境界の運び人――今日も人形と終末を往く

幸阪静

第0章 プロローグ

ウエノ攻防戦

 上野駅が飛んできた。


 バットで打ち返したいほどの速度のそれを、両手で掴み、体ごとくるりと横に一回転。私が投げ返した看板上野駅は、真っ二つに割れ左右に分離し地に落ちる。


 正面には正拳突きによる器物破損罪に問えそうな男が一人。不気味に光る緑の瞳で油断なく私を捕らえていた。目が合うと、不敵そうに口を歪め、輪郭がブレたかと思うと瞬きの間に距離を詰められた。


 突進めいた肘鉄を体勢を低くしながら左腕で払いのける。そのままスーツの袖口を掴み、もう片腕で男の脇を極め、体ごと巻き込むようにして一本背負い。相手の勢いを利用した高速カウンター。

 意識するよりも先に、脊髄反射で男の身体を叩きつけていた。


 朽ち果てているアスファルトが破片をまき散らし、土埃が舞う。

 土埃の中から唐突に生えた男の腕が、私の首を掴んで締め上げる。地から足が離れ、片手一本で持ち上げられてしまった。


「このまま絞め殺してやる」


 リンゴ二つくらいは砕けてしまいそうな圧力を首に感じる。男は勝利を確信したかのように私を見上げていたが、数秒もすると眉をひそめた。


「お前……人間じゃないな?」


 ほお、面白いことをいう。


「看板を投げ返せるのが、人間だと思ってたの? どー考えても無理でしょ。教えてやろう。人間は、看板投げない、首絞められたら喋れない、足癖そこまで悪くないっ!」


 膝で男の顎をかち上げた。いい終わる前に膝蹴りを放ったのは、少しだけずるをした気分だった。不意を突いたこともあり、首を掴んでいた手から解放される。


 私ののあちらこちらには、エネルギーを噴射する機構が備わっている。

 イメージ的には、電動アシスト付き自転車みたいな、ようするに力を補助してくれるような機能。


 男は私の頭上数メートルのところに打ち上げられた。地に落ちるを待たずして、電動アシスト全開の回転蹴りでぶっ飛ばす。


 サッカーボールよろしく十メートル以上水平に飛んで、横の建物へと突っ込んだ。

 老朽化著しいこともあり、壁で止まらずに内部まで呑み込まれ、姿が見えなくなった。


 建造されてから三百年余り、永らく時の猛攻を耐えていた偉大な人類の技術は、砲弾めいた男の衝撃でついに音を上げた。

 地鳴りとともに鉄筋がむき出しになり、建造物は瓦礫の山へと姿をみるみる変えていく。


 がらがらと派手な倒壊が終わって、辺りはしんと静まりかえった。


「……電動アシストっていうレベルじゃないかも」


 遥か昔に訪れたことのあった喫茶店。それを、私が建物ごと破壊することになるとは思いもしなかった。思い出が一つ消えてしまったような悲しさを感じる。悪いの私だけど。


「なんだ今の音は?」


 背後から、寝ぼけた声がした。


「ん。おはよう」


 挨拶をしながら振り返ると、地面に寝かせていた若い男が一人。上体を起こして伸びをする。

 彼に被害が及ばないように戦うのは地味に気を遣った。


 本来、駅看板なんて投げつけられたらジャンプして避けるのが正解だ。でもそうすると、この男は今頃ぺしゃんこである。


「悪い、いつの間にか熟睡してたみたいだな。……なんで外にいるんだ?」


 そんなこっちの気苦労など微塵も気づいていない様子で、のんきに立ち上がる彼を、少しくらい睨んでも罰は当たるまい。

 届け、この思い。


「機嫌悪そうだけど、なにかあ……なんで遺跡が瓦礫になってんだ?」


 私の思いは届かなかったらしー。

 辺りをさっと見渡した彼の視線は、生まれたてでまだ破片が流れている元喫茶店で止まった。


「色々あった」


 説明、めんどい。


「色々って?」


「んー。ちょっとサッカーを少々?」


「サッカーってなんだ?」


 うん、やっぱり説明、めんどい。この時代の人間はサッカーすら知らないのか。私もオフサイドとかよくわからないけれど。


「そうだなあ。わかりやすくいうなら――」


 なんとか噛み砕いて説明するための言葉を探していると、男は急に私を押し倒した。発情期かこいつ。


 ビンタの一つでもくれてやろうと構えたところで、私の視界いっぱいに緑の光が走っていった。

 光の行く先にあった塀がぽっかりと切り取られるようにして破砕される。


「色々理解した。サッカーってのは、ようするにマジンと戦うって意味だな」


 男は私の上から退いて立ち上がり、敵を鋭く睨んだ。差し伸べられた手を取って、私も立ち上がる。


「もうそれでいい」今はそんなことよりも、緑色の瞳をしたビームマンをなんとかするほうが先決だ。


 高級そうなスーツの埃を叩き落としながら、私達を見降ろしている。


 直感的にわかってはいたけれど、やはり先ほどまでの打撃はあまり効いてはいなさそうだ。

 ただ、全くのノーダメージというわけにもいかないのか、口元には血糊を拭った跡がある。姿勢も直立というよりはやや前傾姿勢だ。

 普通の人間なら、すでに頭蓋骨や背骨を損傷して再起不能になるだろう手応えだっただけに、その頑強さには少し辟易へきえきする。


 男の周囲には手のひらサイズの緑の光がいくつも収束していくのが見えた。まるで弾丸をリロードするかのように。


「少々、侮っていた。……そうか、お前がMRDというやつだな?」


 照準を定めるかのように、緑の光はぴたりと動きを止めた。


「あれ、なんとかできるか?」隣に立つ彼から、愚問が投げかけれる。


「なんとかできていたから、あのカフェは倒産したん」


「古代英語を交えて話すのはやめてくれ、わかりづらい」


「オッケー」


 苦虫を噛み潰したような表情の彼を見て溜飲が下がった。人が必死に守ってあげていたというのに夢の中にいたのだから、それくらいの仕返しはいいだろう。


「来るぞっ!」


 緑の光弾は私達に向かって破壊の軌道を描いている。そんな単調な攻撃に当たってあげるほど優しくはない。

 直線上から身を捻り、軽くやり過ごす。


 ――そのはずだった。


 光弾は軌道を変え、鋭角に曲がる。

 ああ……これ、避けられないや。


 緑の光は、私の体を貫いていった。










――――――――――――――――――――

この直後の話は 『第3話 理由』に繋がります。

前日譚を飛ばす場合はそちらからお読みください。


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