N人組の分身体


 さて、これでワタシカメラの分身がどうやってできたのか、それで何が実現し得たのかを三郎サブローは知ったわけだが――だが、疑問はまだ残る。


「なぜ、ふたり組なんだ?」


 一人では怠け者が出るので理由は明白。だが、ふたりである理由がわからない。


「ならばお前も「ええあい」を使ってみるといい。お前の「ええあい」のみ、別の人数体制を設定し、その理由を見せてやる」


 さらりと売りつけられたわけだが、それでも三郎サブローはその理由を知りたくてたまらない。ゴシップ情報を売って稼いだ銭を伝蔵デンゾーへ手渡す。とても松では契約できそうにないので、梅で契約した。依頼への応答が多少遅くとも、知りたいのは二人という人数の理由なので問題はない。

 こうして三郎サブローも「ええあい」利用者ユーザーとなったわけだが、なるほど。これが受話器かと驚かされる。陶器の湯呑だ。ただ、寸胴な筒ではなく、外へ向けて広がっている、凌霄花ノウゼンカズラみたいな奇怪な形状の湯呑だ。その底面に糸が取り付けられ、その糸は外へとつながっている。その糸は井戸へと繋がっている。その井戸を覗き込めば――なんと、分身が水遁の術で身を潜ませている!分身たちはこうして隠れて、依頼主から依頼を聞きだしているのだ。


「すごいな。さすが伝蔵デンゾーだ。おれの圧縮分身なんて、よくて西瓜スイカの種で蹴鞠くらいしかできないのに」

「日々、ポーズの鍛錬を積んでいるからな」


 よって伝蔵デンゾーの分身たちは伝蔵デンゾーと同様に狐走もできるし、隠形術もお手ものである。


「よし。ひとつ依頼して見るか。そうだなあ……「頼むでええあい」。リマ(マテオ・リッチのこと)なる学者が刊行したとか言う、坤輿万国全図こんよばんこくぜんずを複製してくれ」


 意地の悪い依頼である。三郎も元はニンジャ。情報通である。そう容易に入手できぬ情報、しかもその複製という最高難度の依頼をしてみたくもなる。すると、井戸より複数の分身体が飛び出し、シュタタと屋根を駆けまわる。伝蔵デンゾーの設定どおり、すべて三人組だ。彼らはしばらくあちこちを走り回っていたが――ふいに、立ち止まった。互いを監視するため、目を向けあったのである。その瞬間。


「お、おい。分身同士、殴り合いを始めたぞ?」

「そうなんだ。この世界にはそっくりな己が三人いると言うが、その三人目に会うと死んでしまう……という伝説がある。それはまさにその通りだったようだ」


 三人組になると分身たちは「そっくりさんが三人そろった」と認識し、生存を掛けた戦いのゴングを鳴らしてしまうのである。なるほどと三郎サブローは納得し、大きくうなずく。


「では四人組はなぜだめなんだ?」

「それは利用者ユーザーからの注文なんだ。四は死を連想させ、不吉であると」

「なるほど……一理ある。では五人組はなぜダメなんだ?」


 すると伝蔵デンゾーはひどく苦々しい顔をした。試すのも厭われる、そんな面持ちだ。だが言葉だけでその理由を説明しきれないのか、ふうと嘆息して言葉をついだ。


三郎サブローも見て見るがいい。集団の恐ろしさというものを。いま設定を変更した。新たな依頼をしてみるといい」

「わ、わかった」


 とは言え、次はどんな依頼をすべきかとすぐには思い浮かばない。ううむと三郎サブローは思案し、街を見渡す。ちょうどお夏さんが団子屋に立ち寄っているところであった。江戸一の美人は何をしていても男の目を釘付けにする。それがたとえ、手ぬぐいで額の汗をぬぐっているだけだとしても。ついつい三郎サブローも夢中で目で追ってしまった。おそらく伝蔵デンゾーも同様で、生存競争に生き残った分身たちも足を止めてお夏を凝視している。分身の再現度が凄まじい。


「よし、決めた。「頼むでええあい」。お夏さんの使いかけの手ぬぐいを複製してくれ」


 使いかけを複製したそれは果たして、使いかけの手ぬぐいなのか。その真相は闇のなかだが、それ以上に伝蔵デンゾーの目が痛い。口に出さなくともわかる。「それはいささか、変態的すぎる依頼ではあるまいか?」である。だが伝蔵デンゾーがあれほど苦々しい様子で分身を五人以上のグループにすることを厭っていたのだから、どうせ成功すまい。成功しないならば、どんな依頼を下って同じである。という変態的な依頼に対してそれらしい理由をつける三郎サブローだが、変態的であると言う事実は別に変わらない。沸騰する湯からあふれ出るあぶくのごとく井戸から湧き出てきた分身体はそろいもそろって軽蔑的眼差しを三郎サブローにくれていた。

 

 とにもかくにも、いまは分身体の数である。

 五人組をくんだ分身たちは、三人組のようにすぐさま屋根へ上ったりはしなかった。どころか、ほかのグループたちと集まって、なにやら相談し合っている。

 

 ある分身が言う。

「おれが議長として選出された。副議長はおれの隣にいるおれ、書記は反対隣にいるおれである!」

 

 すると他の分身たちが拍手喝采でふたりの分身をたたえる。

 

「会議を始めよう」

「そうしよう」

「議長、議題はなんでしょうか」

「それはむろん、おれたちの働き方についてだ。おれたちには働き方について問う権利がある!」


 そう。分身たちは労働組合を結成してしまったのである。議長、副議長、書記。それに加えて一般組合員たち。この形式をとるにはすくなくとも四人を要する。四人組は死を連想するということで試されたことはないが、おそらく四人以上でこの現象は発生するだろう。しかも恐るべきはその感染力の高さだ。伝蔵デンゾーがそういう性格なのか、他のグループまで好奇心で惹かれ、集まる。そうしてだんだん気が大きくなり、「戦争は数なり!」「権利を勝ち取るんだ!」と米粒大の分身たちは騒ぎ立てる。うっかり視界に三人だけ映してしまった分身は議会から外れ、生存競争を始めるわけだが……なかなかの混沌ぶり。見ていられなくなったのか深々と息を吐き、伝蔵デンゾーは告げる。


「これで分かっただろう。二人組が丁度いいのだ」


 そして今の運用体制がもっとも「ええあい」が安定稼働する体制なのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る