サブスクに並んだ元OL『私』の商品日記

ぽぽこぺぺ

第一章 ローズブロンドの茨の檻

『母乳が出る私』の遊園地デート①



 ゴトンゴトンと、台車が軋む音。

 空調の冷たい風と誰かの衣服が混ざった匂い。


 久しぶりに乗った、ただの通勤電車。


 思わず、溜息が一つ漏れる。

 こんな感じで、出社していたこともあったっけ。

 

 たった1年くらい前なのに、もう全てが変わってしまったな。



 ふと、電車のガラスを覗きこむ。

 

 白いブラウスに紺のロングスカート。

 カーディガンを軽く羽織って、寂し気な顔をした女性が一人。

 

 すらりと流れる黒いセミロングが微かに揺れている。


 変なところないよね。

 多分、大丈夫。



 朝、胸はいつも通りに搾ったはずなのに、もう少しだけ張ってきている。

 電車に揺さぶられるだけで、じんじんと熱が広がってしまう。

 どこかのタイミングでまた搾らないと。



 普段はマンションの1室で仕事をしている私。

 大分仕事に慣れてしまったせいか、呼び出されて外に行くことが次第に増えてきた。


 今日、指定されたのはいくつかの路線が合流しているターミナル駅。


 大きい改札口をくぐり抜けると、目印の時計塔の下には客らしき人物がもう既に立っていた。


 白いシャツに、ライトブラウンのチノパン。

 襟のついた薄いブルーのシャツ。


 不安そうな表情を浮かべたまま佇んでいたのは、清潔感のある、さわやかな若い男性だった。



「こんにちは。ユウト君ですか」

 私が声をかけると、彼は照れ臭そうにうなずいた。


「令さん、ですか?」

「はい! よろしくお願いしますね」


 彼は、はにかんだまま、少し複雑そうな顔をしている。

 年はおそらく、20前後。まだ10代かもしれない。それくらい幼さの残ったあどけない表情をしていた。


「え、えーっと」

 おそらく、デートもエスコートもそんなに経験が無いのだろう。

 彼は、歩き出すでもなく、行き先を決めるでもなく、ただ左右に首を振りながらキョロキョロしているばかりだった。


 ……かわいい。

 思わず笑みがこぼれてしまう。


「大丈夫ですよ。落ち着いて」

 私は、彼の体にそばに近づくと、そっと腕をとる。

「お昼の時間、近いから何か食べに行きませんか?」


 私が軽く笑って提案すると、彼はすぐにうなずいた。

 その表情はまるで、少年のように無邪気で、清らかで、私は心の奥底をくすぐられるような気持ちになった。



***



 今日は、昨日までの雨が嘘のように晴れていて、気持ちのいい日だった。


 風が吹くと、ほのかに海の香りがして心が弾む。

 歩くリズムに合わせて私の身体を押し付けると、彼の身体はたちまち金属のように固まって、私は何度も笑ってしまいそうになった。


 しばらく歩いてたどり着いたのは、ファミリーレストラン。

 いくつものチェーン店がある中で、少しだけソファが柔らかくて、お洒落な音楽がかかっていて、落ち着いて話ができるところ。


「ここ、穴場って実は知ってたんだよね」

 私は得意げに鼻を鳴らすと、大きい窓際のボックス席に腰かけた。

 彼は、まだ所在なげにそわそわして、あちこちに視線を動かしていた。


「ユウト君。緊張してるの?」

 私は思わず聞いてしまった。


「あんまり、デートとか慣れてなくって」

 彼は照れ臭そうに言っている。

「いつもと同じようで大丈夫。とりあえずさ、食べるもの決めようよ」


 彼が選んだのは「ハンバーグとエビフライのセット」

 私は「ごまタンタンメン」



 ぎこちない雰囲気のまま食事は進んで、お互いのお皿が片付いたころ、私は気になっていたことを思わず聞いてしまった。


「そういえばさ、1日貸し切りデートって結構大変だと思うんだけど大丈夫なの?」

 以前、私を2日間貸し切りにした人は信じられない豪邸に住んでいた。

 ほんのちょっとのポイントで依頼できるものではなかったはず。 


 ユウト君は恥ずかしそうに笑うと、少しずつ話し始めた。


「父親が大学に入った記念に、童貞くらい捨てておけ、って勝手に登録しちゃったんですよ」

 苦笑いをしたまま彼は話し続ける。


「Cランク? っていう人達のリストを見てたんだけど、あんまり乗り気はしなくって」

 少し申し訳なさそうな顔をしている。


 きっと優しい子なんだと思う。


「3カ月くらい放置してたら、なんかポイントが溜まってBランクの人が選べるようになってて」


「それで、令さんを見たとき、すごく会ってみたいな、って思ったんです」


 そして恥ずかしそうに彼は言った。

「僕、父子家庭で。生まれたころから母親のこと知らなくて」

「もしお母さんがいたなら、こんな人がいいなって」


 私は一瞬……ぽかんとしてしまった。

 口が全開だったかもしれない。


 そして、詰めるような声色が口から漏れてしまった。


「ちょっと待ってよ! 私がお母さんって。そんなに年は離れていないはずなのに!」

 怒ったような表情をしてみる。


「あ、いや、別にその、悪い意味じゃなくて、あのなんか安心するっていうか」

 慌てて取り繕う彼。


 ……すごくかわいい。


「ちょっと、まずユウトくんはまず何歳なの」

 意地悪く聞いてみる。

「19歳……です」

 彼はぽつりと言う。


「私とちょっとしか、離れてないよちょっとしか!」

 7歳差。こんなのほぼ誤差だよね。


「令さんは何歳なんですか?」

 ちょっと! それはNGでしょ!


「18歳に決まってるでしょうに」

 ふくれっ面になって、私は返すしかない。


「ってことは高校卒業したばかりですか!?」


 真に受けないでよ! もう! と叫びたくなる。

「26だよ! お母さんじゃなくてお姉さまって呼んでよね」

「あっ……はい……お姉さま」


 真に受けるなって言ってるのに!

「普通でいいよ! もう!」

「あっ……ごめんなさい」


 はぁ……とため息を大きく吐くと、思わずふふっと笑ってしまった。

「ユウト君、おもしろいね」

「そ、そうですか?友達にはつまらないって、よく言われます」

「私は好きだよ。今日は時間いっぱいあるから、たくさん遊ぼうね」


 ユウト君は少しはにかむように笑って「はい」とかわいく答えた。



***



「ぎゃあああ、何これえええ! やばああーい!」


 湾岸エリアの片隅にあった小さな遊園地。

 決して大きいわけではないピンク色の可愛いレール。それとは対照的に、上下左右に体を揺さぶられる激しい動きに、私は何度も絶叫していた。


「鼻水もよだれも出ちゃった。後ろの人に飛んでたらどうしよう」

と、言ってしまうとユウト君は少し笑った


「そんなに怖くなかったですよ。興奮しすぎじゃないですか」


「楽しかったんだよ! ねえ、次はあれに乗ろうよ」

 彼の腕を引っ張って、左右に大きく揺れる海賊船に乗り込んでいく。


 私はまた、我を忘れて何度も絶叫して、ありとあらゆる体液を顔から弾き飛ばすと、なんともいえない爽快な気持ちになった。



 最後に乗ったのは多分、6、7年くらい前。高校時代の同級生達と。

 それこそユウト君の年齢の頃だった。


 みんなキラキラ輝く新しい大学生活を語り合っている中で、私の感情はどんどんモノクロに濁っていって、何にも感じなかったのを覚えている。


 でも今は「すごく楽しいね」と笑い、彼の肘を掴み、何度も何度も身体を寄せ付けてしまう。そして不思議なことに、今、この瞬間はあらゆるものが鮮やかに色づいて見える。


 彼の身体のこわばりも少しずつ抜けてきて、体の温かさを、肌の柔らかさを、少しずつ感じられるようになってきている。


「ユウト君は楽しい?」

 私はふっと聞いてみた。


「前、同級生と来た時は、まあ普通かなって感じだったんですけど」

 彼は照れ臭そうに言う。

「はしゃぎ回る令さんが可愛くて、楽しいです」


 ぎゅっと心臓が止まりかけた。

 私は、何も答えないまま、彼の腕にぐいっと体重をかける。


「ちょ、ちょっと……重いです」


 私は何も答えない。


 もっと重くしてやるんだ、と意地悪く更に体重をかけてやった。




***


 次回、後編!

 母乳×童貞デート、いよいよ最高潮!


***





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