第22話 99階層リフォーム計画
「……ふあぁ」
開店前の仕込み中、リリが大きな欠伸をした。
彼女は慌てて口を押さえ、周囲をキョロキョロと見回す。
俺に見られていないか確認したようだ。
バッチリ見ているが。
「おい、リリ。寝不足か?」
俺が声をかけると、リリはビクリと肩を跳ねさせた。
「い、いいえ! 滅相もありません! エルフはショートスリーパーですので!」
嘘だ。
目の下に隈ができている。
ここ数日、サラダバーの補充やら何やらで忙しかったからな。
それに、彼女の寝床は客席の長椅子だ。
座布団を敷いているとはいえ、年頃の娘が雑魚寝というのはよろしくない。
プライバシーもゼロだ。
「……部屋、作るか」
俺は包丁を置いて呟いた。
「へ? 部屋、ですか?」
「ああ。従業員寮だ。お前専用の個室だよ。……ずっと長椅子じゃ疲れが取れないだろ」
「そ、そんな! 申し訳ないです! 私ごときに個室なんて……! 店長様の足元で寝させていただけるだけで十分幸せですので!」
「クロじゃないんだから」
足元で寝られても困る。
俺は踏んづけない自信がない。
「決定だ。今日はランチ営業のみにして、午後は増築工事にするぞ」
俺はエプロンを外した。
幸い、ギルドからの支給品には、まだ大量の建材(木材や断熱材)が余っている。
本来はバリケードを作るためのものだが、家の一軒くらいなら余裕で建つ量だ。
◇
ランチ営業を終え、俺たちは店の外に出た。
今日の客足も凄かった。
特にサラダバーの人気は衰えることを知らず、補充が追いつかないほどだった。
野菜を食べて元気になった冒険者たちが、嬉々として魔物を狩りに行き、その肉を土産にまた来店する。
完璧なエコシステムが出来上がっている。
「さて、場所だが」
俺は店の横を見た。
プレハブ店舗の右側には、少しスペースがある。
地面はカチカチの黒い岩盤だ。
ここを整地して、母屋と繋げる形で離れを作ろう。
「クロ、そこ退いてくれ。工事現場になるぞ」
『ふん。昼寝の邪魔をするな』
クロは岩の上で丸まったまま動こうとしない。
俺は煮干しを一匹ちらつかせた。
クロは瞬時に跳び起き、煮干しを咥えて安全地帯へ避難した。
チョロい守護獣だ。
「よし、やるぞ」
俺は岩盤の前に立った。
畑を作った時の要領だ。
イメージする。
ここにある「岩」という異物を排除し、平らな床面を作る。
「……せぇっ!」
俺は岩に手を触れた。
ズンッ。
音がした。
衝撃はない。
ただ、俺が指定した範囲――六畳間ほどのスペースの岩が、四角く綺麗に消滅した。
切断面は鏡のように滑らかだ。
「……相変わらず、出鱈目なスキルだな」
後ろで見ていたエリザが呆れたように呟いた。
彼女は今日も非番(という名のサボり)で、工事の見物に来ていた。
「ドワーフの建築士が見たら泡を吹いて倒れるぞ。……岩盤ごと空間を削り取るとは」
「便利でいいだろ。基礎工事がいらないからな」
俺はアイテムボックスから木材を取り出した。
ここからはDIYの時間だ。
魔導式の工具セット(これも支給品だ。ギルドは俺に何をやらせたかったんだ?)を取り出す。
柱を立てる。
梁を通す。
壁板を貼る。
俺は素人だが、不思議と手際よく進んだ。
結界の中では、俺のイメージ通りに物が固定されるからだ。
釘を打たなくても、木材同士が「くっつけ」と念じれば仮止めされる。
あとは補強金具を打ち込むだけ。
物理法則を無視した超高速建築だ。
「店長様……すごいです……! まるで積み木遊びのように家が……!」
リリが目を輝かせて見守っている。
彼女の手にはお茶とおにぎりが握られている。
差し入れらしい。気が利く。
「おい、店主。そこは窓にするのか?」
エリザが口を出してきた。
「ああ。換気用に小さいのをな」
「駄目だ。位置が高い。外からの射線が通る」
エリザはズカズカと近づき、俺が取り付けようとしていた窓枠の位置を指差した。
「ここだ。この高さなら、外敵からの視認性を下げつつ、内側からの迎撃もしやすい。……あと、壁の厚さが足りん。ミスリルの板を挟め」
「要塞を作る気かよ」
「ここは99階層だぞ。寝ている間に壁ごと吹き飛ばされたらどうする」
正論だ。
俺の『絶対安全圏』があるから大丈夫なはずだが、エリザの危機管理意識は尊重すべきだろう。
俺は言われた通り、窓の位置を調整し、壁の中に余っていた鉄板(ミスリルはないので普通の鉄だ)を仕込んだ。
作業開始から三時間。
夕方には、立派な離れが完成していた。
母屋とは渡り廊下で繋がっている。
外観は黒い岩肌に馴染むようなシックな色合い(ペンキを塗った)。
屋根も頑丈だ。
「できたぞ、リリ。中を見てみろ」
俺はドアを開けた。
木の香りがする。
六畳のフローリング。
備え付けのベッドと、小さな机。
そして魔導ランプ。
シンプルだが、清潔で快適な空間だ。
もちろん、ここも俺の結界範囲内なので、空調完備で安全だ。
リリは入り口で立ち尽くしていた。
靴を脱ぐのも忘れて、呆然と部屋を見回している。
「……これ、私の……部屋……?」
「ああ。狭いけどな。好きに使っていいぞ」
「……ううッ」
リリが顔を覆った。
また泣くのか。
うちの従業員は涙腺が弱すぎる。
「ありがとうございます……! こんな……こんな素敵な城を……!」
「城じゃない、ただの六畳間だ」
「いいえ、城です! 店長様が作ってくださった聖域です!」
リリは部屋の中へ飛び込み、ベッドにダイブした。
ふかふかのマットレスに顔を埋め、足をバタバタさせている。
「精霊様……見ていますか……私、幸せです……」
まあ、喜んでくれたなら何よりだ。
これで彼女もゆっくり眠れるだろう。
「店主」
エリザが俺の隣に立った。
彼女も完成した部屋を見ている。
「……悪くないな」
「だろ? エリザも泊まってくか? リリと相部屋なら狭いが」
俺が冗談で言うと、エリザはフンと鼻を鳴らした。
「断る。私は自分の寝床がある。……それに、あいつの寝相は悪そうだ」
エリザはベッドではしゃぐリリを見て、微かに口元を緩めていた。
なんだかんだ言って、この二人も仲良くなってきたみたいだ。
姉と妹みたいなもんだな。
「さて、夕飯の準備をするか。今日はリリの引っ越し祝いだ」
「ほう。……肉か?」
「ああ。リリには悪いが、今日はガッツリ肉祭りだ。働いた後はタンパク質が必要だからな」
「分かっているじゃないか」
エリザが嬉しそうに頷く。
俺は店に戻った。
増築された『深層食堂』。
少し歪な形になったが、それがまた秘密基地っぽくて悪くない。
厨房に立つ。
包丁を握る。
窓の外には、変わらず赤い地獄が広がっている。
でも、この壁の内側には、確かに俺たちの「日常」が根付き始めていた。
「店長様! この机に、クロ様の祭壇を作ってもいいですか!?」
リリの声が聞こえてきた。
「却下だ! 勉強机にしろ!」
俺は怒鳴り返した。
全く、油断も隙もない。
地獄の底のマイホーム。
明日はどんな客が来るだろうか。
俺はニヤリと笑い、巨大な肉塊を冷蔵庫から取り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます