#2 この実情が、搾取です?

 ささやかな半休報告をしようとしたら、オードリーの悲鳴じみた声に遮られた。


「ちょっとお⁉ なにやってるのよあなた⁉ 私が思っていたよりはるかに深刻なんだけど! 死に至る激務じゃないの! なぜ今立っていられるの……⁉」

「いえいえ、さすがに疲れたので今日は帰ったら寝ます」

「寝たところで解消される問題じゃないでしょう……!」

「えへへ。わたし体力だけは自信があるんです」

「なにをのほほんと笑顔で。なんなのこの子…………こわいわ」

「けど先月のお給金がこんなかんじで……さすがにキノコだけだと厳しそうです、へへ」

「もう、あなたの頑丈ぶりに驚いて話が逸れ──て、なにこれェ⁉ 本当に人間の給料⁉」


 カルナが情けない給料額が載った明細を恥じらいつつ見せると、オードリーの声が悲鳴になる。

 ただならぬ絶叫に、路上を往来する人々が奇異の目を向けては通り過ぎた。


「あのう、先輩にも相談していいですか? この明細よく見ると、救助の現場に出るたび『聖女保険』と『教会登録料』っていうのがマイナスされてまして。しかも出勤するほど多く差し引かれているような気がして、この辺の数字とか」

「──くっ、あったわねこんな項目……まさに搾取の権化だわ」


 明細をまじまじと見るにつれ、オードリーの眉間のしわが険しくなる。


「教会は妙な名目の手数料を聖女からむしり取っているのよ。特に最近は現場での安全保障と活動のための経費だとか適当な項目をまかり通して。もはや犯罪よ」

「そっ、それで……!」


 働くほど減る手取り──その正体は教会による謎名目の天引きだったのか。


「ということは、この先もわたしはキノコで食い繋ぐしかなさそうです?」

「いったん頭からキノコを離しなさいって」


 あらためて手元の給料明細を見つめていると──すっとオードリーの手が伸びた。


「この明細、私が預かってもいい? 聖女引退の餞別せんべつってことで。必ずうまく使うから」

「? はい。でも先輩、ほんとに聖女のお仕事引退するんですね。寂しいです……。

 わたしにとって優しくて頼もしいオードリー先輩は、聖女としての心の導なんですよ」

「うっ、かわいいやつ。後輩力が抜群すぎるんだから……!」


 オードリーは眩暈めまいでも覚えたようにくらりとする。


「あなたを教会に置き去りにするのは辛いけど……私もこのままじゃ過労死寸前なのよ。カルナみたいに寝たら回復する異常体力もないし……ごめんね」


 心苦しそうな先輩に、カルナは屈託ない笑顔で首を振った。


「先輩はご自分を優先すべきです。せめてその明細をわたしだと思ってください!」

「こんな哀しい給料明細を忘れ形見にしたくないわよ。でも──大事にするわ」


 オードリーは小さく苦笑すると、がしりとカルナの両肩に手をやった。


「カルナ。あなたは聖女として本当によく頑張っている。聖女として危険な現場もかえりみず、ベテランばりの高い魔力でたくさんの人に回復魔法を施してきた。そのことには自信を持っていい。

 でもね、あなたの真っ直ぐな使命感を利用して、やりがいを搾取している状況もまた現実なのよ」

「オードリー先輩……」

「辛かったら聖女なんて辞めちゃってもいいの。教会なんてろくなものじゃないんだから。何かあったらいつでも連絡して。私はカルナの味方だからね。あとキノコ以外もちゃんと食べなさいよ」


 オードリーの深みある嘆きと後輩を思う優しさに、カルナは胸を打たれながら頷いた。


「ありがとうございます、オードリー先輩!

 わたし、先輩の教えを大切に聖女として頑張ります! 体力とキノコがある限り!」

「頼もしいんだけどねー……あなた並外れて仕事するから、かえって心配だわ……」


 元気に手を振るカルナに、オードリーは何か言いたげな表情をしつつ教会を去る。

 残されたカルナが考えなければならないこと。それは──


「まずは……今日のご飯か。キノコか野草を探さないと」






 石段に腰掛け直したカルナはふむむと考え込む。自分の今後の食事情を。

 あの給料で生き延びるためにも、自生しているキノコと野草で食いつなぐ必要がある。限られた食材での献立選びから、ふとカルナは現状を振り返る。

 寝不足や体調不全で身近な聖女たちがばたばたと倒れるなか、なぜかカルナは元気を維持している。オードリーにも言ったように「寝たら回復する」というやつで、過労の聖女に代わって仕事をすることもしばしば。


 だったら倒れた聖女に回復魔法でもかけてやれ、というわけにはいかない。


 回復魔法は、対象者自身の体力を引き換えに奇跡的な治癒を実現させるものだからだ。

 体力ゼロのものに迂闊うかつに回復魔法をほどこそうものなら、負傷者は衰弱死してしまう。

 回復魔法は万能ではない。それでも昨今は洞窟に巣食う魔物〈暴食魔グラトニー〉から現代文明のエネルギー資源・魔煌石まこうせきを命懸けで獲得するハンターの助けとして、現場での務めは増えている。


 その一方、聖女への負担が重すぎるのもまた現実だった。


 特別な力を授かった聖女たるもの、世と人のために尽くすべし──わかってはいるが、過酷な労働で倒れる聖女はここ最近増える一方。寝れば回復する元気さが異常の域にあるカルナが他の聖女たちに代わって動いているが……この身ひとつでは限度がある。


 分身魔法でも使えれば、なんて思うがそんな魔法は存在しないし。

 それに、聖女たちの労働環境という根本的な解決にはなっていないし。


 自分が元気に立ち回れているからいいという問題ではない。やっぱり他の聖女たちのためにも給料や休日を確保してほしい。将来を見据えてのお給金も大事だと思う。あと、きちんとご飯を食べる余裕もほしい。ご飯のメニューを増やしたいのだ。主菜副菜スープがキノコというのは味付けにも限界がある。チーズのトッピングとか付けられたらなぁ。


 お腹が減ってきたからか、結局ご飯のことを考え始めてしまう。

 だけど。仲間である聖女さんのためにも、もう少し働く環境を楽にできないだろうか。

 そんな労働者としての主張をしちゃったら……聖女失格なのかな。


「聖女のくせにって、クレーム来る、とか……?」


 カルナはぼんやりした目に人の往来を映しながら──ぽつりと、思う。



『──聖女はその使命感を利用され、搾取されているだけ──』



 オードリー先輩の別れ際の言葉がカルナの脳裏に刻まれていた。

 結局わたしの頑張りとやりがいは、先輩の言う「搾取されているだけ」なのかな。


 たとえそうだとしても。

 聖女の回復魔法が必要な現場があることはたしかなのに。


 わたしだけでなく、聖女たちがお仕事を健全に全うできるようにしたい。すでに過労者は多く、先輩のように教会を離れていく人も増えてしまう。なら……どうすれば。


「──カルナよ、そこにいたのですねっ」


 とそこに、教会から飛び出した老女の声が降ってきた。

 石段を見上げると、教会の聖女を取りまとめる聖女長せいじょちょうが立っている。


「緊急の聖女派遣依頼がもたらされました。急ぎ洞窟へ向かうのです!」

「洞窟……! ハンターさんの救助ですか」

「急ぐのです! 大型〈暴食魔グラトニー〉の猟獲りょうかくに手こずり負傷したハンターが多数出たとの伝達でした」

「! 今も狩猟中なんですか⁉」

「ええそうです。これは激熱ですよ! ハンターたちが多数負傷して緊急の聖女派遣、大物猟獲ともなれば教会への救助手当ても割高──稼ぎの確定条件は出そろっています! 逃す手はありません。お急ぎなさい!」

「了解ですっ」


 カルナは反射的に動き出した。当然のように半休は失われる。

 激熱だの確定だの、やたら力のこもった聖女長の言葉に急き立てられつつ、数十秒とかからず仕度を済ませ聖職者の目印・聖杖ペルティカを抱えて指定の洞窟現場へ駆け出していく。


「救助」と「回復」の言葉で使命感のスイッチが入る生粋きっすいの聖女──カルナは今日も労働現場へと風のように駆け向かう。


 かなしいかな、世間ではそんな彼女を社畜ともいう。

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