第5話 仮面の下の真実 —聖女の戴冠—

一、空虚な勝利

 深夜。


 真澄は、バスルームの鏡を見つめていた。


 「魔女」の顔。完璧な美しさ。


 でも――


 心は、何も感じなかった。


 莉奈を破滅させた。拓海を跪かせた。


 勝った。


 なのに、なぜこんなに虚しいのだろう。


 真澄は、クレンジングオイルを手に取った。


 ゆっくりと、顔に塗り広げる。


 すべてが溶けていく。


 ファンデーション。ハイライト。シリコン・パッチ。


 戦いの痕跡が、すべて剥がれ落ちていく。


 そして――


 鏡に映ったのは、疲れた素顔だった。


 クマがある。毛穴もある。


 普通の、地味な顔。


「……これが、私」


 涙が、一粒、頬を伝った。


 復讐を果たしても、心は満たされなかった。


 私は、何のために戦っていたのだろう。


二、母の最後の言葉

 真澄は、ふとノートの最後のページに、何か挟まっているのに気づいた。


 震える手で、それを取り出す。


 母の筆跡。


『真澄へ


復讐の先には、何もありません。


私も、かつてサクラと戦い、敗北しました。


でも、本当の敗北は――自分を愛せなかったことでした。


メイクは、武装(アーマー)。


でも、それは自分を愛するためのもの。


真澄、あなたは強い子です。


だから、きっと気づける。


本当の美しさとは、支配ではなく――愛だと。


サクラに会ったら、伝えてください。


「私は、あなたを許している」と。


そして「私の娘を、よろしく」と。


愛を込めて 母より』


 真澄の目から、涙が溢れた。


「お母さん……!」


 母は、すべてを知っていた。


 そして、真澄に答えを託していた。


三、招待状

 翌日、神宮寺教授に呼び出された。


「真澄君、これを」


 教授が差し出したのは、金色の招待状。


『国際美容会議 —Paris 2026—』


「パリで開催される、世界最大の美容会議だ。特別ゲストは――サクラ」


 真澄の心臓が、跳ねた。


 サクラ。母の旧友。そして、母を敗北させた女性。


「君を、日本代表として推薦したい」


 教授の目が、真剣だった。


「サクラは、技術の頂点にいる。でも――」


 教授が、真澄の昨夜のSNS投稿を見せる。


『メイクは、自分を愛するためのもの。#MakeupIsArmor #SelfLove』


 10万件以上の「いいね」。数千件のコメント。


「君には、彼女にないものがある。『心』だ」


 真澄は、招待状を握りしめた。


「……行きます。母の答えを、見つけに」


四、サクラからの宣戦布告

 その夜、真澄のスマホが鳴った。


 差出人不明のメッセージ。


『国際美容会議への参加、承諾したそうですね。


貴女の母、麻里――私の親友でした。


彼女は、技術の限界に絶望して「心」に逃げました。


残念でしたわ。


でも、大丈夫。


貴女には、同じ過ちを犯させません。


パリで、本当の「美の支配」を教えてあげます。


母の最後の願い、しかと受け取りました。


貴女を、完璧な「作品」に仕上げましょう。


――サクラ』


 真澄の手が、震えた。


 このメッセージには、何か――恐ろしいものが潜んでいる。


 でも、真澄は決意した。


 私は、母と同じ道は歩まない。


 技術も心も、両方を手に入れる。


五、カイとの別れ

 出発の前日、真澄はカイを呼び出した。


「カイ。あなたには感謝してる」


 真澄の声は、静かで確かだった。


「でも――私は、もうあなたの『作品』じゃない」


 カイの目が、わずかに見開かれる。


「私は、私自身の『作品』になる」


 カイは、しばらく沈黙した後――笑った。


「やっぱり、君は面白い」


 カイが、小さな箱を渡す。


 中には、一本の筆。


 柄に刻まれた文字。


『貴女の美しさは、貴女自身のもの —K』


「サクラは――僕が敗北した相手だ」


 カイの声が、重い。


「でも、君なら。君には、彼女にない『心』がある」


 カイが、真澄の肩を掴む。


「その違いが、君を最強にする」


 二人は、静かに抱擁を交わした。


六、空港での決意

 空港。


 真澄のスマホには、80万人のフォロワーからのメッセージが溢れていた。


『真澄さん、世界で頑張って!』

『技術と心、両方見せてきて!』

『応援してます!』


 真澄は、手鏡で自分の顔を見た。


 今日のメイク。


 完璧ではない。でも、これが私だ。


 真澄は、いつものルーティン。


 指先で、口角を「クイッ」と押し上げる。


「お母さん、見ていてね」


「私は――本当の美しさを、証明しに行く」


 飛行機が、離陸した。


 新しい戦いが、始まる。


七、パリ、午前3時

 同じ頃、パリ。


 豪華なペントハウス。


 一人の女性が、窓から街を見下ろしていた。


 サクラだった。


 完璧な骨格。陶器のような肌。そして――


 圧倒的な「オーラ」。


 秘書が、タブレットを差し出す。


「真澄という学生が、明日到着します」


「ええ、知ってるわ」


 サクラが、微笑む。


 その笑みは、美しく――残酷だった。


「彼女の母、麻里。素晴らしい友人だった」


 サクラが、自分の頬に触れる。


「この頬骨のライン――麻里から『いただいた』ものよ」


 秘書が、息を呑む。


「学んだ……ですか?」


「ええ」サクラが、冷たく笑う。「彼女の顔を分析して、最も美しい部分を『奪った』の」


 サクラの指が、頬骨をなぞる。


「彼女のこの骨格――私のコレクションで、一番のお気に入りよ」


 サクラは、真澄のSNSを見る。


 フォロワー80万人。


「可愛いわね」


 サクラが、自分のスマホを見せる。


 フォロワー500万人。


「彼女、自分がどれほど小さな存在か、まだわかっていないのね」


 サクラが、真澄の投稿を見る。


『メイクは、自分を愛するためのもの』


 サクラの目が、冷たく細められる。


「『愛』? くだらない」


 サクラの声が、氷のように冷たい。


「美しさとは、支配よ。見る者を従わせ、世界を手中に収めること」


 サクラが、窓の外を見つめる。


「真澄。あなたの母は、それを理解できなかった」


「だから、敗北した」


 サクラの唇が、残酷な笑みを形作る。


「私が、あなたに教えてあげる」


「本当の『美の支配者』とは、何かを」


「そして――」


 サクラの目が、狂気を宿す。


「あなたの美しさも、私のコレクションに加えてあげるわ」


 サクラは、部屋の奥へ歩いていく。


 そこには、一つの部屋があった。


 扉を開けると――


 そこは、「美のコレクション」だった。


 壁一面に、無数の写真。


 そして、それぞれの写真の横に、詳細な骨格分析図。


 目の形。鼻筋の高さ。唇の厚さ。頬骨の角度。


 すべてが、数値化され、記録されている。


 そして、中央には――


 一枚の大きな写真。


 真澄の母、麻里の写真だった。


 その横に、赤いペンで書かれた文字。


『最高傑作。頬骨の黄金比1:1.618。完全にトレース済み』


 サクラが、その写真を優しく撫でる。


「麻里……あなたは、私に最高の『素材』をくれた」


 サクラの目が、真澄の写真に移る。


 母の横に、すでに真澄の写真が貼られていた。


 SNSからプリントされた、真澄の顔。


「さあ、娘よ」


 サクラが、真澄の写真に指を這わせる。


「母と一緒に――私のコレクションを、完成させましょう」


 パリの夜空に、月が昇る。


 その光は、冷たく、残酷だった。


 真澄は、まだ知らない。


 自分が、どれほど恐ろしい怪物と対峙しようとしているのかを。


 サクラは、美しさを愛する者ではない。


 サクラは、美しさを「狩る」――捕食者だ。


 そして、真澄は――次の獲物だった。


第5話 完


【第1部・完】


第2部「パリの女王 —美の帝国—」へ続く


【次回予告】


 パリに降り立った真澄を待っていたのは――


 圧倒的な「格差」だった。


 500万人のフォロワー。世界を支配する美容帝国。


 そして、母の顔を「コレクション」した、美の捕食者。


 真澄の「心のあるメイク」は、サクラの「支配の美学」に――


 通用するのか?


 それとも――


 第2部、開幕。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

仮面の聖女(フィルター・セイント)―ブスと罵られた私は、2027年の禁忌のメイクで「美の捕食者」を狩る― ソコニ @mi33x

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画