第7話 証明できる自分

通信制高校の入学許可が届いたのは、雨の朝だった。


封筒は思っていたより薄くて軽い。

なのに、開ける指は重かった。


「合格」の文字を見ても、飛び上がる気分にはならない。


ただ――

止まっていた時計が、また少し動き出す音がした。


生活は一気に忙しくなった。


昼は写真店。

夜はレポート。

週末はスクーリング。


全部、自分で選んだ道だから、「時間ない」は言い訳にならなくなった。


疲れた日は、投げ出したくなったけど、でも湊は助けなかった。

「やめる?」


その一言だけ。

「やめません」

そう言わせるための問いだと分かっていた。


甘やかされない環境は、残酷だし、ありがたかった。


***************************


半年後。

店での役割が変わった。


撮影担当のシフトが増えた。

指名も少しずつ入るようになった。


「前に撮ってもらって良かったので」

その言葉は、想像以上に優里亜の心に効いた。


人に必要とされる感覚は、依存とは違う。責任とセットで来るものだ。


湊が一枚のチラシを置いた。

「出してみな」


地域フォトコンテスト。

「無理です」

反射で言った。


「じゃあ無理のままね」

それ以上何も言わない。


押さない。

引かない。


湊はいつもそう。優里亜に選ばせるんだ。


優里亜は三日迷って、応募した。


テーマは――生活温度。

撮ったのは、朝の駅前でパンをかじる作業員の手元。


派手じゃない。けど、でも嘘がない写真だ。


結果は、準グランプリ。

一番じゃない。

でも、偶然でもない順位だった。


名前が掲示されたパネルを見ても、涙は出なかった。


代わりに、静かな確信があった。

もう、ゼロ地点には戻らない。


展示会場で、また健人に会った。

今度は向こうから近づいてきた。


「すごいな」

前と同じ言葉。

でも重みが違った。


「続いてるんだな」

評価が“過去”ではなく“現在”に向いていた。


「そう」

「頑張ったんだな」


その言葉に、少しだけ間を置いた。

「うん」

今度は迷わず言えた。


やり直したいとも、戻りたいとも思わなかった。

比べる必要がないから。


もう同じ土俵に立っていないからだ。


帰り道、湊に報告した。

「ふーん」

それだけだった。

「もっと喜びます?」

「仕事増える方が嬉しい」


現実的すぎて笑えた。

「でも」

珍しく言葉を足した。

「続けた結果だから価値がある」


それが最大評価だと分かった。


夜、ノートを開いた。

昔書いた一文が残っていた。


私はどこで間違えた?


その下に書き足した。

間違えた後で、どう動くかだった。


失恋も、退学も、優里亜の人生から消えはしない。


でも証明できる。

そこから積み直した時間は、誰にも奪えないと。


優里亜は次の撮影予約を確認した。

明日の被写体は、就職活動中の高校生だった。


「大丈夫ですよ」

そう言える側に、優里亜は、もう立っていた。

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優しさに戻る場所はない てつ @tone915

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