがとう」
俺はゆっくりと言葉を選ぶ。
「無理に明るくしなくていいと思う。疲れたら、疲れたって言っていいし……俺でよかったら、話聞くから」
美咲は驚いたように目を見開き、すぐに柔らかく微笑んだ。
「……ありがとう。そう言ってもらえるだけで、ちょっと楽になる」
その笑顔は、さっきよりもずっと自然だった。
ポケットの中で、ばあちゃんが満足げにうなずく。
『ほれ見ぃ。背中さすらんでもいけたやろ』
「うるさいな……」
『でもな、次はさすってもええで。恋はスキンシップや』
「黙ってて!!」
美咲がまた笑った。
その笑い声が、夕方の空気に溶けていく。
俺は思った。
ばあちゃんの助言はズレてるようで、なぜか核心を突いてくる。
そして、美咲の悩みに向き合えたのは、確かにばあちゃんのおかげだ。
でも――
最後に言葉を選んで伝えたのは、俺自身だった。
そのことが、ほんの少しだけ誇らしかった。
シーン2-5 通信の乱れと不穏な兆し
美咲と別れて校舎を出る頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
胸の奥に残る温かさと、少しの不安。
でも、今日の自分は確かに昨日より前に進めた気がして、足取りは軽かった。
家に帰り、制服を脱いで机に向かう。
スマホを置いた瞬間、画面がふっと光った。
『……ゆ……と……』
ばあちゃんの声が、ノイズ混じりに聞こえた。
「ばあちゃん? どうしたの?」
画面をタップすると、映像が乱れた。
紫の空が揺れ、魔法陣の光が途切れ途切れに明滅する。
画面の端には、赤い閃光が走り、黒い煙が渦を巻いている。
『……聞こえ……るか……?』
ばあちゃんの姿は映っているのに、背景が妙に騒がしい。
風が唸り、何かが爆ぜる音が響き、人々の叫び声のようなものが混じっている。
「なにこれ……異世界で何かあったの?」
ばあちゃんは、かすかに笑ったように見えた。
『ちょ……と……な。魔王軍……が……』
「魔王軍?」
その単語を聞いた瞬間、背筋が冷たくなる。
『……心配……すんな……。ばあちゃん……は……』
言葉が途切れ、映像が一瞬真っ暗になった。
次に映ったばあちゃんの顔は、いつもより少しだけ疲れていた。
ローブの袖が焦げ、髪に灰が落ちている。
『……大丈夫や。ちょっと……忙しなっただけや』
「忙しいって……その音、どう考えても忙しいレベルじゃないよ!」
ばあちゃんは、ノイズの向こうで肩をすくめた。
『魔王軍の連中が、また村にちょっかい出しに来よるんや。ほんま、しつこいわ。あんたのクラスの佐伯くんよりしつこい』
「佐伯は関係ないだろ!」
ツッコミを入れた瞬間、ばあちゃんの背後で爆ぜるような音が響いた。
画面が揺れ、赤い光が強くなる。
スマホ越しなのに、熱気が伝わってくるようだった。
『……ちょい待ち。来よった』
「来よったって何が!?」
ばあちゃんは、画面の外に向かって手をかざした。
次の瞬間、眩しい光が走り、何かが弾け飛ぶ音がした。
光の残滓が画面に焼きつくように揺れ、ノイズが走る。
『ふぅ……。あかん、ほんまに今日は忙しいわ。魔王軍、やる気満々や』
「ばあちゃん、逃げてよ! 戦わなくていいから!」
俺の声は震えていた。
ばあちゃんは、そんな俺を見て、ふっと笑う。
『あんた、ほんま優しい子やな。……でもな、ばあちゃんは賢者様や。村の人ら守らなあかん』
「でも……!」
『大丈夫や。ばあちゃんは強い。あんたのばあちゃんやぞ』
その言葉は力強いのに、声の奥に疲労が滲んでいた。
『……あ、そうそう。画面、濡らしたらあかんで。今、魔力が乱れとるから、ちょっとの水気でも通信切れる』
「そんなこと言われても……!」
胸がざわつく。
ばあちゃんの声が、いつもより遠く感じる。
『……ただな、ちょっとだけ心配なことがある』
「心配?」
ばあちゃんは、画面の向こうで真剣な目をした。
『魔王軍の動きが、どうも“誰かを探してる”みたいや。村の人らやない。もっと別の……特定の誰かを』
「誰を……?」
『それが、まだわからん。でもな――』
ばあちゃんは、少しだけ視線を落とした。
『……どうも、ばあちゃんの魔力に反応しとる気がするんや』
息が止まった。
『ばあちゃんの魔力、ちょっと特殊らしくてな。こっちの世界でも珍しいんやと。……それで、狙われとるんかもしれん』
「そんな……!」
『せやけど、心配せんでええ。あんたに危険は来ん。こっちの世界の話や』
そう言いながらも、ばあちゃんの声は少しだけ震えていた。
『……あかん、また来よった。今日はほんまに忙しいわ。悠斗、また後でな』
「ばあちゃん!」
呼びかけた瞬間、画面が激しく揺れ、光が弾けた。
次の瞬間、アプリは強制終了し、ホーム画面に戻った。
再起動しても、アプリは沈黙したまま。
胸の奥が、冷たい手で掴まれたように締めつけられる。
ばあちゃんが危険な状況にいる。
それだけは、はっきりとわかった。
俺はスマホを握りしめ、深く息を吸った。
どうすることもできない。
でも、何もしないでいるのはもっと苦しい。
ばあちゃん、無事でいてくれ。
その願いだけが、部屋の静けさの中に残った。
シーン2-6 異世界の危機が判明する
アプリが沈黙したままのスマホを机に置き、俺はしばらく動けなかった。
ばあちゃんの声が途切れた瞬間の、あの不自然なノイズ。
炎のような赤い光。
そして、最後に聞こえた「来よった」という言葉。
胸の奥がざわざわと波立ち、落ち着かない。
何度アプリをタップしても、画面は真っ暗なままだ。
「……頼むよ、つながってくれ」
祈るようにスマホを握りしめたとき、突然、画面がぱっと光った。
魔法陣が乱れた線を描きながら回転し、映像がぶつぶつと途切れながら現れる。
『……ゆ……と……聞こえ……るか……?』
「ばあちゃん!」
映ったばあちゃんは、ローブの袖が焦げ、髪も少し乱れていた。
背景には、赤い光が断続的に走り、黒煙が渦を巻いている。
遠くで獣の咆哮のような音が響き、風が砂を巻き上げている。
画面越しなのに、空気がざらついて見えた。
「何が起きてるの!? 魔王軍って……!」
ばあちゃんは、息を整えながら言った。
『……村が……襲われとる。魔王軍の連中が……本気出してきよった』
「本気って……!」
『今まではな、偵察みたいなんばっかりやったんや。でも今日は違う。数が多いし、魔力の質もちゃう。……どうも、向こうの幹部クラスが混じっとる』
幹部。
その言葉の重さが、画面越しでも伝わってくる。
ばあちゃんの背後で、赤い魔力光が地面を裂き、石畳が砕け散った。
その破片が宙に舞い、青白い魔法陣の光に照らされてきらめく。
『ばあちゃん、村の結界を張り直しとったんやけど……魔力、ちょっと使いすぎてもうてな。通信が乱れとるのはそのせいや』
「無理してるんじゃないの!? 本当に大丈夫なの?」
ばあちゃんは、少しだけ笑った。
『あんた、ほんま心配性やなあ……。でもな、魔法通信は繊細や。今みたいに魔力が乱れとると、水気ひとつで切れてまう。画面、絶対濡らしたらあかんで』
「そんなこと言われても……!」
胸がざわつく。
ばあちゃんの声が、いつもより遠く感じる。
『……それより、あんたの方や。美咲ちゃんとは、どうやった?』
「え……いや、その……」
急に話題を変えられて、言葉が詰まる。
ばあちゃんは、ノイズの向こうでにやりと笑った。
『ほれ見ぃ。顔赤なっとる。魔王軍よりわかりやすいわ』
「魔王軍と比べないで!」
ツッコミを入れた瞬間、画面が大きく揺れた。
ばあちゃんの姿が一瞬消え、次に映ったのは、炎のような赤い光。
『……っ、あかん。ちょっと……来よった……』
「来よったって何が!?」
ばあちゃんは、画面の外に向かって手をかざした。
青白い魔法陣が瞬時に展開し、赤い光とぶつかり合う。
衝撃で画面が揺れ、ノイズが走る。
『……悠斗、聞こえとるか?』
「聞こえる! ばあちゃん、逃げてよ!」
『逃げへん。ばあちゃんには、守らなあかんもんがある』
ばあちゃんは、ゆっくりと湯飲みを持ち上げた。
その手が、少し震えている。
『……ただな、ちょっとだけ心配なことがある』
「心配?」
ばあちゃんは、画面の向こうで真剣な目をした。
『魔王軍の動きが、どうも“誰かを探してる”みたいや。村の人らやない。もっと別の……特定の誰かを』
「誰を……?」
『それが、まだわからん。でもな――』
ばあちゃんは、少しだけ視線を落とした。
『……どうも、ばあちゃんの魔力に反応しとる気がするんや』
息が止まった。
『ばあちゃんの魔力、ちょっと特殊らしくてな。こっちの世界でも珍しいんやと。……それで、狙われとるんかもしれん』
「そんな……!」
『せやけど、心配せんでええ。あんたに危険は来ん。こっちの世界の話や』
そう言いながらも、ばあちゃんの声は少しだけ震えていた。
『……あかん、また来よった。今日はほんまに忙しいわ。悠斗、また後でな』
「ばあちゃん!」
呼びかけた瞬間、画面が激しく揺れ、光が弾けた。
次の瞬間、アプリは強制終了し、ホーム画面に戻った。
再起動しても、アプリは沈黙したまま。
胸の奥が、冷たい手で掴まれたように締めつけられる。
ばあちゃんが危険な状況にいる。
それだけは、はっきりとわかった。
俺はスマホを握りしめ、深く息を吸った。
どうすることもできない。
でも、何もしないでいるのはもっと苦しい。
ばあちゃん、無事でいてくれ。
その願いだけが、部屋の静けさの中に残った。
第3章 別れと決意「ばあちゃんの最後の魔法」
シーン3-1 祖母の最後の助言と恋の後押し
アプリが沈黙したままの状態が続き、胸の奥に重たい石が沈んだような感覚が広がっていた。
夕飯を食べても味がしない。
風呂に入っても落ち着かない。
布団に入っても眠れず、結局スマホを握ったまま天井を見つめていた。
そのとき――
突然、スマホが震えた。
心臓が跳ねる。
画面を開くと、魔法陣が乱れた光を放ちながら回転し、途切れ途切れの映像が映し出された。
『……ゆ……と……』
「ばあちゃん!」
映ったばあちゃんは、ローブの袖が焦げ、髪も乱れていた。
背景には、赤い光と黒煙が揺れ、遠くで魔力の爆ぜる音が響いている。
画面越しなのに、焦げた匂いが漂ってきそうだった。
『……あんた、まだ起きとったんか。寝なあかんで……』
「寝られるわけないよ! ばあちゃん、無事なの?」
ばあちゃんは、少しだけ笑った。
その笑顔は、いつもより弱々しい。
『無事や。ちょっと魔力使いすぎて、ふらついとるだけや』
「“だけ”って言える状況じゃないよ!」
ばあちゃんは、湯飲みを持ち上げようとして、手を止めた。
湯飲みの表面に、細かいひびが入っている。
魔力の乱れが、物にまで影響しているのがわかった。
『あんた、画面濡らしてへんやろな……? 今、魔法通信がめっちゃ不安定や。水気ひとつで切れてまう』
「濡らしてないよ……!」
言いながら、胸がざわつく。
ばあちゃんの声が、いつもより遠く感じる。
『……悠斗。大事な話があるんや』
その声のトーンが、いつもと違った。
胸がぎゅっと締めつけられる。
『あんた、今日、美咲ちゃんと話したやろ』
「……うん」
『あの子、ええ子や。優しいし、強い。……でもな、あんたが支えてやらな、あの子、しんどいままや』
ばあちゃんは、ゆっくりと言葉を続ける。
『恋いうのはな、相手の弱さを受け止める覚悟がいるんや。あんた、できるか?』
胸の奥が熱くなる。
美咲の震える声、無理に笑おうとした顔が思い浮かぶ。
「……できる。俺、ちゃんと向き合いたい」
ばあちゃんは、満足そうに目を細めた。
『ほな、ええ。あんたならできる思てた』
その瞬間、画面が大きく揺れた。
ばあちゃんの背後で、赤い魔力光が地面を裂き、石片が宙に舞う。
ノイズが走り、映像が一瞬白く飛んだ。
「ばあちゃん!? 逃げてよ!」
『逃げへん。ばあちゃんには、守らなあかんもんがある』
ばあちゃんは、ゆっくりと湯飲みを持ち上げた。
その手が、かすかに震えている。
『……でもな、最後にもうひとつだけ言わせて』
ばあちゃんは、まっすぐに俺を見た。
『悠斗。あんたは、あんたの世界で幸せになり。
ばあちゃんは、それだけでええんや』
胸が熱くなり、視界が滲む。
「ばあちゃん……!」
『泣くな。泣いたら画面曇るやろ……ほんまに通信切れるで』
「……っ、曇らないよ……!」
ばあちゃんは、ふっと優しく笑った。
『ほな、最後のアドバイスや』
その声は、どこか遠く、でも確かに届いていた。
『明日、美咲ちゃんにちゃんと言い。
“話、聞くよ”って。
それだけでええ。恋はな、最初の一歩が一番大事なんや』
その言葉が、胸の奥に深く刻まれた。
『……ほな、行くわ。魔王軍、また来よった』
「待って! ばあちゃん!」
ばあちゃんは、最後に小さく手を振った。
『悠斗。あんたは大丈夫や。
ばあちゃんが育てた子やからな』
光が弾け、画面が真っ白になった。
呼びかけても、もう返事はなかった。
静まり返った部屋の中で、俺はスマホを胸に抱きしめた。
涙が頬を伝い、画面に落ちそうになる。
でも、必死にこらえた。
――画面が曇ったら、ばあちゃんの顔が見えなくなる。
その言葉が、胸の奥でずっと響いていた。
シーン3-2 通信途絶「アプリ消失」
ばあちゃんの姿が光に飲まれ、画面が真っ暗になった。
その瞬間、胸の奥がぎゅっと縮む。
呼吸が浅くなり、指先が震えた。
「ばあちゃん……?」
声に出して呼びかけても、返事はない。
画面は沈黙したまま、ただ黒い光沢だけを返してくる。
何度もタップする。
スワイプする。
電源ボタンを押す。
それでも、アプリは起動しない。
焦りが喉の奥にせり上がり、胸がざわつく。
さっきまで確かに繋がっていたのに。
ばあちゃんの声が聞こえていたのに。
「頼むよ……出てきてよ……!」
祈るように画面を見つめていると、突然、スマホが震えた。
希望が一瞬だけ胸に灯る。
しかし――
表示されたのは、見慣れたホーム画面。
そして、その中にあるはずのアイコンが、どこにもなかった。
『BAA-CHAN』
その文字列が、完全に消えていた。
「……嘘だろ」
思わず声が漏れる。
アプリ一覧を開く。
検索バーに“BAA”と入力する。
どこにもない。
まるで最初から存在しなかったかのように、跡形もなく消えていた。
胸の奥が、すとんと落ちる。
重たい石が沈んでいくような感覚。
「なんで……なんで消えるんだよ……」
机に肘をつき、スマホを握りしめる。
指先が冷たくなっていく。
ばあちゃんの声が、頭の中で何度も反響する。
――画面、濡らしたらあかんで。魔法でも直らん。
その言葉が、胸の奥で鋭く刺さる。
「……っ」
視界が滲む。
涙がこぼれそうになる。
その瞬間――
スマホの画面が、ふっと曇った。
涙が、落ちたのだ。
「あ……」
慌てて拭おうとするが、曇りはすぐには消えない。
画面の向こうにいたばあちゃんの姿が、ぼやけていくように感じた。
まるで、
“最後のつながり”が、
自分の涙で消えていくみたいで。
「ばあちゃん……!」
声が震え、涙が次々とこぼれ落ちる。
画面に落ちるたび、曇りが広がっていく。
ばあちゃんが言っていた通りだ。
水気に弱い。
魔法通信は、涙ひとつで壊れてしまう。
その事実が、胸を締めつけた。
「……ごめん……ごめん……!」
何に対しての謝罪なのか、自分でもわからない。
ただ、涙が止まらなかった。
やがて、画面の曇りがゆっくりと晴れていく。
しかし――
そこに“BAA-CHAN”のアイコンはもうなかった。
アプリは消えた。
ばあちゃんとの通信は、完全に途絶えた。
静まり返った部屋の中で、俺はスマホを胸に抱きしめた。
涙の跡が乾いていくのを感じながら、ただひとつの願いだけが胸に残った。
――ばあちゃん、どうか無事で。
その願いは、誰にも届かない静寂の中に溶けていった。
シーン3-3 美咲との対話「心の距離が縮まる」
翌日の放課後、校舎の影が長く伸びる時間帯。
美咲は昨日と同じ場所――校舎裏のベンチに座っていた。
俺が近づくと、彼女は気づいて顔を上げ、少しだけ安心したように微笑んだ。
「来てくれたんだ」
「……うん。話したいって言ってたから」
言葉にすると、胸の奥がじんわり熱くなる。
昨夜のことが頭をよぎる。
ばあちゃんの声が途切れ、アプリが消えたあの瞬間。
胸の奥にぽっかり空いた穴は、まだ完全には塞がっていない。
でも――
ばあちゃんが最後に言った言葉が、背中を押してくれていた。
――“話、聞くよ”って言い。最初の一歩が一番大事なんや。
その言葉を思い出すだけで、胸が少しだけ強くなる。
美咲は膝の上で指を絡めながら、ゆっくりと口を開いた。
「昨日ね、家に帰ったら……またお父さんとお母さんが言い合いしてて。私、部屋にいたんだけど、声が聞こえてきて……なんか、もうどうしたらいいかわからなくなっちゃって」
その声は、昨日よりもずっと弱かった。
無理に笑おうとする気配もなく、ただ素直に苦しさを吐き出している。
「私、家では明るくしてなきゃって思ってたの。でも、最近はそれもできなくて……。誰にも言えなかったんだ。友達にも、先生にも」
美咲は、ぎゅっと唇を噛んだ。
「でも……悠斗くんなら、話してもいいかなって思ったの」
胸の奥が強く揺れた。
その言葉が、まっすぐに心に届く。
俺は深く息を吸った。
ばあちゃんの言葉をそのまま言うんじゃない。
自分の言葉で、ちゃんと向き合いたい。
「……俺でよかったら、いくらでも話していいよ」
美咲は驚いたように目を見開き、すぐにふわっと笑った。
「ありがとう。昨日もそう言ってくれたよね。あれ、すごく嬉しかった」
その笑顔は、昨日よりもずっと柔らかい。
でも、その奥にある疲れはまだ消えていない。
「家のことって、どうしても自分じゃどうにもできないことが多いよね。俺も……昔、ちょっと似たようなことがあったから」
言いながら、胸の奥が少し痛んだ。
ばあちゃんが亡くなったときの、あの家の空気。
あのときの孤独。
美咲は、静かに耳を傾けてくれていた。
「だから……無理に明るくしなくていいと思う。疲れたら、疲れたって言っていいし。俺は、ちゃんと聞くから」
美咲は、ぽつりと呟いた。
「……そんなふうに言ってくれたの、初めてかもしれない」
そして、ゆっくりと俺の方へ視線を向ける。
「ねえ、悠斗くん。昨日、私が話したとき……すごく真剣に聞いてくれたよね。あれ、嬉しかったんだ」
「そ、そうかな……」
「うん。なんかね、安心したの。あ、私、この人の前なら弱いところ見せてもいいんだって」
その言葉に、胸が熱くなる。
昨日のばあちゃんの言葉が、また頭の中で響いた。
――相手の弱さを受け止める覚悟がいるんや。
俺は、ゆっくりと息を吸った。
「美咲。俺、これからも……話聞くよ。困ったら言って。俺でよかったら、支えたい」
美咲は驚いたように瞬きをし、そして――
小さく、でも確かに頷いた。
「……うん。ありがとう。ほんとに」
その声は、昨日よりもずっと強かった。
弱さを見せたあとに残る、ほんの少しの前向きさ。
それが、夕方の光の中で静かに輝いていた。
ふと、ポケットの中のスマホが微かに震えた気がした。
でも、取り出さなかった。
今は、俺が自分の言葉で向き合う番だから。
美咲の横顔を見つめながら、胸の奥で静かに決意が固まっていくのを感じた。
シーン3-4 悠斗の決意「自分の人生を選ぶ瞬間」
美咲と別れたあと、校舎を出ると、夕陽はすでに沈みかけていた。
空の端に残った薄い橙色が、まるで今日一日の余韻をそっと包んでいるように見える。
胸の奥には、まだ温かさが残っていた。
でも、その奥底には、ばあちゃんの言葉が静かに沈んでいる。
――あんたは、あんたの世界で幸せになり。
その言葉が、何度も反響する。
昨夜の喪失感はまだ消えていない。
アプリが消えた瞬間の、あの胸の痛み。
涙で曇った画面。
ばあちゃんの声が、もう二度と聞こえないかもしれないという恐怖。
それでも――
今日の俺は、昨日の俺とは違う。
家に帰ると、部屋の静けさがやけに広く感じた。
机の上に置いたスマホは、沈黙したまま。
アプリは消えたまま。
ばあちゃんの声は、もう聞こえない。
それでも、胸の奥に確かに残っている。
ばあちゃんが最後に見せた笑顔。
あの強さと優しさ。
そして、俺に託した言葉。
気づけば、あのサメのパジャマはベッドの端に丸められたままだった。
代わりに、ちゃんと制服に着替え、鏡の前で髪を整えている自分がいた。
「……俺、ちゃんとやるよ」
誰に向けた言葉なのか、自分でもわからない。
でも、口にした瞬間、胸の奥がすっと軽くなった。
机に向かい、スマホをそっと手に取る。
画面には何も映らない。
けれど、そこにばあちゃんがいた時間は、確かに存在した。
そして、気づく。
ばあちゃんがいなくなったからこそ、
俺は今、自分で選ばなきゃいけないんだ。
誰かに頼るだけじゃなく、
誰かに背中を押されるだけじゃなく、
自分の足で、自分の人生を歩く。
その当たり前のことが、今ようやく胸に落ちた。
窓の外を見ると、夜の気配がゆっくりと街を包み始めていた。
遠くで犬の鳴き声がして、風がカーテンを揺らす。
その音が、妙に心地よい。
「美咲……明日、ちゃんと話そう」
昨日よりも、今日の自分は少しだけ強い。
そして明日は、今日よりも前に進める気がする。
ばあちゃんがくれた言葉は、魔法みたいに俺の背中を押してくれる。
でも、その魔法をどう使うかは、俺自身が決めることだ。
スマホを胸に抱きしめ、ゆっくりと目を閉じる。
暗闇の中で、ばあちゃんの声が微かに響いた気がした。
――あんたは大丈夫や。
その言葉に、静かに頷く。
「うん。俺、大丈夫だよ。……これからは、自分で選ぶ」
その瞬間、胸の奥に灯った小さな光が、確かな決意へと変わった。
ばあちゃんはもう、スマホの中にすら居座っていない。
それでも、俺の日常は魔法みたいに動き始めていた。
第4章 余韻「青空の向こうで、またな」
シーン4-1 壁紙に残された祖母からのメッセージ
翌朝、目覚ましの音で目を覚ました瞬間、胸の奥に重たい感覚が広がった。
昨日の出来事が、夢ではないとすぐに理解する。
ばあちゃんの声はもう聞こえない。
アプリも消えたまま。
スマホを手に取るのが怖かった。
それでも、ゆっくりと画面を点ける。
その瞬間、息が止まった。
ホーム画面の壁紙が――変わっていた。
昨日までの無地の青ではなく、見たことのない空が広がっている。
紫がかった雲。
二つの月。
そして、遠くに小さく映るローブ姿の後ろ姿。
異世界の空だ。
「……ばあちゃん」
思わず呟いた声が震える。
画面を指でなぞると、ローブの裾が風に揺れているように見えた。
その背中は小さいのに、どこか頼もしい。
そして、画面の右下に、淡く光る文字が浮かんでいた。
――元気でな。
魔法文字のような、不思議な形の文字。
でも、意味は一瞬でわかった。
胸の奥がじんと熱くなる。
「……ずるいよ、ばあちゃん」
涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえる。
泣いたら、ばあちゃんにまた「画面曇るで」と笑われそうで。
スマホを胸に抱きしめ、深く息を吸う。
壁紙の空は、どこか懐かしく、そして遠い。
でも、確かに繋がっている気がした。
ばあちゃんは消えたわけじゃない。
ただ、向こうの世界で生きている。
そう思えるだけで、胸の痛みが少し和らいだ。
「……うん。元気でいるよ」
誰に聞かせるでもなく、静かに呟く。
その言葉は、壁紙の空に吸い込まれていくようだった。
スマホを握りしめたまま、俺はゆっくりと立ち上がる。
今日も学校がある。
美咲と話す約束もある。
ばあちゃんが願った“俺の世界の幸せ”は、ここから始まる。
窓の外を見ると、現実の空は澄んだ青だった。
異世界の空とは違うけれど、どこか同じ色をしている気がする。
「行ってきます、ばあちゃん」
そう言って部屋を出たとき、
ポケットの中のスマホが、ほんの一瞬だけ微かに光った気がした。
シーン4-2 新しい日常へ歩き出す悠斗
家を出ると、冬の朝の空気が頬に触れた。
冷たさはあるのに、不思議と心は沈まなかった。
スマホの壁紙に映る異世界の空が、胸の奥に小さな灯りを残してくれている。
ばあちゃんはもう画面の向こうにいない。
声も聞こえない。
アプリも消えた。
それでも、昨日までの俺とは違う。
胸の奥に、確かに“続き”がある。
駅までの道を歩きながら、ふとポケットのスマホを握る。
壁紙の空は変わらずそこにあって、二つの月が静かに浮かんでいた。
その光景を見るたびに、ばあちゃんの声が心の中で蘇る。
――あんたは、あんたの世界で幸せになり。
その言葉が、今日の背中を押してくれる。
学校に着くと、昇降口の前で美咲が待っていた。
いつもより少し早く来たらしい。
俺に気づくと、ふわっと笑って手を振った。
「おはよう、悠斗くん」
「おはよう」
その笑顔は、昨日よりもずっと自然だった。
でも、どこかにまだ不安の影が残っている。
それでもいい。
その影ごと受け止めたいと思えた。
「昨日ね、帰ってから少しだけ家族と話したんだ」
美咲は歩きながらぽつりと話し始めた。
「全部は言えなかったけど……ちょっとだけ、気持ちが楽になった気がする」
「そっか。よかった」
「うん。……悠斗くんが言ってくれたからだよ」
その言葉に、胸がじんわり温かくなる。
ばあちゃんがいたら、きっと「ほれ見ぃ」と笑っただろう。
教室に向かう廊下で、美咲がふと立ち止まった。
「ねえ、今日の放課後……また少し話せる?」
「もちろん」
その返事は、迷いなく口から出た。
昨日までの俺なら、こんなふうに即答できなかったかもしれない。
でも今は違う。
ばあちゃんがくれた言葉が、胸の奥でしっかり根を張っている。
教室に入ると、佐伯がいつもの調子で声をかけてきた。
「お、悠斗。なんか今日、雰囲気違くね?」
「そう?」
「うん。なんか……大人っぽいっていうか」
自分ではよくわからない。
でも、昨日の自分より今日の自分が少しだけ前に進んでいるのは確かだった。
席に座り、スマホをそっと机に置く。
壁紙の異世界の空が、朝の光を受けて淡く輝いた。
ばあちゃんはもういない。
でも、いなくなったからこそ、俺は歩き出せる。
美咲のこと。
自分の未来のこと。
そして、ばあちゃんが願った“幸せ”のこと。
全部、自分で選んで、自分で進む。
チャイムが鳴り、教室がざわめき始める。
その音の中で、俺は静かに息を吸った。
「……よし。今日も行こう」
その一歩は、昨日までの俺とは違う。
ばあちゃんがくれた最後の魔法が、確かに俺の中で生きていた。
異世界転移した祖母が、俺のスマホに住み着いた件 @pappajime
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます