第2話 前世の記憶

「ダメだ……余韻が強すぎて何も手に着かない……」

 わたしはノートを広げたままその上に突っ伏していた。すでにシャーペンは放り出している。

 ……高校生になったら新しい自分になるんだ。きらきらした青春みたいな高校生活を送って中学校時代の黒歴史なんて吹き飛ばすんだ。

 そう思っていた時期がわたしにもありました。はい。

 しかし、現実はそう甘くなかった。きっかけがないのにそうそう簡単に人が変われるわけもなく、中学時代と同じように即帰宅後即ゲームという日々を繰り返しているうちに、もう高校三年生。

 気が付くと受験シーズンに突入していた。

 夏休みが始まり、他の受験生たちがこれまでの遅れを取り戻すべく朝から晩まで塾に通い詰めているのを横目に、わたしは夏休み中盤の今日までいったい何をしていたのか。

 そう――


 ゲームである。


 さすがにそろそろ勉強しなきゃ……と思いつつゲームに手を出してしまい、いやいやさすがにそろそろ……と思っているのにどうしてもゲームに手を出してしまう、という無限ループを繰り返しているうちに貴重な夏休みの半分を浪費していた――というわけだ。

 これで最後!!

 これが終わったらちゃんと勉強するぞ!!

 そう思って(毎回そう思ってるけど)手を付けたゲームが『双星そうせいのアルカディア』――通称ふたアルだった。

 何やら話題になっていることは以前から知っていたが、なかなか手を付けられずにいたゲームだ。

 まあ? これでも拙者、目は肥えておりますゆえ? ちょっとやそっとの泣きゲーごときではそうそう簡単には満足しませんぞ? フフン。

 ……なんて感じで手を出したらメンタルを全て持って行かれてしまったのが、今のこの状態である。

 何とか身体を起こし、再び参考書に向かい合うが、どうしても内容が頭に入ってこなかった。代わりに脳内を占領しているのは、ふたアルのストーリーのことばかりだ。

「全ルートバッドエンドとか反則だって……しかもめちゃくちゃ心抉りに来るようなのばっかりだし……このシナリオ考えたライターマジで人間じゃないってぇ……」

 頭を抱え、思わず愚痴(褒め言葉)を吐き出してしまう。

 ふたアルは残念ながら主人公がイケメンときゃっきゃうふふして楽しむようなゲームではない。まあ最初はそんな感じもあるのだが、最後にはどれも悲劇的な結末に終わってしまう。

 つまりバッドエンド。

 そう、このゲームにハッピーエンドは存在しない。全てのルートがバッドエンドで終わるのだ。

 でも、それはただのバッドエンドじゃない。

 公式はこれを『美しいバッドエンド』と謳っている。

 確かにどのバッドエンドも美しかった。

 そして、とても悲しかった。

 まず個別ルートにおいては、最初の方は攻略対象と良い感じになるも、恋敵となる〝悪役令嬢〟が出てきて、あの手この手で主人公を陥れようとする。恋敵の嘘に騙された攻略対象は、主人公を一度は突き放す。裏切り者のレッテルを貼られた主人公はそれでも過酷な状況の中で真実の愛を貫き続けるが、結局は死んでしまう。真実が明らかになるのは主人公の死後で、攻略対象はその時になってようやく自分の間違いに気付く――という流れだ。

 要約してしまうとそれだけの話だが、実際にゲームをプレイするとこれがとにかく心をいちいち抉ってくるのだ。

 あまりに救いがない。なさすぎる。

 せめてトゥルーエンドは救いがあってほしい。あってくれ。頼む。お願いだからお願いします。

 そう思いながらトゥルーエンドをプレイしたプレイヤーは多いだろう。もちろんわたしもそうだった。

 はい、救いなんてどこにもありませんでした。

 トゥルーエンドまで含めて、最後の最後まで見事に『美しいバッドエンド』でした。

 そもそもからして、このゲームにおける〝ラスボス〟であるヒルダというキャラは、主人公の双子の姉だ。実はどのルートにおいてもこの姉が裏で陰謀を張り巡らせており、妹である主人公はそれによって陥れられ命を落とすことになってしまうのである。

 ああ、ちくしょう。面白い。確かに面白かった。ライターの手の上でコロコロと転がされてしまった。自分で歩くことを忘れたダンゴムシのように。レビューサイトでは思わず星5をつけて怪文書のような長文レビューを投稿してしまった。それが十分前。

「はぁ……こんなメンタルじゃ勉強できない。二次創作でも読も……」

 当然のように勉強をほっぽり出し、スマホをいじり出す。

 お目当てはふたアルのハッピーエンド二次創作だ。

 もしあそこでこうなっていたら、こうなっていなかったら、誰も不幸にならなかったのではないか。みんな幸せになっていたのではないか。

 わたしもプレイしている間に何度もそう思った。ほんのわずかな、小さなすれ違いの連続が積もり積もって、このゲームでは誰も幸せになることができなかった。

 でも――みんなが幸せになれるルートは、きっとどこかにあったはずなのだ。

 そう思ったプレイヤーたちが、こぞって投稿サイトにハッピーエンドな二次創作を投稿しているのがまさに今。乙女ゲーム界隈で今もっとも熱いのがふたアルの二次創作なのだ。

「……なるほど。こういう結末もありだな。確かにフィンリールートではこれが最適解か……いや、でもこっちの方も――」

 ……。

 ……。

 ……。

「はっ!?」

 気が付くと窓の外が暗くなっていた。

 慌ててノートを見る。

 見事に真っ白だ。

 思わず頭を抱えた。

「うおー! ダメだ! もうさすがにこのままじゃダメだって! 勉強しろよ、わたし!」

 わたしは大学に行きたい。

 なぜ行きたいか。

 理由は特にない。だって大学いかなかったら就職しなきゃいけないから。働くのは嫌だ。怖い。社会に出たくない。まだもう少しぬるま湯に浸かっていたい。肩までしっかりこのぬるま湯に浸かっていたいんだ。風邪を引いてもいい、とにかくこのぬるま湯から出たくないのだ。

 わたしの心に住まうニート侍も言っている。絶対に働きたくない、絶対に働きたくないでござる! と。

「いや、今から本気出せばまだ間に合う!! もうゲームは封印する!! やるぞ!!」

 二日ぶり百回目くらいのゲーム封印を宣言し、わたしは部屋にストックしていたブルーブル――通称ブルブル、法律限界ギリギリスレスレまでカフェインや色んなものが入った攻めたエナドリ。通称合法麻薬。顔が真っ青になり手足がブルブル震え出すくらい効果がある――を引っ張りだし、一気に煽った。

 ぐびー。

 ……ふう。さすがブルブルだ。身体にエナジーが満ちていくのがはっきり分かる。さっそく手足がブルブルしてきた。

 いや、でも一本じゃ足りないな。

 ここはもう一本いっとくか。

 ぐびぐびー。

「よっしゃ!! やるぞ!!」

 目をギンギンにして机に向かう。

 その瞬間だった。

 一瞬、頭がふらっとした。

「……あれ?」

 と思った時にはもう、わたしは意識を失っていた。

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