アラタ

六塔掌月

第一部 前篇

私の名はアラタ。死刑執行人を生業なりわいとしている。私は日本に生まれ二十歳でこの職について以来、九年間で七人の命をほふってきた。


私は都内のマンションから出かけて駅に向かい、新幹線に乗って東北の処刑場に向かう。控室ひかえしつで私は仮面をかぶり、制服に着替えて、刑務官から呼ばれるのを待つ。そのころ同じ処刑場の別の控室では、囚人が最後の時を過ごしている。私は女性を処する専門の執行人だから、必然的に相手取る囚人は女性となる。女の死刑囚はこの日だけはどんな服でも化粧でも身につけることを許される。取り寄せた服を着て、渡された化粧品を顔にほどこし、髪型をととのえて、彼女は死出の旅に出立しゅったつするのだ。


囚人は大勢の見物人の前で自分を披露ひろうし、いよいよ金属製の器具に体を固定される。そこで首にかからないよう刑務官の手によって囚人の髪の毛が切られ、すべての準備をととのえてもらったところに、私が登場する。標的めがけて一気に斧を振り下ろすのだ。女の首は落ちて血が飛び散り、見物人たちは一斉にため息をもらす。


それが私の仕事だ。


☨☨

 

ハルという女とは、都内の喫茶店で開かれたささやかな読書会で出会った。インターネットで知り合った五人の男女が集まり、持ち寄った日本の詩人の作品をそれぞれが朗読して聞かせ合った。私はそこで有名な詩人のものをいくつか読み上げたのちに、ひとつだけ自作の詩を朗読した。


するとハルもそれに触発されたように自分でつくった詩を読み上げた。それは通りすがる街の景色を目に映るままに描写した作品で、即物的であるにもかかわらず作者のものをとらえる目がユニークであったから、優れて物語が感じられるものになっていた。


五人での集まりが終わり解散しても、私とハルだけは場所を変えて話を続けた。私はハルがつくったという他の詩も読ませてもらったが、それらはいずれも出来がよかったので、くりかえし私は彼女のことをめたたえた。

 

私とハルはその日のうちにホテルへいき、幾度いくども交わった。


事が終わり、穏やかな時間がおとずれて、我々はベッドに並んで横たわった。私はハルの裸の肩をなでながら素敵な体験の余韻よいんにひたっていた。彼女は髪の長い、痩せた、二十代半ばに見える美しい女だった。


そこでハルは昔から〝両腕のない女〟についてよく考える、と打ち明けた。


〝両腕のない女〟には両腕がない。正確には肩は残されており、そこから先がない。我々はその女が立って歩いているところを眺めるだけで、ある種の感銘に打たれてしまう。人間は普通歩くだけでも腕を上手に使って体のバランスを取っているという、人体に関する素朴な真理を我々は教わることになるのだ。〝両腕のない女〟は体の平衡へいこうを崩さないようにぴたりと上体を垂直に固定して、慎重に歩を進める。どんなときでもゆっくりと前へ進む。また、残された肩で上手にバランスを取りながら、左へ右へ方向転換をする。


ハルはホテルの室内で実際にその歩き方の真似をしてみせた。もちろんハルには両腕がある。けれどもそれは両腕のない不自由な、しかし器用な歩き方を連想させる動きだった。これもパントマイムの一種なのだろうか、と私は思った。もっともそれは存在しないものをまるで見えているかのように浮き立たせる演技というよりは、実在しているものを忘れさせる演技と言えた。


「どうしてそんなことができるの」


私が聞くと、練習したから、とハルは答えた。高校生のころ、放課後に友達に頼んで両腕を縛ってもらい、さまざまな動作をこころみたと言う。


私が無言でいるとハルは何かを察したのか、いじめじゃないよ、と言った。ハルは演劇部の友達と一緒にそれをやったらしい。彼女たちには別に何かの劇に出る予定があったわけでもなく、芸として披露するつもりもまったくなかった。それはただ純粋な知的好奇心の下におこなわれた探究だった。


ハルとその友達はまず、両手をがっちりと腰の後ろに固定するような縛り方を学ぶところから事を始めた。丈夫なロープを探し求め、店に足を運んで検分して買った。代金はもちろん半分ずつ出し合った。インターネットで縛り方を調査し、実際に相手にそれを施した。ハルの考えでは、わずかでも両手を動かすことができてはならない。そうしたら体のバランスの取り方に影響を及ぼすからだ。〝両腕のない女〟はあくまでも肩でのみ、歩行の際に平衡をつくるのだ。


有名な俳優が盲目の元軍人を演じた映画を私は思い浮かべたので、それを話題に挙げた。映画の中で、まるで彼は本当に目が見えていないかのように振る舞ったものだ。あまりにも自然な振る舞いであるため、観ていると、我々はそれが演技であるという事実を忘れてしまうのだった。


さて、縛り方を理解したあとは実際に修練が始められた。まず二人はただ歩くことに集中した。片方が縛られた状態で自宅の周辺や公園を歩く。もう一方はそれを後ろからついて歩き、観察する。場合によってはスマートフォンで動画を撮影する。あとでどんな動作をしていたかを振り返るためだ。不審に思った大人よりたずねられたら、これは部活の劇の練習であると嘘をついて切り抜けた。


やがて二人は自由に歩けるようになった。前へ進み、横へ曲がり、階段を昇り降りし、また立ち止まることができるようになった。次に何をすべきかを二人は決めようと思った。〝両腕のない女〟の生活についてハルは想像した。女もやっぱり普通の人と同じようにものを食べ、本を読み、夜になれば眠りにつくのではないか。


ならば次は立ち上がることだ、とハルは友達に宣言した。のっぺりと床に同化するように横たわっている状態から体を起こし、二本の脚のみで立ち上がること。それができなければ生活は不可能だ。


そこで私はたずねてみた。義手というものはないのかと。ハルはその問いに強く首を横に振った。〝両腕のない女〟は何百年も昔の人間で、人里から離れたところで生活しているから、義手などはないのだ。仮に義手をつくる職人がたずねてきたとしても、女はそれを拒否したことだろう。なぜなら女は一種の犠牲であり、神であったからだ。女は十四歳になったときに親から両腕を切断されて放逐ほうちくされた。それ以来ずっと森で暮らしている。〝両腕のない女〟はある意味においては確かに必要とされている。〝排斥はいせきされた者〟として村から求められているのだ。


そこまで話したところで二人とも眠くなった。私とハルは明かりを消し、布団をかぶって就寝した。


翌朝、我々はホテルのカフェで軽い食事をとってから別れた。連絡先はすでに交換してあった。


私はひとりで都内を散歩した。ホテルを出て最寄りの駅から東京駅に移動する。都内の小さな美術館まで歩き、中に入った。そこは赤煉瓦あかれんがを組んだ美しい壁と、縦に細長い窓の並んだ印象的な建物だった。展覧会が開かれていて、海外の有名な美術館からやってきた印象派の絵やゴッホの絵がそこに並んでいた。ゴッホの絵は迫力があっていい。実物と画集とでそれぞれに違った良さがある。シスレーの絵は、なぜだか私にとっては見るときどきによって印象が違う。良いと思うこともあるし、無個性なつまらない絵だと感じることもある。今日はつまらない方だった。でも全体としては展覧会は私の目を存分に楽しませてくれた。


私は隣にある中庭に移り、適当なところに座って道ゆく人たちを眺めた。樹々の葉と、こずえの落とす、まだら模様の光陰こういんが私の心を休ませてくれた。季節は二月の後半でまだ肌寒かったが、太陽の光は温かった。


近くのビルに入り、そこの二階のフランス料理店に入った。席は空いていたのですぐに案内された。私は適当なランチのコースを頼んでからスマートフォンを眺めた。


食事を終えるとレストランを出た。私はしばらくその周辺をぶらついたあと、また東京駅に戻って列車に乗り、電気街へと移動した。駅前にある大型の家電量販店に入り、腕時計のコーナーをたずねる。私の好みは華美な装飾のものではなく、シンプルで優美なデザインだった。流れる時間にしたがって、まどかな時計盤の上を悠然ゆうぜんと回る針。完成された狭い額縁がくぶちの中で、絵はわずかな運動を伴ってみずからを映し出している。私はよっぽど欲しいと思ったが、何も買わずに自宅に帰ることにした。経済的に困ってはいなかったが、散財する癖がついてしまうのもよくないと思った。


処刑人の生活はこのように気ままなものだ。数百年前からあるその仕事はさまざまな歴史的経緯や厳しい試練に耐え抜いて、現在まで存続している。今、日本でこの職についている者は全部で四人いた。ただ死刑になる者は少ないのでなかなか仕事は回ってこない。だから私がやるべきことと言えば体を鍛えておくことと、国が用意した施設に定期的におもむいて斧を振るう練習をすることだけだった。他に義務と呼べるものは一切ないので、私はいつも暇をしていた。当日に執行を知らされる刑務官とは違い、処刑人だけは被告人の死刑が確定してからすぐに担当のしらせを受ける。つまり執行までに猶予ゆうよがあるので、我々は日本のどこに住んでいてもよい身分だった。現実には私は都内のマンションに居を構えていた。


私は様々な機会をとらえてできる限りガールフレンドをつくるようにしていた。綺麗な女の人は好きだし、彼女たちと会って話をすると気持ちが浮き立つ。でも今は頻繁ひんぱんに会うような仲の相手がいなかった。長続きしたためしがないのだ。


だから私の頭はハルのことで占められていた。


☨☨

 

私の今の文学的テーマは視覚ということなんだ、と私はハルに語った。我々は前に泊まったホテルに再び部屋を取り、裸でベッドに寝転んでいるところだった。


「視覚」


「たとえばディケンズという作家は階段を徐々に上がってくるひとの様子を次のように描写したんだ」


私はそのために持ってきていた本を手に取り、開いて読み上げた。


「ポケット二世君の『すぐ』という概念は、わたしの『すぐ』という概念とはちがっていた。というのは、わたしは三十分あまりも外をながめ、窓のひとつひとつのガラスのほこりに自分の名をなんども書いて、もうすこしで気がれそうになったとき、やっと階段に足音がしてきたからである。やがて、わたしの眼のまえに帽子があらわれ、首があらわれ、えり巻きがあらわれ、チョッキとズボンと靴があらわれ、ついにわたしとほぼおなじ身分の社会の一員があらわれた」


ハルは言った。「面白い」


「ディケンズはいつもふざけてるんだ。常にユーモアを織り交ぜる機会をうかがっている。彼はこうした描写が実に上手いんだ。そのスタイルはプルーストという作家にも引き継がれている」


ハルが可愛らしく首を傾げたので、私は説明した。


「彼の小説の主人公は恋人のアルベルチーヌにキスをする。そこでプルーストは徐々に自分の顔が相手の顔に近づいていく過程を描いた。その間に恋人の顔は視界の中ですこしずつ映像を変えていくだろう。彼はその接近の間に『十人のアルベルチーヌを見た』というのさ」


するとハルは何も言わずに私の上体をベッドに押し倒して、自分の腰まである長い髪をかきあげ、すべてを私の顔の脇に降ろした。つややかな髪が滝のように降りかかり、外と内を区切る漆黒しっこくの壁となって私とハルの顔を内部に閉じ込めた。二人とも何も言わなかった。髪でできたうるわしいドームの天蓋てんがいにはハルがいて、底には私がいてお互いを見つめていた。閉ざされた世界の中で二つのくちびるは徐々に近づいていき、やがてきっぱりと結び合わされた。


「どう? 十人の私が見えたかしら」


ハルがそう言うので私は笑って返した。十人が十人とも、みんな綺麗だったよ。


〝両腕のない女〟の話になった。腕を使わずに起き上がる方法や、物を食べたり酒を飲んだりする方法についてハルは語った。


「彼女は足の指で陶器のふちをつかむ」


ハルがそう言うので私はその姿を想像してみた。ひとりの女が床にじかに座り込み、あぐらをかいている。彼女は足とその指を器用にあやつってさかずきをつかみ、酒を飲む。


「それはきっとくぼみがすこし深いだけの、平らな皿のような形状をしているんだろうね」


ハルはうなずいた。そうでないとつかみにくいはずだ。


しかし、つかんだ杯をどうやって口元まで運ぶのだろうか。私の疑問にハルは実践で応えてくれた。彼女はベッドから抜け出して床に座りこみ、あぐらをかいた。ハルはかがみこんで頭を下げると、右足を器用に持ち上げて足の指先を自分の頬につけた。


「体がとても柔軟じゅうなんだ」


私が驚きめたたえると、ハルはまたベッドに戻ってきて横に並んでくれた。


やはりその女はひとりで酒盛りをするのだろうか、と私が問うと、ハルは私の手に自分の手を重ねてきて言った。


「〝両腕のない女〟はいつもひとりなの」


森の奥の家にいつもひとりでいる。


それからハルは押し黙ってぼうっとしてしまった。たぶん両腕のない女について何か考えているのだろう、と私ははかった。それか、学生時代に演劇部の友達との間であったことを。私はハルをそっと抱き寄せた。ハルがものを考える邪魔をしたくはなかったので、自分も黙っていた。それは決して悪い気分ではなかった。好きな女が自分の保護の下に安心して思考にふけっているところを眺め、また体を寄せ合っているのは。


我々はやがてもう一度交わってから眠りについた。


☨☨

 

翌朝、我々は目覚めてから部屋で水を飲み、ホテルを出た。私がデートに誘うとハルは了承してくれた。


我々は最寄りの駅から目的地の駅へ移動した。降りた駅の近くには個人経営の小さなコーヒーショップがあり、自家焙煎じかばいせんをしたさまざまなコーヒー豆が売られていた。その中は喫茶店にもなっていて、ホットプレスをした色んな種類のサンドイッチが食べられるのだった。我々はアイスコーヒーとともにチーズとハムをサンドしたものを食べた。


それからバス停でバスに乗って、植物園に向かった。途中で母娘おやこがバスに乗り込んできて、娘が英語で何かを言い、母親の方が日本語と英語でそれに答えていた。たぶん英会話の勉強を復習していたのだろう。仲のよさそうな母娘に見えた。


我々は植物園の前でバスを降りて、チケットを二人分買って中へと入った。入って左手のすぐのところに建物があった。疲れたらいつでもここに戻ってきて休めるからそう言ってね、と私はハルに伝えた。彼女はうなずいた。


奥へと進んで梅が集まっている一角をおとずれた。どの木も花開いていて、まるで楽園のような素晴らしい光景が見られた。梅の花の色はさまざまだった。濃い紅色のものもあれば薄いピンクの花もあり、真っ白な梅もあった。


桃色の花弁をいくつも重ね合わせて優雅に広げた花が、等間隔に並んでいる枝を我々は発見した。それを写真にとって二人で共有した。その枝には中央のめしべが、生まれてきたことを言祝ことほぐように黄色い腕を外へと伸ばしているものあれば、まだ完全な開花にはいたっておらず、面紗めんしゃのような花弁が芯を守るように全体を半分閉ざしているものもあった。私は先ほどバスで見た母娘のことを思い出した。美しさを誇る成熟した女性と、照れて顔をかくす幼い少女を連想した。


ハルの真っ黒で豊かな毛髪は、陽光と、埋もれるほどの花の中でとても映えて見えた。睫毛まつげは長く、上を向いている。それとふっくらとした涙袋がハルの瞳の美しさを支えていた。私がその顔に見惚れていると、ハルは目をこちらに向けて、視線だけで何の用かとたずねてきた。


ここにある花を全部あなたに贈ることができたらいいのにな、と私はハルに語った。何を馬鹿なことを言ってるのかしら、と彼女は答えた。私は笑って言った。それだけ今のあなたは魅力的なんだ。


ハルは表情を変えなかったが、その視線は泳いでいた。私はその肩を抱き寄せたが、こばまれなかったところを見ると、たぶん彼女は照れているだけなのだと思う。


我々はしばらく植物園を歩いたあと、最初に案内した建物で休み、またバスで駅に戻った。


道中で、次はどこへいこうかと、ハルに相談した。何かあなたに贈り物をしたいな、と私は言った。ハルは遠慮したが、私はどうしてもと頼み込んだ。私はけっこうお金持ちなんだよ。お金の使い道に困っているぐらいなんだ。


「服以外なら」


仕方ないというようすでハルは言った。たぶんまだ二人の仲はそこまでではない、ということなんだろう。アクセサリーならいいかな、と私が言うとハルはうなずいてくれた。


それで私が銀座にある腕時計の専門店にいこうと言い出すと、ハルは嫌そうな顔をした。正確にはハルはまったく表情を動かさなかったのだが、視線の向きと沈黙で拒否の気配が伝わってきた。私は慌てて電気街の家電量販店にすると訂正した。あそこは雑然としていて、誰でも入れるような気楽な場所なんだよ。けっこう品ぞろえもいいし。


「ならそこにいきましょう」


☨☨

 

現代日本において処刑人がどのように選定されるのか、その正式な手続きを私は知らない。いずれにせよはっきりしているのは、私の親が何者かから依頼され、それを引き受けて自分の末子を次代の殺し屋に選んだことだ。


私には両親と、歳の近い兄と姉がいた。だが我々は家屋を分けて育てられた。私は七歳のときに離れに置かれるようになり、父やきょうだいと面会する際は仮面を取り付けることを要求されるようになった。


他者との身体的接触は厳しく禁じられた。すなわち私の手はけがれたものになった。禁をやぶって他者の衣服にさわってしまった場合は、それは何としても焼かねばならぬものとして取り扱われた。このおきては手にふれる他の多くのものにも適用されて、たとえば食器などは一週間ごとにすべてが庭先で砕かれ、近くの山に捨てられることになった。穢れが蓄積し、呪物じゅぶつとして力を得るのを防ぐためだと私は親から聞かされた。


父親から体を鍛えられ、刃物の扱い方や斧の振り方を指南された。私は人間の体の構造について詳しい教えを受け、骨格に関する知識を深めた。すべては刑の執行のために必要なことだった。私は彼の前では仮面をつけたし、また彼も私と対するときは仮面をつけていた。そのような事態が十年以上もつづくうちに、やがて私は父の素顔をも忘れていった。


母親とは月に一度面会を許された。母の前でだけは私は仮面を外してもよいのだった。というより、まったくの裸であることを私は強制された。顔も乳房も性器もき出しのまま、私は五メートルていどの距離を置いて母と対面させられた。それ以上近づいてはならないという決まりだった。母は常に私に優しかった。柔和にゅうわな笑顔を見せ、私の体を気遣い、いつでもはげましてくれた。彼女の優しさだけを頼りに、私は毎日を耐え忍んでいた。


学校にはいかなかった。だから一般常識も入念に教えられた。そのための教師が派遣されてきて、他者との接し方や、バスや電車の乗り方や、金銭にまつわる知識などを丁寧に教えてくれた。


処刑人になるには法律の知識も必要だった。そこでやはり法律に長けた者たちが送られてきて、私に教えを授けた。私は母の笑顔を想いながら懸命に勉強した。


十八歳のときに私は手術を受けさせられ、月経を奪われた。したがって私が今後の人生で子供を産むことは決してない。


二十歳になった。私は故郷を出て都会にいき、試験を受け、合格の報せを受け取り、意気揚々と実家に帰った。これで父も仮面を取ってくれる。お母さんとも服を着て対面できる。母は合格を祝い、娘のことを強く抱きしめてくれるはずだ。だってそのために私は今まで色んなことを我慢して、頑張ってきたのだから。お母さん!


違った。帰ってきた敷地には誰の気配もなかった。私はおそるおそる許可なしに本屋に上がったが、そこにあったのは居間のテーブルの上に置かれたひとつのメモ書きでしかなかった。そこには「もう二度と我々家族がお前に会うことはない」と明記されていた。彼らは引っ越し、この土地を去る。移る先が私に知らされることはない。メモ書きの最後には「仕事に励め」と父親らしき筆跡で一文が置かれ、結ばれていた。


それ以来私は仕事に実直に励んでいる。任されたいずれの斬首も手抜かりなく執行してきた。私生活も乱れていない。睡眠時間はいつも長く確保され、食事は適切な栄養バランスが保たれ、ジムへといき体を鍛えている。給料は多いので気晴らしに散財することもあるが、基本的にはほとんどが手つかずのまま銀行口座に蓄えられていた。そしてインターネットで知り合った女の人と会い、セックスをする。


尾形おがた阿羅多あらたは二十九歳の善良な日本人として毎日を生きていた。


☨☨

 

私とハルは逢瀬おうせをくりかえした。我々は一週間に一度は会って遊びに出かけた。映画を見ることもあれば動物園や水族館に足を運ぶこともあった。贈り物は腕時計のようなアクセサリや本に限られたが、ハルは喜んでくれた。また、都内の大型書店とその隣にあるカフェの間を一日に何度も往復して買い物をすることもあった。本を探し求めて一緒にふらつき、歩き疲れたらカフェをたずね、休んだら再び本屋に戻ることをくりかえした。もちろん夜は食事のあとに肌を重ねた。濃密な一日。素敵な体験だ。


会うのは平日が多かった。ハルはもしかしたら働いていないのかもしれない。何にせよ仕事のことが二人の間で話題に挙がることはなかった。いつでも好きなものや趣味について話すか、話をしてないときはキスをして口をふさいでいた。


〝両腕のない女〟についてもよく話をした。夜間にベッドの上でのみ、その話は語られるのだった。


〝両腕のない女〟は喉が渇いたときは森の中を流れる小川の水を口に含む。女は屈みこみ、頭を水面に近づける。そのとき倒れて小川に体を突っ込まないように、体のバランスはしかと保たれる。女は実のところかなりの筋肉を備えているのだ。すなわち下半身の踏ん張りが利くので、前のめりになりすぎて川に落ちることはない。


ハルは高校生のころに演劇部の友達と実際にジムに通い、体を鍛えた。彼女たちは腹筋と背筋と、脚の筋肉を念入りに鍛えた。ハルはバレエを踊っている人のように膝から下の筋肉が盛り上がっていたが、それは若いころにつくり上げたものらしい。ハルはホテルの階段の上で実際にその「小川に顔を突っ込む」演技をしてみせた。両膝を床につき、両手を背中に回して組む。そして首を前方の下に突き出す。前のめりになっても、そばから見ていて不安感を抱くことがないくらいに、ハルの姿勢はしっかりと保たれていた。彼女は口を開けて喉を鳴らし、水を飲む演技までしてみせた。最後に首を元の位置に戻し、再び立ち上がる。


よくできたものだ。しかし私は安易に褒めることはしなかった。ただそばでうなずき、一言添えて、自分がちゃんと見守っているということをハルに伝えただけだった。なぜならその演技は気軽に「素晴らしい」とか「よくできるね」とか言われることを拒んでいるように見えたからだ。そこにあるのは思春期の女の子だけが持っているはずの、傷ついた焦燥と、混乱と、切望を含んだ心の再現だった。おそらくかつてのハルは心の中の嵐をしずめるために、そのような架空の物語と人物を必要としたのだ。たぶんそれは演劇部の友達にも共感を引き起こすものだった。二人はタッグを組んで物語を構築し、現実にもその一部を実現させたのだ。泣いてばかりいた十代のころの私とは違う。


〝両腕のない女〟は、酒を飲むときは森の家でひとりで飲む。ハルはその動作を再現するために動画の配信サイトで柔軟性を上げるためのトレーニング動画を観て、勉強し、取り組んだ。器具は必要ないので、その体操は自室か友達の家で二人でやった。それでハルは足の裏を自分の顔につけられるまでになった。


だがそこから先に話が進むことはなかった。ハルは本来なら陶芸に取り組み、酒を飲むための陶器をつくりたかった。足の指でつかむにあたって、その形状がどんなものが最適であるかを探りたかったのだ。そして同じ柔軟性を手に入れた友達と一緒に奇妙な飲み会を開くつもりだった。床にじかに座り込んで相対し、あぐらをかき、足だけを使って酒を飲む。それはきっととても楽しい経験に違いない。二人だけの秘密。若い自分たちが酒の味に慣れるには時間がかかるかもしれないが。


二人は大学のための受験勉強に励みながら、入学後の計画についても色々話をしていた。まずアルバイトを頑張る。手に入れた金で陶芸を習う。たまに二人で旅行に出る。そういったことだ。


しかし大学の入学式の直後に友達は自殺した。原因は不明だった。それで物語は前に進むことなく止まってしまった。中断、中絶。どんな言葉でもかまわないが、そういうことになった。


そして今に至る。


私は何と言ったらいいかわからなくて黙ってしまった。重い沈黙は長いこと続いた。ハルはうつむいており、まるで魂が抜けてしまったかのようだった。


私はハルを無理やりにでも抱き寄せた。そして言った。


「私は死なないよ。絶対に死んだりしないから。いつまでもあなたのそばにいてあなたを守る。与えられるものは、どんなものでもささげるから」


ハルは何も言わなかった。彼女は静かに目から涙を流した。温かなしずくが私の裸の胸を打って濡らした。音というものを一切立てずにハルは泣いていた。無音の痛さが二人の肌に食い込み、骨にまで達していた。でもそれは必要な痛みだった。我々がお互いを理解し、次の段階に進むために捧げられるべき痛みだった。


☨☨

 

ハルがよく笑うようになった。彼女は私の自宅にやって来て、料理をつくってくれた。チキンのトマト煮やたらのムニエルだ。


我々はテレビの前に座り、映画を観た。トールボーイ・スピーカーの前で大音量で音楽も聴いた。古い六十年代のロックをハルは気に入った。けれども私の好きなポストロックを彼女は気に入らなかった。それで私はねてみせたが、ハルは笑って私の頬を指先でつついて言った。「私の中では時間はゆっくり流れているの。新しいものに追いつけないのもそれのせいかも知れないわね。いつかはあなたのところにまでいけると良いと思う」


私は多くのプレゼントをハルに贈った。イヤリング。化粧品。香水。でも一緒に衣服の売り場をおとずれて服を選ぶことだけは拒まれた。ハルはたぶん自分の好きな格好をしていたいのだろう。彼女は地味な色のワンピースをよく着ていた。ハルならもっと綺麗な格好ができるのにな、と私は思っていた。ただ、それを口に出して言うのは避けておくことにした。そして彼女の横に並ぶ私もできる限り素朴そぼくよそおいをするよう努めた。白いシャツに青いジーンズ。


この人になら自分の正体を明かせるかもしれないな、と私は思った。今まで私は死刑執行人であることを他者に打ち明けたことは一度もない。私の手が穢れていることを知っているのは、どこかにいる私の元家族を除けば、一緒に仕事をする処刑場の職員たちぐらいのものだ。


四月の終わりに二件の仕事が入った。一度に二件というのは今までに体験したことがない珍しい出来事だった。対象となる二人の囚人は共犯で、しばらく前に死刑が確定していた。刑事訴訟法の第四七五条にもとづき、政府は六ヵ月以内にその執行を命令しなければならない。そして第四七六条にもとづき、命令から五日以内に執行がなされる。一九四九年に法律が施行されて以来、これらの規定が破られたことは一度もなかった。


私は執行の前日に処刑場のある町に赴き、そこに泊まった。処刑場は宮城県仙台市に建設されていた。翌日の午前と午後に処刑は二回遂行された。私はいつものように仮面をつけて人々の前に出て、真っ黒な鋼鉄製の斧を振りかぶり、死刑囚の首に叩きつけて斬り落とした。そして三十人ばかりの見物人たちに対してその首を掲げて示した。血塗られた仕事だ。肉体の鍛錬たんれんを綿密におこなった人間なら誰でもできる、しかし誰も引き受けたがらない仕事だ。私は午後も同じことをした。


私は執行のあとはいくつかの簡単な書類に署名と押印をして、その日のうちに東京の自宅に帰った。心が落ち込む。バスルームで私は幾度も自分の体を洗った。人の血やあぶらが自分の皮膚に染みついているのではないかと疑ったのだ。多分そんなことはないのだろう。でも私は私のことが嫌いだった。この世から自分が消えてなくなってしまえばいいのにとくりかえし考えた。ハルにいたかった。けれど、まだ逢えない。この心をかき乱す恐ろしい混乱が収まらない限りは、平静な自分を取り戻さない限りは、ハルには会えない。


祝日が近く、以前ハルとおとずれた植物園はその日には入場が無料になるとのことだった。インターネットでたまたまその情報を見て、私はひとりで植物園をたずねることにした。


五月の上旬だった。薔薇ばら園へいくとすでに半分ぐらいは開花していた。暖かな陽光と美しい花が私を出迎え、心を慰めてくれた。咲き誇るだけでよい生。そういうものになれたらな、と私は思った。たとえばハルのような綺麗な女性がこの地上にいなかったら、たぶんこの世はずいぶんと味気ないものになっていただろう。もちろん自分がそういう生き物になることがないというのは、とうの昔に私は理解していた。ならせめて、そのそばにいることだけはしたい。


ハル。


☨☨

 

七歳をさかいに他者との身体的接触を失った私にとって、セックスは貴重な愛情の源泉だった。女たちの肌にふれ、豊かな乳房をつかみ、まどかなヒップを撫でるだけで私の心はときめいた。でも一番私が好んだのは、単なる抱擁ほうようだった。裸で向かい合って立ち、両腕で強く抱きしめ合う。あるいはベッドで私が下になり、恋人が上になって私に覆いかぶさるようにして抱擁する。そしてキスをする。これほど心がいやされることは他になかった。


同性を愛するようになったことに理由はなかった。ただ自然と綺麗な女の人に目がいくというだけの話だ。男に関心は持てない。そうしたことについて特に違和感を覚えたことはなかった。


ハルとのセックスは素晴らしいものだった。私は彼女との間で初めて達するということを覚えた。これまでに感じたことがない経験を与えてくれるハルに私は強くかれた。彼女が心を開き、昔のことを話してくれるのがたまらなく嬉しかった。体を重ねるにつれて、ハルもまた私との情事から汲み出す官能を深いものにしていくようだった。それも私にとっては嬉しいことのひとつだった。自分という存在を承認してくれるような気がしたのだ。


梅雨がおとずれて、明けた。すぐに夏がやってきて太陽が我々を熱く照らした。ハルと私は二人で水着を買いに出かけ、都内のプールで泳いだ。食事をし、ホテルに泊まった。気に入った詩を朗読し合い、飽きたら二人でシャワーを浴びてキスをし、ベッドで身を重ね合った。牧歌的な生活をくりかえす。愛とは同じことの反復であり、けれども少しずつ違うことのくりかえしだった。


我々がさまざまなことを語り合う中で、やがて〝両腕のない女〟も生き生きとし始めた。女は森を隅から隅まで知悉ちしつしていた。女はあるとき森の奥の開けた場所をたずね、そこで花咲く植物の種を回収し、持ち帰って、自分の家の前の日が当たる場所に埋めた。翌年にそれは見事に花開いた。それは華美とは呼べないささやかな花ではあったが、女の心の大切な部分を満たしてくれた。物事は移り変わるものだ。しかしそれは同じことの、つまらぬことのくりかえしではなかった。時は円環を描きつつ、その位置を変えていく。我々は幸福へと至る道を探し出す。 


やがて秋が来た。私は決心を固めた。自分の正体を、すなわち死刑執行人という職業をハルに打ち明ける。同時に彼女のことをもっと教えてもらう。どこに住んでいるのか。年齢はいくつなのか。仕事はしているのか。そして本名は何て言うのか。私はハルに本名を告げていたが、彼女は私に教えてくれていなかった。今までずっとネットのハンドルネームで呼んでいたのだ。私はハルから断られるのが怖くて、教えてくれと依頼したことがなかった。でも二人の関係はそろそろ前へ進んでもいいころだ。今の私にはそういう手応えがあった。


「私の仕事は一年に一度あるかないかなんだ」


ハルがじっと私のことを見つめた。


「それ以外の日はずっと遊んでいていいんだ。給料もすごく良いしさ。失業する恐れもないんだ」


「優良物件なのね」


「そうだよ。もし私と一緒になる人がいたら、その人はきっと幸運だよね」


「そうかしら。あなたってけっこう子供っぽいし。同じ屋根の下に住むとしたら一年中あなたの遊び相手をしていないといけないわけだから、大変かも」


ハルがからかうように言ったので、私は傷ついた顔を見せた。


「私は好きな人とは四六時中、一緒にいたいんだ」


ハルは笑った。


「何の仕事なのかしら」


「今すぐには答えられないんだ。それはどちらかというと人からまれる職種だから。打ち明けたらハルも少し驚くかもしれない。でもちかって言うけど、悪事を働いているわけじゃないよ」


「尾形阿羅多は潔白であり、公正な仕事をしている」


「そうだよ」


「もし私があなたと一緒になったら、どんな生活が待っているのかしら」


そう言われると胸が少し高鳴った。


「今までと特に変わらないよ。気楽なものさ。買い物をして、遊びに出かけて。そうだ、旅行もしようよ。どこでもいい。あなたとどこか遠くにいきたいな」


ハルは微笑んで言った。


「何も生み出さない暮らし」


「別にいいじゃないか。一体この世界で、どれだけの人が有意義なものを産み出していると言えるだろう。難しいことは他の人に任せておけばいいさ」


「そうね。何かを産み出せば、人はそれに責任を持たなければならないし」


何の話だろう。


「親とか子供の話かな」

 

ハルは答えた。


「それも含めた、何でもよ。たとえば自分の心とかも」


「心?」


「人はいつも平静ではいられない。急に音が立てば心は驚きを産み出すし、人から怒鳴られれば悲しみをつくり出す。厄介やっかいなのは、そうした感情が全部、結局は自分自身から出てきたものだってこと。何でも私に結びついていて、その処遇を問われるの。忍耐。封印。あるいは……」


「つまり、あなたはいつも穏やかでいたいんだ」


私の指摘にハルはにこりとした。


「そうね。多分そうなんでしょう。できるなら、そのようにありたいものね」


あるいは、それはハルの出したかすかなサインだったのかもしれない。私はそれを無様ぶざまに見落としていたのかもしれない。


その会話の終わりに私はひとつの約束をハルとした。ちょうど一週間後に都内の高級レストランに昼食の予約をとるつもりだ。そこで我々の将来のことを話したいんだ。大切な話だよ。来てくれるよね。


ハルは了承した。しかし一週間後、彼女はレストランに来なかった。


ハルはその日の夜に殺人を犯した。かつての演劇部の友達の両親を手にかけ、次の日には友達の姉とその娘を殺害し、すぐに警察に自首した。

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