良い愛とは


 こうして「ええあい」は江戸中で人気を博し、いまや綱吉つなよしこうまでもが利用者ユーザーとなっていた。三朗サブローは懐の許す限りである。当初は「情報が得られればそれでよい」というニンジャの性質のため抜け落ちていたコンプライアンス問題も、サムライの分身提供のおかげで監視役の分身の質向上で解消された。

 だが他人の成功を妬む者はいつの世も現れるものである。

 

「作業をした分身が融合してひとつの結論を導いているようだが。これらの分身がまことに本来融合すべき分身だとどうして断定できるんだ。もしかすると別のニンジャの分身が入り混じり、偽りの情報を掴ませているかもしれぬではないか!」


 そう声高に責め立てたのは、元伊賀ニンジャでいまや井戸端会議の洗練活動委員会の一員である八兵衛ハチベエである。八兵衛ハチベエは現役のころ、常に伝蔵デンゾーへ並々ならぬライバル心を抱いていることを、三朗サブローは知っている。なんたる営業妨害!だが、憤りを感じる三朗サブローと異なり、伝蔵デンゾーは真剣な面持ちである。


「確かに、八兵衛ハチベエの言うとおりだ。これを機にセキュリティ強化をはかり、情報をよりいっそう正確で信頼のたるものとしよう」


 さすがは世界初ワタシカメラの複製を成功させた男である。伝蔵デンゾーは長屋の一角に座し、せかせか働く分身たちを見つめる。


「どうやって分身を見分けるか……」


 いま、分身は数種類いる。伝蔵デンゾー由来の分身と、伝蔵デンゾーが撮影し生成したサムライ由来の分身。サムライは交代制勤務のため、元となるサムライ自身も複数人いる。これでは顔パスだけで見分けるのは困難であろう。それに、伝蔵デンゾー由来の分身もお洒落だなんだと自我を持ち始めているため、外見が不揃い。やはり顔パスは難しいのだ。


「よし。二段階認証を実現しよう」


 むろん、ユーザーとパスワードだけなどという低セキュリティな設計にはしない。

 モノグサな個体が手足に記して管理したり、パスワードを「いろはにほへと」にしたり「ぱスわアド」にしたりする可能性がある。パスワードはワタシカメラで分身を生成した時に埋め込める。初期パスワードを埋め込んだ分身を生成し、その分身にパスワードを更新させ、更新パスワードを保持する分身を増やしていくようにする。初期パスワードの分身は申し訳ないが、そくざに引退していただくのだ。

 そうして生成された分身の分身は、保持したユーザーとパスワードを入力して融合の第一関門を突破し、さらには指紋認証(これは本体である伝蔵デンゾーたちの指紋を利用する)を実施して第二関門を突破してようやく融合が完了する。

 これらの関門がひとつでも突破出来なかったものは魔女裁判に掛けられる。「パスワードを忘れただけ」「塩酸で遊んでいたら指紋を失ってしまっただけ」と主張する分身は顔認証か口頭試問を通してその確からしさを確認する。すべてをクリアし、その主張が確からしく思える段になると、最後にはその連続性を証明すべく足を切断する。

 その痛々しい話を聞き、三朗サブローは思わず顔を歪めてしまう。


「なんで足をちょん切るんだ、伝蔵デンゾー。やりすぎじゃないか?」

「足がもっとも初めに未来時点に踏み込むからだ。分身は時として外部からの働きかけでしまうことがある。そしてそれが関門通過を妨げた可能性があり、そういった汚染された個体は悪さをする可能性がある」


 よって汚染されていないことを、つまりワタシ因子が一度も断絶していないことを証明する必要がある。

 そのために時間ゼロに接し、未来でも過去でもない時点に触れた足を時間軸切断のプロフェッショナルたるサムライが切断する。この時間軸切断を通称、デメキントの切断という。残念ながらこの時代に山田浅右衛門やまだあさえもんはいないが、後にこのデメキントの切断のお役目はお試し御用が兼任するわけだが……それはまた別の話であるため割愛する。

 さらにまた話はそれるが、このデメキントの切断は数ミリの振れすら許されない。もしうっかり t = 0 ではない時点を切断すると過去が消失して歴史が改変されてしまったり、不確定な未来部分の一部の可能性が粉砕してやけに奇妙な現在が選択されてしまうかもしれない。よってサムライにはたいへん高度な技が求められる。

 とにもかくにもデメキントの切断という高難度な技により切断され、残された過去側にある指と未来側にある足首。その両側でワタシ因子の連続性を確認する。デメキントの切断のワタシ因子の連続性公理により、未来側にワタシ因子の最大値がある、あるいは過去側にワタシ因子の最小値があればその分身は連続性があり、汚染されていないことを証明できるというわけだ。


三朗サブロー、信頼を得るためには仕方のないことなんだ。ハラキリに至らなかっただけマシと思うしかない。そうして片足を負傷した分身は過去の依頼内容を纏め、よくある質問箱としてゆっくりおだやかに余生を過ごすのだ」


 腹を切るか、足を切るか。高セキュリティに保つとは実に難しいことなのだと、三朗サブローは複雑な気分だ。


い愛を得るためには、愛だけではどうしようもない。なんとも世知辛い世の中だ」

「そうだな。だが自己愛だけでは、相互愛は成り立たないものなんだ。時には身内たる分身たちへ心を鬼にし、利用者にまことに「良え愛ええあい」だと分身たちへ心から信頼心を抱いてもらわねば」

 

 じっさい、この二段階認証と魔女裁判の運用が「ええあい」への信頼を高め、八兵衛ハチベエも難癖付けるのを止めた。そうしてますます人気は高まり、高天原タカマガハラの神々もあまりの便利さに地上へ降り、自身を祀る神社に設置させるよう神主たちを説得したのだと言う。

 そんななかこの「ええあい」はますます機能を増やし、代返も代筆も何でもかんでもこなせるようになり、江戸の民たちは些末なことで頭を悩ませることもなくなった。いつしか「ええあい」が職を奪うのではないかと恐れる者もいたとかなんとか言うが――ペリーが来航したさいには、驚くべく情報化社会な江戸の様子に恐れおののいたらしい。

 

 ――そして、現在いま

 

 この分身というかたちの人力でせかせか働く「ええあい」は廃れ、西洋由来のコンピューターの電子信号としての「ええあい」が社会貢献をしている。だがもしかすれば、どこかにニンジャの分身が残存し、いまもなお愛を持って人々のため分身と分裂を繰り返しているのかもしれない。

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マイクロ・ニンジャ 花野井あす @asu_hana

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