第8話 X68000

 前話でX1の思い出を書いたので、続けてX68000の思い出を。


 X1turboIIIを買った時点ではもう暫く頑張るつもりでしたが、職場のPC9801でMS-DOSと一太郎とか、ASCIIの書籍から入れたUNIX-Toolsの各コマンドやAWKも使ってました。こうなると、DISK-BASIC環境との差は大きく、一人で頑張るのはちょっと無理がありました。


 一番手っ取り早いのは、職場で使ってある程度慣れたPC9801の、中古で安いモデルを買うことですが、自分でプログラム組む際にセグメントの制限を意識しなくちゃいけないのは絶対に嫌だ、と思ってました。これもX68000が出る前だったら他に選択肢がないからとPC9801の旧機種、VMが出てE/F/M系列は大幅に安くなった頃に買う手もあったかも知れませんが。


 そして、新型で廉価版のX68000Proが出ると、新品の最低価格が下がるのに合わせて中古の相場も低下しました。大須の各店を覗いてみて、マイナーな店で4MBのRAMボードが中古で安く出ていました。定価は138000と非常に高いのですが、60000くらいだった気がします。せっかくメモリ空間の広い68000なのだから、8086の1MBを大きく超えるメモリが欲しい。そう考えて突撃しました。


 安い本体と1MB内蔵メモリ、モニタ、拡張バス用の4MBボードを、それぞれ別の店から最安値で買い揃えます。本体が中古なので添付OSのバージョンが古く、別売りのHuman68kの2.0も購入しました。同時に、電脳倶楽部というディスクマガジンも購読開始し、最初に届いた号が2枚組の特集号で、入っていたMicroEMACSには大変お世話になったという記憶があります。


 で、Human68kですが、FDのファイルシステムはMS-DOSと互換性のあるFATなものの、MS-DOSの未使用領域も名前に使えるような独自拡張がされていました。運用上の互換性のため、ファイル名で半角8文字、拡張子で3文字まではチェックしますが、それ以上の独自拡張分はチェックしない仕様でした。長い名前が使えるのは悪くありませんが、細かい所で面倒ではありました。


 そこに、Unix的なドット"."ではじまるファイルネームなども使えるようにするTwentyOneというドライバがありました。これは便利だったのですが、Human68k標準のファイル操作コマンドでは扱えないファイルが発生するため、TwentyOneに対応したUnixLikeToolsの使用が事実上の必須になります。私はむしろ大歓迎でした。


 標準搭載のX-BASICはC言語風な構文になっていて、ユニークで面白かったんですが余り使いませんでした。どちらかというと、バイト先などで使っているPC9801用のAWKとスクリプト共通で手抜きができるので、ちょっとしたの書くのに使ってました。X68000版はGnuのgawkだったような気がするけど、ドコで手に入れたんだっけ。あんまり記憶が残ってないなぁ。

 SHARP純正のCコンパイラも買いましたが、どちらかというと付属のCライブラリが目当てで、コンパイラ本体はgccを使ってました。ですが、あんまり使い込まなかったなぁ。できるだけスクリプトで書いたほうが遅くても可搬性が高いと気づいて、AWKで無理やり書いてた方が多かったかもしれない。大した物作らなかったけど。


 この時期、拡張スロット用4MBボードで合計6MBを搭載していましたが、そこから2-4MBをRAMDISKに切って、起動時にFDからRAMDISKに転送するようにAUTOEXEC.BATに書いてました。転送が終わるまで1分くらい掛かるので、テープ時代のX1と同じ『クリーンコンピュータ』だとお笑いネタにしていました。

 これが結構馬鹿にならなくて、転送後にRAMDISKに上で作業しているとFDのアクセス待ちが無いのでレスポンスが非常に良いのですよ。漢字変換のASKは余り賢くなかったですが、細かく区切ってRAM上の辞書で変換すればまぁ何とか実用かなと。


 効果が大きかったのはコンパイルですね。

 RAMDISKを大きめに切ってCコンパイラやライブラリ、ソースもRAMDISKに置いて実行すると、FD上で頑張るよりも遥かに快適でした。このCコンパイル用の起動FDが、普段使い用の起動FDと別だったのが、Cを使う頻度が下がった原因でもありますが。本格的に使うならHDDが必要でしたね。本体一式買って力尽きましたが。


 X68000で地味に活用したのがテキストファイルでメモ書く事でした。


 X1はテープで漢字ROMも積まなかったので日本語テキスト書く段階では無かったし、X1turboIIIは日本語テキスト表示機能はあったものの、X1から流用した200ラインモニタでは漢字表示は40文字x12行と少し苦しい。標準ではOSやテキストエディタは無いし、turbo専用の日本語CP/Mとかを買い揃える余裕はなかった。というより、既に発売されていたX68000が欲しくて仕方がなかった。


 代わりに、職場のPC9801で、一太郎のVer.3が文書を保存すると、テキストファイルと付加情報ファイルの二つになるのでテキストエディタ代わりに使っていました。当時はMifesとかが一般的だったんでしょうけど、そういうのを使う職場ではなかったので、有り物では一太郎が一番マシでした。ATOKは賢いし。


 元々、字を書くのが下手で苦手で嫌いでした。

 色々読むのは好きで、小中学校の読書感想文も文章考えるまでは苦にならなかったんですが、原稿用紙に文字書くのが苦痛でした。普段書かないから漢字は読めても書けない場合が多くて、原稿用紙のマス目に[かん][どう][し][た]とか書いて出したらもの凄く怒られました。

 漢字ネタだと、社会のテストで漢字で書くべき所を書かなかったら減点だと言われたので、回答が『アメリカ合衆国』で『衆』の字はどう書いたっけ?と悩んだ挙句、『U.S.A.』と書いて教師に負けた、と言わせた事もあります。えへん。


 脱線しました。

 という訳で、漢字変換で画面にキレイな文字が書けるのは、文章を考えるのは好きだけど文字を書くのは嫌いという自分にとって、魔法の機械でした。そして、職場のPC9801と一太郎+ATOKは非常に使いやすかったものの、画面が40字x25行で狭いんですよ。対してX68000は48文字x32行と広くなっています。特に行数が多いのが有り難くって、文章にしてもソースコードにしても、文脈がはるかに読みやすいのです。

 PC9801でも後に30行計画というCRTCイジって表示行数を増やす手もありました。これはモニタの追従限界に迫るもので、ドコまでイケるかは個体差によるシビアなものだったようです。身の回りに使用者がいなかったので詳細は分かりませんが。


 このあたりで、同級生にもユーザーがぼちぼち増えてきます。

 ある友人はゲーマー寄りのユーザーでした。割と裕福な家庭の子で、お小遣いも豊富でゲームも色々買うし、モデムや電話代の嵩むパソコン通信もバリバリにやってました。家の自室が友人たちのたまり場になっていた時期があって、ゲームやフリーソフトを持って来て、一緒に遊ぶ事が多かったですね。そういえばgccは彼に落として貰ったような記憶が。

 別の友人は、長いことMZ700で頑張ってましたが、ついに貯金を叩いて買うぞ、と決意しました。その時点で最新のXVIを新品フルセット約50万円で買いたいというので、中古の本体で安くすませて浮いた金でHDDを付けろ、と周囲の全員でアドバイスしたのですが、止められませんでした。後にHDDを買い足して使い初めて、ようやくアノ時のアドバイスの意味が分かった、と告白したりも。


 で、当時のX68000界隈だと、コピーユーザーが多かったのは否めませんね。

 私はゲームが下手で、すぐに終わってしまうのであんまり自分でプレイしなくなりました。ゲームを見るのは、コンピュータの性能を極限まで引き出すデモとして大変興味深いし好きなんですが、自分のウデではあまり見られないんですよ。なので、ゲーム好きで得意な友人のプレイを横から見るのがメインになっていきます。


 自分で使うのは、偽Unix的な環境で日本語テキスト書いたり、スクリプト書いてちょっとした処理をしたり、がメインになっていきます。

 この頃には、MINIX1.5がPC9801に移植されてましたかね?

 ちゃんとしたマルチタスクのUnixLikeOSが使えるのでもの凄く興味があったんですが、メモリモデルが64KB制限であるのを知って、MINIX用にPC9801を用意してまで使うのはちょっと無理だな、と断念しました。83年頃からのASCIIによるVAX/BSD洗脳の影響がここにも出ています。


 お金の制限がなければ、この時期にはSonyがNEWSを出していたんですけどね。

 社会人になったら、クルマ買うくらいのローンを組めば、NEWSが個人でも買えるかもしれない、なんて妄想していましたが。BSD系のUnixを搭載して、当時最先端のX11R4とか搭載してて。憧れましたねぇ。


 そして、SHARPがX68000用にSX-Windowを発売します。

 内部的にはMacOSに似た構造を持つ、なかなか興味深いシステムだったんですが、さすがにAceの68000-10MHzにHDD無しだと使うのは辛かった。買う前に知人に借りて動作確認したものの、見た目はリッチになるが操作感は悪化するので私には合わない、と断念します。


 この少し後に、Ko-Windowに出会います。

 これはSXよりもシンプルで軽い、アマチュア自作のWindowシステムで、ちょっとX11に似た印象のものでした。これのターミナルウィンドウがドットの少ない小さなフォントを利用することも出来て、結果としてテキストなどの表示行数が増えます。Ko-Window専用のMicroEMACSとかもあって、悪くない環境でした。

 Human68kの2.0でマルチタスク対応したと言うものの余り目立った活用はしていませんでしたが、Ko-Windowとあわせてbgdrvを用いる事で、かなりマルチタスクらしく使えるようにもなりました。ありがたいことです。


 ただ、ここに至ってまだHDDを買えていませんでした。

 安値のHDDを広告などで探しているものの、なかなか手が届きません。


 そうこうしているうちに、SHARPが新製品としてX68030を発売しました。

 これが残念なことに、CPUはMC68EC030というMMUを省いた廉価版が採用されていたのです。ソケットは互換なのでMC68030に差し替えればMMUを利用して仮想記憶も実現可能ですが、標準搭載されていないと一般には普及しづらい。後にNetBSDなどでは対応されますが、この時点では失望しかありませんでした。

 また、手元のX68000Aceに対し、本体丸ごと買い換える必要があるのはちょっと高くて手が届きませんでした。X1のテープ故障で苦しんだ経験もあり、本体一体式というのは大変だなという思いが積み重なっていきます。


 この頃は、既にPC9801でi386が徐々に広がり始めていました。

 富士通のTownsなどの例もあり、32BitリニアアドレスでMMUも搭載したパソコンが徐々に普及価格に下がり始めています。32Bitでマルチタスクで仮想記憶なUnixLikeOSが欲しい。そう思うとX68000系は色々高く付くな、と。


 ちょうどこの頃、IBM-PC互換機が雑誌記事などで紹介され始めます。

 386BSDやLinixなどが動くとなると、MINIXを躊躇していた私も、もうIntelx86でもいいか、と移行を真剣に考えるようになりました。


 普通の人?は、X68000というとゲームの思い出を期待するのかもしれませんが、私の場合はアレコレと脱線と迷走を繰り返していました。もう少し上手い選択肢もあったろうにと今なら思うんですが、これも懐かしい思い出です。

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