第4話 跪くのは貴方のほう —魔女の毒杯—
一、狩られる者と狩る者
真澄のアパート、暗い廊下。
莉奈は、目の前に立つ真澄を見つめ、全身が恐怖で震えた。
あの「魔女の顔」。
メイクを落としていないということは――この女は、私が来ることを予想していた。
「な、なんで……メイクを落としてないの……?」
莉奈の声が、震える。
「簡単よ」真澄が、一歩近づく。「あなたが来ることを、わかっていたから」
真澄の瞳が、莉奈を見据える。
冷たく、暗く、獲物を見つめる捕食者の目。
「SNSの投稿から、私の住所を特定したでしょう? AIストーキングアプリを使って。……でもね、莉奈」
真澄が、莉奈の手からカメラを奪い取る。
「私も、同じアプリを使ってたの。あなたの行動パターンを解析して、今夜、あなたがここに来ることを予測してた」
莉奈の顔が、蒼白になる。
「あなたは、私の素顔を撮影して、晒すつもりだったんでしょう?」
真澄が、カメラを床に叩きつける。
ガシャン、という音とともに、カメラが砕け散る。
「でも、残念。それは――もう、できないわ」
莉奈が、後ずさる。
その時――
莉奈の手が、ポケットに伸びた。
そして、取り出したのは――
小型のスタンガン。
「動くな!」
莉奈が、スタンガンを真澄に向ける。
「これを使えば……あんたを気絶させて、メイクを落として、素顔を撮影できる!」
莉奈の目が、狂気に染まっている。
「そうすれば……そうすれば、また私が勝てる!」
真澄は、動じなかった。
ただ、静かに微笑んだ。
「莉奈……あなた、もう一つ大きな間違いをしてるわよ」
「何……?」
「あなたのスマホ。ポケットから、光が漏れてる」
莉奈がハッと自分のポケットを見る。
スマホの画面が、光っている。
そして――
「まさか……配信、してるの……!?」
真澄の目が、鋭く細められる。
莉奈は、真澄のアパートに侵入する前に、自分のSNSでライブ配信を開始していた。
タイトルは――『真澄の本当の顔、今から暴きます』。
視聴者数は、すでに3万人を超えていた。
二、逆転の配信
「そう……配信してるのよ!」莉奈が、勝ち誇ったように笑う。「今、3万人以上が見てる。あんたがスタンガンで倒れて、素顔が晒される瞬間を!」
莉奈は、スマホをポケットから取り出し、カメラを真澄に向けた。
『えっ、本当に真澄の家に侵入したの?』
『莉奈、やばくない? 不法侵入じゃん』
『でも真澄の素顔見たい』
『スタンガン!? これ犯罪配信じゃん』
コメント欄が、荒れ始める。
でも、莉奈はもう、正常な判断ができない。
「さあ、真澄。あんたの『本当の顔』を、みんなに見せてあげるわ!」
莉奈が、スタンガンを構える。
その瞬間――
真澄が動いた。
驚くべき速さで、莉奈の手首を掴む。
「……っ!」
莉奈のスタンガンが、床に落ちる。
真澄は、莉奈の手首を掴んだまま、彼女を壁に押し付けた。
「ありがとう、莉奈」真澄が、低い声で囁く。「あなたが配信してくれたおかげで、これから起こることが、全部記録される」
真澄が、莉奈のスマホを手に取る。
そして、カメラを自分と莉奈が映るように調整した。
『えっ、真澄が莉奈を押さえつけてる!?』
『逆転した!』
『真澄、強い……』
コメント欄が、さらに荒れる。
「みなさん、こんばんは」真澄が、カメラに向かって微笑む。「真澄です。今、莉奈さんが私のアパートに不法侵入して、スタンガンで襲おうとしました。すべて、記録されています」
莉奈の顔が、真っ青になる。
「やめて……配信を止めて……!」
「止める? なぜ?」真澄の声が、冷たく響く。「あなたが始めたことよ。最後まで、付き合ってもらうわ」
三、美容的処刑
真澄は、莉奈をバスルームに引きずり込んだ。
鏡の前に、莉奈を座らせる。
そして、スマホを三脚に固定し、配信を続ける。
視聴者数は、5万人を超えていた。
「さあ、莉奈。あなたが私にしたことを、今度は私があなたにしてあげる」
真澄が、先ほどカイから受け取った超高演色LEDライトを取り出す。
「これ、覚えてる? 大学のトイレで、あなたの化けの皮を剥いたライトよ」
真澄が、ライトを点灯させる。
冷たく、白い光が、莉奈の顔を容赦なく照らす。
鏡に映ったのは――
厚塗りされたファンデーションのひび割れ。毛穴の開き。鼻筋のハイライトの粉浮き。そして、目の下のコンシーラーが剥げて見える、濃いクマ。
対して、真澄の顔は、このライトの下でもなお、完璧だった。
カイが施した2027年の技術。ナノボットが支える、人間を超えた美しさ。
『莉奈の肌、やばくない……?』
『これが無加工の聖女……?』
『真澄の肌、逆に完璧すぎて怖い』
『ていうか不法侵入してスタンガン持ってた莉奈が完全に悪者じゃん』
コメント欄が、莉奈を叩き始める。
「やめて……見ないで……!」
莉奈が、顔を手で覆う。
でも、真澄は容赦しなかった。
「手を下ろしなさい、莉奈」
真澄が、莉奈の手を掴み、強制的に下ろす。
「あなたは、私にこれ以上のことをした。私の顔を歪ませたAI加工画像を、何百万人に晒した」
真澄の声が、静かに、でも確実に莉奈を追い詰める。
「そして、『天然の美』を誇って、努力する人たちを『中古車』呼ばわりした」
真澄が、クレンジングオイルを手に取る。
「だから、今度は私が――あなたの『天然の美』の正体を、暴いてあげる」
四、剥がされる仮面
真澄の手が、莉奈の顔に触れる。
クレンジングオイルが、莉奈の顔に塗り広げられていく。
「やめて……お願い……!」
莉奈が、泣き叫ぶ。
でも、真澄は止まらない。
ファンデーションが、ドロドロと溶けていく。
コンシーラーが、剥がれていく。
アイブロウが、消えていく。
リップが、拭い取られていく。
そして――
鏡に映ったのは、莉奈の素顔だった。
決して醜くはない。
でも、「無加工の聖女」には程遠い、普通の――いや、むしろ疲れた、クマの濃い顔。
そして、何よりも――
「これ……二重のテープの跡じゃない?」
真澄が、莉奈のまぶたを指差す。
うっすらと、二重テープの痕が残っていた。
「それに、この鼻筋……」
真澄が、莉奈の鼻に触れる。
「シリコンの跡がある。整形……までいかなくても、ヒアルロン酸注射はしてるわね」
配信のコメント欄が、爆発する。
『え、莉奈整形してたの!?』
『無加工の聖女って嘘じゃん!』
『詐欺師!』
『真澄に謝れ!』
莉奈の目から、涙が溢れる。
「違う……これは……」
「言い訳は無用よ」真澄が、冷たく言い放つ。「あなたの『天然の美』は、嘘だった。それだけ」
真澄は、カイから教わった骨格分析の知識を駆使して、莉奈の顔を解説し始めた。
「皆さん、見てください。彼女の鼻筋、この角度。これは明らかにヒアルロン酸を注入した痕です。注入から約3ヶ月経過したときの、特有の硬さと不自然な光の反射があります」
真澄の指が、莉奈の鼻筋をなぞる。
「そして、この二重のライン。左右で微妙に幅が違う。これは、長年二重テープを使用していた証拠。皮膚が伸びて、癖がついている」
真澄の解説は、冷静で、論理的で、容赦がなかった。
まるで、解剖学の教授が検体を分析するように。
「そして、最も決定的なのは――」
真澄が、莉奈の顎のラインに触れる。
「この骨格。彼女が投稿していた『無加工自撮り』の顔と、輪郭が微妙に違う。つまり、彼女も加工アプリを使っていた。おそらく、顎のラインを細く、頬骨を高く見せるフィルターを常用していたはずです」
『やっぱりか!』
『莉奈最低!』
『真澄を叩いてたやつら、今どんな気持ち?』
『フォロー外した』
視聴者数は、10万人を突破していた。
そして――
画面の隅に、リアルタイムで表示される莉奈のフォロワー数が、みるみる減っていく。
50万人。
49万人。
48万人。
数字が、残酷なほどの速さで減少していく。
「見て、莉奈」真澄が、スマホの画面を莉奈に見せる。「あなたのフォロワー、今、リアルタイムで減ってるわよ」
莉奈の目が、絶望に染まる。
その時、莉奈のスマホに次々と通知が入り始めた。
真澄が、その画面を配信に映す。
『莉奈、もう無理。友達やめるね』――取り巻きAからのメッセージ。
『今まで騙されてたの? 最低』――取り巻きBからのメッセージ。
『あなたみたいな嘘つき、二度と関わりたくない』――取り巻きCからのメッセージ。
莉奈を崇拝していた取り巻きたちが、手のひらを返したように、次々と絶縁を宣言していく。
「あ……ああ……」
莉奈の口から、意味を成さない声が漏れる。
すべてが、崩れ去っていく。
フォロワー。友人。信頼。そして、自分のアイデンティティ。
五、パーティーでの再会
翌日。
美容学部主催の「ナイト・パーティー」。
エリート学生たちが集う、華やかな会場。
莉奈の炎上は、一夜にして大学中に広まっていた。彼女は、もはや大学に来ることすらできなくなっていた。
でも、真澄にとって、まだ終わりではなかった。
もう一人、決着をつけなければならない相手がいる。
拓海だ。
真澄は、カイをエスコート役に、パーティー会場に現れた。
今日の真澄は、昨日カイに施された「魔女のメイク」を、さらに洗練させていた。
背中が大きく開いたドレス。計算された光の反射。見る者の視線を支配する、完璧な美貌。
会場の空気が、一変する。
「誰……?」
「めちゃくちゃ美しい……」
「あの隣にいるの、カイ先生じゃない?」
「真澄さんだって。昨日の配信見た? 莉奈を完全に論破してた」
ざわめきが広がる中、一人の男性が、ワイングラスを落とした。
拓海だった。
彼の隣には、すっぴんに近い状態の莉奈が、縋り付いていた。
昨夜の配信で完全に破滅した莉奈は、もはやメイクをする気力すら失っていた。
「ま、真澄……?」
拓海が、震える声で呟く。
真澄は、拓海の前で足を止めた。
カイが、真澄の腰に手を回す。所有を示すような、支配的な仕草。
「久しぶりね、拓海」
真澄の声は、低く、冷たかった。
六、跪く男
「真澄、本当に君なのか……」
拓海は、人目も憚らず、真澄の肩を掴んだ。
「悪かった! あの時は、莉奈に騙されていたんだ。君のあの加工画像、全部嘘だって今はわかってる」
拓海の目に、涙が浮かぶ。
「やり直そう。僕には、君が必要だ。君なしでは――」
「やり直す?」
真澄が、拓海の手を冷たく払いのける。
まるで、汚れ物に触れたかのような、露骨な嫌悪を込めて。
「勘違いしないで」
真澄の瞳が、拓海を見下ろす。
「貴方が捨てたのは『私』じゃない。貴方が一生手に入れられない『価値』を捨てたのよ」
会場が、静まり返る。
誰もが、この修羅場を見つめている。
真澄は、拓海の顔を冷ややかに観察した。
「それに、貴方って――本当に見る目がないわね」
真澄が、莉奈の方を一瞥する。
「貴方の隣にいる、その『天然の聖女』。私のメイク、少し分けてあげたほうがいいんじゃないかしら? 焦りすぎて、首と顔の色が浮いてるわよ」
周囲から、失笑が漏れる。
莉奈が、顔を真っ赤にして俯く。
拓海は、真澄と莉奈を見比べた。
神々しく輝く真澄。
崩れかけた莉奈。
自分が、どれほど愚かな選択をしたのか、骨の髄まで理解した。
彼が手に入れたのは、偽物の聖女だった。
そして、彼が捨てたのは――本物の宝石だった。
「待ってくれ、真澄! 頼む、もう一度だけ――」
拓海が、真澄に縋り付こうとした瞬間。
カイの手が、拓海の肩を掴んだ。
「彼女に触れるな」
カイの声は、低く、威圧的だった。
「彼女は、もう君のものではない」
カイが、真澄の腰を引き寄せる。
その仕草は、明確な「所有宣言」だった。
拓海は、その場に膝をついた。
ワインの零れた床に、惨めに這いつくばる。
「真澄……お願いだ……」
かつて真澄が愛した男。
でも、今の真澄には、何も響かなかった。
真澄の心には、この男への愛情も、憎悪も、もう何も残っていなかった。
ただ、虚無だけがあった。
真澄は、カイの腕に手を戻し、出口へと向かった。
「行こう、カイ。ここ、安物の香水の匂いがして気分が悪いの」
背後で、拓海が「待ってくれ!」と叫ぶ。
莉奈が「拓海……」と縋り付く。
でも、拓海は莉奈を突き飛ばした。
「触るな! お前なんか――」
かつての「共犯者」たちが、醜く罵り合う。
真澄は、一度も振り返らなかった。
七、勝利の虚無
パーティー会場の外。
夜風が、真澄のドレスをなびかせる。
カイが、真澄の肩に手を置いた。
「完璧だったよ、真澄。君の復讐は、成功した」
真澄は、夜空を見上げた。
「……そうね」
でも、その声には、どこか空虚さが混じっていた。
莉奈は、社会的に抹殺された。
拓海は、自業自得の末路を辿った。
私は、勝った。
でも――
この勝利の先に、何があるのだろう。
この空っぽな感覚は、何なのだろう。
その時、真澄のスマホに通知が入った。
差出人不明のメッセージ。
画面を開くと――
『貴女の復讐劇、興味深く拝見しました。しかし、所詮は学生レベルの小競り合い。本当の美の戦いを知りたければ、国際美容会議に参加なさい。貴女程度の技術では、世界では通用しませんよ。――S』
添付されていたのは、一枚の写真。
それは、真澄が見たこともないほど完璧な顔だった。
骨格、肌の質感、すべてが――真澄を凌駕している。
いや、それだけではない。
この顔には、「格」があった。
真澄が莉奈を見下ろしたのと同じように――この女性は、真澄を見下ろしている。
「誰……?」
カイが、真澄の肩越しに画面を覗き込む。
そして、その顔を見た瞬間――
カイの表情が、初めて動揺を見せた。
いや、動揺だけではない。
恐怖。そして、苦痛。
「まさか……彼女が動いたのか」
カイの声が、珍しく震えている。
「知ってるの? この人」
「ああ」カイが、苦い表情を浮かべる。「彼女は――莉奈が心酔していた『本物の聖女』。国際美容界を牛耳る、真の黒幕だ」
カイの声が、珍しく緊張を帯びている。
「彼女の名前は、サクラ。日本人でありながら、パリとニューヨークを拠点に美容帝国を築いた女性だ」
カイが、深く息を吐く。
「そして――かつて、僕の師匠だった人物だ」
「師匠……?」
「ああ」カイの目に、暗い影が落ちる。「僕が今持っているすべての技術は、彼女から学んだ。でも、僕は――彼女を超えられなかった」
カイの手が、わずかに震えている。
「だから、僕は彼女の元を離れた。自分の道を探すために。……でも、彼女は僕を『逃げた弟子』として、ずっと監視していた」
カイが、真澄の肩を掴む。
「君が彼女に目をつけられたということは――」
「どういうこと?」
「君が、彼女の『次の獲物』になったということだ」
カイの声が、重く響く。
「サクラは、才能ある者を見つけると、徹底的に潰す。あるいは、自分の支配下に置く。……君は今、世界で最も危険な女性に狙われた」
真澄の心臓が、高鳴った。
恐怖。
でも、それ以上に――
期待。
真澄は、自分の唇に指を当て、いつものルーティンを見せた。
口角を「クイッ」と押し上げる。
でも、その微笑みには、今までとは違う何かがあった。
これは、新しい戦いの始まり。
莉奈や拓海のような、小さな相手ではない。
本物の、世界の頂点に立つ「美の支配者」との戦い。
「……面白くなってきたじゃない」
真澄が、小さく呟いた。
カイが、真澄の顔を見つめる。
「君は……本当に、恐れを知らないんだな」
「違うわ」真澄が、カイを見返す。「恐怖はある。でも――」
真澄の瞳が、強い光を宿す。
「もう、逃げるのはやめたの。私は、頂点を目指す」
夜空の向こうに、新しい敵の影が見えた。
復讐の物語は終わった。
でも、真澄の戦いは――これから始まる。
第4話 完
第5話「仮面の下の真実 —聖女の戴冠—」へ続く
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