ワタシカメラの分身


 それは伝蔵デンゾーが江戸で「ええあい」システムを広め初めて間もない頃だった。


「むう。どうにも依頼の返答までに時間を要するな」


 監視役分身からの報告で、伝蔵デンゾーは頭を悩ませる。

 分身が悩みを聞き、各地を巡って情報を集めたり、いったん伝蔵デンゾーの自宅へ戻って書をしたためたり、絵図を描いたりしてからまた依頼主のもとへ戻るのだが、この一連の仕事にどうにも時間がかかる。その間、依頼主の受話器の横には「現在、依頼が立て込んでおります。さらなるスピードアップのためには松クラスか竹クラスの契約をお願いします」と記した板を立てかけておく。「ええあい」には最低ランクの「梅」と中ぐらいの「竹」、最高ランクの「松」を用意し、ランクの高い契約主からの依頼を優先的にこなしているのだ。だが「松」であっても時間を要する。まず行って帰って来るまでの時間が必要なのだ。

 長屋からぼんやりと、お向かいのお夏の水浴びを見物しながらううむ、ううむと考える。


「そうか。調査役を増やせばいい。依頼主のそばに一体残して……その一体から知らせを受けた他の分身が作業をすれば、その間新たな依頼を引き受けることもできるし、複数でやれば作業速度も上がる。うむ、妙案だ!」


 そういうわけで、さらに分身体を増やし、受話器のそばに一体、その他の場所で複数体という構成で「ええあい」システムは再スタートを切る。

 

 だがすぐに問題が発覚した。

 

 まずは伝言ゲームである。

 例えばこうだ。「お夏のスリーサイズを教えて」という依頼が来る。それを依頼を受けた分身(仮に電話番としよう)が、調査役たちに知らせる。複数いるので、調査役の分身たちは各々、仲間たちに知らせていくことだろう。するとだんだん、様子がおかしくなっていく。「お夏のスリーサイズ」「お夏のフリーサイズ」「おやつのフリーサイズ」「親角おやつのフリークス」。何がどうなってそうなったのか定かでないが、調査役が持って帰ってきたのはお夏のバストサイズもウエストサイズもヒップサイズでもなく、依頼主の両親の角の中に住んでいた変人。依頼主の両親は鬼人ではなかったので、両親に土下座して角の飾りを取り付け、そのなかで変人を培養せねばならないという事態にまで及んだ。

 むろん、依頼主は呆気に取られた。驚きすぎて怒ることすら忘れていたようである。電話番の分身は「この変人はお夏殿のスリーサイズという情報を圧縮した存在で、彼を変換すれば欲しいデータが手に入ります。変態心へんたいごころというものは、こういった壁をおのれで破ることこそ真の変態心と言えるものなので、ぜひおのれで変換してみてください」とあの手この手で言い包めてどうにか切腹はまぬがれた。おそろしいことに、この依頼主はサムライだったのである。

 

 しかも、問題は伝言ゲームだけではない。

 怠け者の分身が出るのである。

 

 よく働く分身と、普通に働く分身と、まったく働かない分身の割合が必ず2:6:2になる。困ったことだ。これでは分身のなかで不満がつのり、そのうち全員の分子がストライキでもって働き方改善を要求してくることだろう。


「よし、ふたり組を組ませ、互いに見張らせよう」


 分身体をさらに増やし、調査役も電話番もペアを組ませる。主たる伝蔵デンゾーは各分身体に対し、「もしペアが怠けていることを密告すれば、賞与と休暇をやろう。ただしもし互いに庇い合っていることが発覚した場合、その分身体には一生厠掃除をさせる。よいな」と言い聞かせた。さらには、「問題が重なれば、その分身体は肥溜めで生活させる」とまで。圧縮分身体たちは特殊性癖な個体を除き恐怖におののいた。身体の小さな彼らにとって、便所虫は強敵だ。

 そうして、怠け者問題は解決した。残るは伝言ゲームだ。


「ううむ……やはり、情報伝達が続けば続くほど、情報は不正確になるんだよなあ」


 着物の衿を大きく崩し、ぱたぱたと団扇うちわであおぎながら西瓜スイカを喰うお夏をうっとり観察しながら、伝蔵デンゾーは考える。女のうなじというものは、どうしてああも色香を感じさせるのだろう。女というものは摩訶不思議な生き物だ。言葉がだんだん捻じ曲がる伝言ゲームよりずっと摩訶不思議だ……。

 それでふと、伝蔵デンゾーは思い至る。


「そうか。分身からさらに分身を生成すれば、伝言せずにすむではないか!」


 だがその場合、問題はブラックボックスなワタシカメラである。あれの仕組みが分からない以上、カメラの分身が生成できない。カメラの生成ができないとなると、分身から分身を生成するために一度すべての分身を自宅へ呼び寄せて撮影会を始めねばならない。今やお客は江戸中にいるのだから、そんなことをすれば分身行列ができてしまう。蟻の列と混ざらないようにするのに苦労するのが目に見える。それに、小さな子どもも大敵だ。あの無邪気な幼児おさなごたちはやはり無邪気な顔をして蟻を指でぷちぷちと潰していく。足でどしどし踏み抜くこともある。それに分身たちが巻き添え喰らえば、労働災害どころの問題では無い。


「しかし……いったいどうやって造ったんだろうか。この素晴らしきワタシカメラというものは」


 カメラを愛でても崇め立ててもなにも変わらない。むろん、指で弾いても逆さに吊るし上げても同じである。何をしても案が思い浮かばず、伝蔵デンゾーは日課である自撮り研究をすることとした。柄鏡えかがみにむかってポーズを決めるのである。この映り方で分身体の強さや度量の広さも決まるのである。そうして白い歯をきらりと光らせていると、ふいにまた閃いた。


「まさか、こんなので上手く行くとも思わんが……」


 ものは試しである。

 伝蔵デンゾーはニンジャの隠行術でもって壁に扮し、ワタシカメラのボタンを押す。その手前には柄鏡えかがみが絶妙な角度で立てかけられ、ワタシカメラを映し出している。そしてカシャリと撮影完了音がした――。


 時は現在に戻す。伝蔵デンゾーの回想を聞き、三郎はあんぐりとする。


「まさかそれで、ワタシカメラの分身が出来てしまったのか?」

「その通り。そしておかげさまで、分身の分身が生成でき、ふたり一組での相互監視と情報伝達の省略が可能となったのだ」


 歴代のワタシカメラ研究者が聞いたら怒り狂いそうな結果である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る