第29話 絶対安全の証明
視界を焼き尽くした閃光の残像が、まだ網膜の裏側にこびりついて離れなかった。
ドォォォォンッ!!
遅れて届いた爆音が、鼓膜を激しく叩く。
炎熱。
雷撃。
氷塊。
50人の手練れが放った殺意の塊が、俺の鼻先数センチの空間で炸裂していた。
普通なら、俺の体など炭化する間もなく蒸発していただろう。
このプレハブ小屋も、瓦礫すら残さず消滅していたはずだ。
だが。
「……眩しいな」
俺は目を細め、目の前で渦巻く極彩色のエネルギーを見つめた。
熱くない。
衝撃もない。
まるで防音ガラス越しに、ド派手な花火大会を見ているような感覚だ。
俺の足元、半径5メートルの境界線。
そこに見えない壁があった。
炎が、雷が、物理的な矢が、そのラインに触れた瞬間に勢いを失い、虚空へ霧散していく。
『絶対安全圏』。
俺が信じ、頼ってきた最強の盾は、軍隊の総攻撃さえも「なかったこと」にしていた。
やがて、攻撃の波が止んだ。
もうもうと立ち込める粉塵と硝煙が、視界を遮る。
『……やったか?』
『跡形もないはずだ』
『あんなペラペラな小屋など、一撃で……』
煙の向こうから、騎士たちの声が漏れ聞こえてくる。
勝利を確信した、安堵と軽蔑の混じった声だ。
無理もない。
これだけの火力を叩き込んで、生きている人間などいるはずがない。
俺はため息をついた。
煙たいのは嫌いだ。
せっかくの出汁の香りが台無しになる。
俺はエプロンのポケットから手を出して、目の前の煙を手で払った。
パタパタ、と。
風が動く。
煙が晴れる。
「……な、に……?」
誰かの掠れた声が響いた。
静寂が、爆音以上の重さで場を支配する。
そこには、傷一つない店があった。
割れるはずのガラス戸も、焦げるはずの壁も、新品同様のまま。
そして、その前に立つエプロン姿の俺も、髪の毛一本焦げていなかった。
「……嘘だろ」
「直撃したはずだぞ……」
「障壁魔法の光すら見えなかった……どうなっている!」
騎士たちの動揺が波紋のように広がる。
彼らは武器を下ろすことも忘れ、呆然と俺たちを見つめていた。
常識が崩壊する音が聞こえるようだ。
「……貴様」
先頭に立つガストンが、兜の下で呻いた。
その目には、明確な畏怖の色が宿っている。
「何をした? 魔法無効化か? それとも空間転移で避けたのか?」
「ただの営業妨害対策ですよ」
俺は肩をすくめた。
別に種も仕掛けもない。
ただ「俺の店だ」と認識した場所が、世界の理から切り離されているだけだ。
「言ったでしょう。うちは会員制みたいなもんだって。……招待状のない方の攻撃は、ご遠慮願ってます」
俺は踵を返した。
もう十分だ。
これ以上、店先で睨み合っていても腹が減るだけだ。
俺の仕事は、ここじゃない。
「待ちたまえ!」
ガストンが叫ぶ。
俺は無視して、ガラス戸に手をかけた。
カラカラ。
軽い音を立てて戸を開け、涼しい店内へと足を踏み入れる。
熱気と殺意をシャットアウトし、再び戸を閉めた。
店内は、静まり返っていた。
リリがへたり込んでいる。
客の冒険者たちも、口をぽかんと開けて俺を見ていた。
「……おい、大将」
常連の戦士が、震える声で言った。
「あんた、何者なんだ? あの『黒鉄騎士団』の一斉射撃を、素通りさせたぞ……」
「ただの料理人だよ」
俺は短く答え、厨房へと戻った。
カウンターの内側に入る。
ここが俺の定位置だ。
包丁を握り、鍋の前に立つと、不思議と手の震えが止まる。
「店主」
エリザが頬杖をついたまま、ニヤリと笑った。
「いい見世物だったぞ。……奴らの顔、見たか? 幽霊でも見たような顔をしていた」
「幽霊の方がマシだろ。俺は生きてるからな」
俺は寸胴鍋の蓋を開けた。
真っ白な湯気が立ち上る。
濃厚な豚骨の香り。
外の火薬の臭いなんかより、よほど生きる力が湧いてくる匂いだ。
「さて」
俺はテボ(麺茹で用のザル)を手に取った。
その金属の冷たさが、俺に次の行動を促す。
暴力は通じないと分からせた。
次は、こちらのターンだ。
剣も魔法も効かない相手に、彼らはどう出るか。
攻めあぐねている今こそ、最大のチャンスだ。
俺はリリを見た。
彼女はまだ震えていたが、俺と目が合うと、弾かれたように背筋を伸ばした。
「リリ。……注文、入るぞ」
「は、はいっ! どなたの注文でしょうか!?」
「外の連中だ」
俺は顎で窓の外をしゃくった。
ブラインドの隙間から、困惑して立ち尽くす騎士たちの姿が見える。
「彼らはまだ、自分たちが客だとは気づいていない。……だから、教えてやるんだ」
俺は生麺をテボに放り込んだ。
パラパラとほぐし、熱湯の中に沈める。
タイマーをセットする。
3分。
それが、俺たちが勝利するまでの時間だ。
「エリザ。……換気扇のスイッチ、強にしてくれ」
「ほう?」
エリザが面白そうに目を細めた。
彼女は俺の意図を一瞬で理解したようだ。
「兵糧攻めならぬ、兵糧攻め返しというわけか。……性格が悪いな、店主」
「最高の褒め言葉だ」
俺はニヤリと笑った。
物理攻撃が無効なら、精神攻撃だ。
いや、もっと原始的な、生物としての本能への攻撃だ。
グツグツと煮えるスープ。
焦がしニンニクの香り。
醤油の焼ける匂い。
これらを、あの鉄の塊の中に閉じ込められた連中に届けてやる。
極限の緊張と疲労、そして空腹。
そこにこの「暴力的な香り」が直撃したらどうなるか。
俺は菜箸で麺をかき混ぜた。
湯気の中で、勝利の確信が茹で上がっていくのを感じた。
言葉も剣も通じないなら、俺たちのやり方で分からせてやる。
胃袋から陥落させてやるんだ。
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