第20話 深層サラダバー解禁

「……怖い」


俺はザルいっぱいの野菜を抱えて呟いた。

目の前の畑を見る。

さっき収穫したばかりのラディッシュが、もう次の葉を伸ばしている。

小松菜に至っては、切った断面から新しい茎が生えてきている。

再生怪人かよ。


「すごいです、店長様! これなら永遠に野菜が食べられます!」


リリは目を輝かせて、次々と育つ野菜を引っこ抜いている。

彼女にとっては天国かもしれないが、俺には緑色の侵略に見える。

このまま放置したら、店ごと植物に飲み込まれるんじゃないか?


『安心しろ。お前の魔力が続く限りは育つが、供給を止めれば枯れる』


クロが畑の縁で欠伸をした。

他人事だと思って気楽なもんだ。


「魔力って、俺は何もしてないぞ?」


『結界を維持しているだろう。その余剰エネルギーが土に流れているのだ。……まあ、我が少し混ぜた「隠し味」のおかげでもあるがな』


クロがニヤリと笑う。

やはり犯人はお前か。


「とにかく、採りまくるぞ! 育つ端から収穫しないと、裏庭がジャングルになる!」


「はいっ!」


俺たちは深夜の収穫祭に追われた。

ザルが足りなくなり、ボウルを総動員し、最後はポリバケツ(新品)まで持ち出した。

労働の対価として、アイテムボックスの中は新鮮な野菜で満たされた。

在庫不足の悩みは、一瞬にして在庫過多の悩みへと変わった。


   ◇


一仕事終えた後。

俺たちは店内で「試食会」を開いた。


「まずはそのまま、マヨネーズで」


俺は採れたてのラディッシュを齧った。

カリッ。

瑞々しい音がする。


「……!」


甘い。

辛味がほとんどない。

まるで梨やリンゴのようなフルーティーな甘さが、口いっぱいに広がる。

その後に、ふわりと大地の香りが鼻を抜ける。


「うまっ……なんだこれ」


「美味しいです……! 生のままで、こんなに味が濃いなんて……」


リリも小松菜を生で齧りながら感動している。

青臭さが全くない。

これなら野菜嫌いの子供でもバケツ一杯食えるレベルだ。


「でも、これだけ量があると、マヨネーズだけじゃ飽きるな」


俺は山積みの野菜を見上げた。

客に出すなら、バリエーションが欲しい。


「店長様、ドレッシングを作りましょう」


リリが提案した。


「98階層で採った『ダンジョンレモン』があります。あれと、オリーブオイル、塩、胡椒。それに……少しだけ蜂蜜を加えれば」


彼女は厨房に立ち、手際よく調味料を混ぜ合わせた。

レモンの爽やかな香りが漂う。

黄金色の液体が完成した。


「どうぞ」


小皿に出されたドレッシングに、野菜を浸して食べる。


「……天才か」


酸味と甘みのバランスが絶妙だ。

野菜の甘さを殺さず、さっぱりとした後味に変えてくれる。

これなら無限に食える。


「よし、決めた」


俺は立ち上がった。


「明日のランチから新サービスだ。『サラダバー』をやるぞ」


「サラダバー、ですか?」


「ああ。定食を注文した客は、野菜食べ放題だ。……これだけあれば、どれだけ食われても痛くも痒くもないからな」


むしろ食って減らしてくれ。

でないと俺の寝床まで野菜に侵食される。


   ◇


翌日。

ランチタイム。


『深層食堂』のカウンターの端に、特設コーナーが設けられた。

大皿に山盛りの生野菜。

赤、緑、白の鮮やかなコントラスト。

横にはリリ特製のドレッシングと、俺が用意したマヨネーズ、胡麻ドレッシングが並ぶ。

壁には『サラダ食べ放題(無料)』の張り紙。


開店と同時に、常連たちが雪崩れ込んできた。


「大将! 唐揚げ定食!」

「いつもの生姜焼き!」


彼らは席に着くなり注文し、そしてキョロキョロと店内を見回した。

すぐに、サラダバーの存在に気づく。


「おい、あれ見ろよ……」

「野菜か? あんなに山盛りで……」

「無料って書いてあるぞ。マジか?」


ざわめきが広がる。

無理もない。

ダンジョン生活者にとって、生野菜は宝石より貴重だ。

それが「ご自由にどうぞ」なんて、正気を疑うレベルのサービスだ。


「ほら、遠慮するな。残したら罰金だけど、食える分だけ取っていいぞ」


俺が声をかけると、最初は恐る恐るだった冒険者たちが、一人、また一人と皿を手に取った。


「……いただくぜ」


剣士の男が、小松菜を山盛りにし、ドレッシングをかけて席に戻った。

一口食べる。


「ッ!?」


男の動きが止まった。

目を見開く。


「あめぇ……! なんだこれ、果物か!?」


その叫びが合図だった。


ガタガタッ!


全員が席を立った。

サラダバーに殺到する。


「俺にもよこせ!」

「押すな! 順番だ!」

「ドレッシングが美味すぎる! これだけで酒が飲めるぞ!」


大盛況だった。

いや、暴動に近い。

肉食獣の群れが、草を求めて争っている。

シュールな光景だが、彼らの顔は幸せそうだ。


「リリ、補充だ! どんどん切れ!」


「はいっ! お任せください!」


リリは嬉々として包丁を振るっている。

自分の育てた(というか勝手に育った)野菜が、こうして喜ばれているのが嬉しいらしい。


その騒ぎの中、いつもの席にエリザが座っていた。

彼女の前にも、山盛りのサラダがある。


「……ふん」


彼女はフォークでラディッシュを刺し、優雅に口へ運んだ。


「悪くない。……シャキシャキとした歯ごたえが、肉の脂を流してくれる」


冷静を装っているが、その皿はすでに三回目のおかわりだ。

口元が緩んでいるのを俺は見逃さない。


「気に入ってくれたか?」


「……まあな。それに」


彼女は小声で付け加えた。


「体が軽い。……この野菜、ただ美味いだけではないな?」


鋭い。

さすがS級だ。


「リリの話じゃ、魔力回復の効果があるらしいぞ」


「それだけではない。……肌の調子がいい」


エリザは自分の頬をぺたぺたと触った。

確かに、激戦続きのはずなのに、彼女の肌はツヤツヤしている。


「美容効果か。そりゃ女性客には朗報だな」


「ふん。私は強さ以外に興味はないが……まあ、コンディションが良いに越したことはない」


彼女は少し照れくさそうに顔を背け、四回目のおかわりに向かった。


俺は厨房からその光景を眺めた。

肉を焼き、揚げ物をし、サラダを補充する。

忙しい。

でも、楽しい。


「店長様、ラディッシュが切れました! 採ってきます!」


「おう、頼む! あとついでに小松菜も!」


リリが勝手口へ走る。

数秒後には、泥つきの新鮮な野菜を抱えて戻ってくるだろう。

完全なる産地直送。

移動距離ゼロメートルの究極のフレッシュ野菜。


「大将! このドレッシング、瓶で売ってくれねぇか!?」


「俺もだ! 嫁への土産にしたい!」


客から要望が飛ぶ。


「あー、容器がないから今は無理だ。今度瓶を用意しとくよ」


商売の幅が広がっていく。

定食屋兼、八百屋兼、加工食品店。

深層食堂は、ますます何でも屋になりつつあった。


その時だった。


「……おい、あれ」


サラダバーに並んでいた客の一人が、窓の外を指差した。


「誰かいるぞ」


俺は手を止めて、入り口を見た。

ブラインドの隙間から、人影が見える。

魔物じゃない。

人間だ。


でも、様子がおかしい。

店に入ろうとせず、じっとこちらの様子を窺っている。

ボロボロのローブを纏った、小柄な人影。


「客か?」


俺が呟くと、エリザが箸を止めた。

鋭い視線が窓の外に向けられる。


「……殺気はない。だが、妙な視線だ」


彼女が低く言った。

店内の喧騒が一瞬だけ遠のく。


「見てくる」


エリザが立ち上がろうとした時、その人影はふらりと倒れ込んだ。

店の入り口の目の前で。


「え?」


また遭難者か?

うちは救護所じゃないんだが。


俺はため息をつきつつ、カウンターを出た。


「ちょっと待っててくれ。様子を見てくる」


「気をつけてください、店長様」


リリが心配そうに声をかける。

俺は頷き、サンダル履きで引き戸を開けた。


熱風が吹き込む。

倒れているのは、フードを被った人物だ。

俺はしゃがみ込み、その肩に触れた。


「おい、生きてるか? 飯ならあるぞ」


声をかけた瞬間。

フードの下から、乾いた笑い声が漏れた。


「……見つけた」


「はい?」


「見つけたぞ……『ダンジョンの異物』め……」


男――声の低さからして男だろう――は顔を上げた。

その目は虚ろで、焦点が合っていなかった。

だが、俺を捉えていることだけは確かだった。


ギルドのマークが入った短剣を握りしめているのが見えた。


「……お前、誰だ?」


俺が問うよりも早く、男は短剣を振り上げた。

完全に不意打ち。

距離はゼロ。


だが。


ガィィィン!!


硬質な音が響いた。

短剣は俺の鼻先で、見えない壁に弾かれていた。

『絶対安全圏』だ。

俺に対する明確な害意。

それをスキルが見逃すはずがない。


男は目を見開き、弾かれた腕を押さえて後ずさった。


「ば、馬鹿な……。不意打ちだぞ……!?」


「悪いな。俺、こういうのには慣れてないけど、スキルが過保護でさ」


俺は冷や汗をかきつつ、努めて冷静に言った。

店の中から、エリザが飛び出してくる気配がする。

クロが唸り声を上げているのも聞こえる。


どうやら、ただの遭難者じゃなさそうだ。

平和なサラダバーの裏で、きな臭い何かが動き始めていた。


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ここまでお読みいただきありがとうございます!!

第20話時点のキャラクター&世界観ガイドを作成したのでよかったら復習に使用してくださーい!!


主な登場人物


トオル(主人公)

職業:追放された結界師/深層食堂 店主

年齢:22歳

性格:基本的には慎重で平和主義。だが、食と客の安全に関しては譲らない頑固さも持つ。

現状:

ギルドによりダンジョン最深部99階層へ追放されるも、スキル絶対安全圏を活用して定食屋を開業。

第2章に入り、野菜不足を解消するため98階層へ遠征。現在は店の裏で結界農法(超高速栽培)を確立し、サラダバーを始めるなど経営を拡大中。

能力:

絶対安全圏(サンクチュアリ):半径5メートル以内の物理、魔法、環境ダメージ、精神汚染を完全無効化する。攻撃力はないが、防御と環境維持においては最強。


エリザ

職業:S級冒険者(異名:剣姫)

年齢:19歳

好物:豚の生姜焼き、唐揚げ、白米

性格:クールで武人肌だが、トオルの料理の前では理性が溶ける。根は面倒見が良い。

現状:

トオルの店の常連客第1号であり、自称・用心棒。

当初は肉料理ばかり好んでいたが、リリの加入とサラダバーの開始により、野菜の美味しさと美容効果にも目覚めつつある。

新入りのリリとは肉食vs草食で口喧嘩もするが、奇妙な連帯感も生まれている。


リリ(リリアナ)

職業:深層食堂 ホール兼仕入れ担当

種族:エルフ(森の妖精)

好物:特製野菜のかき揚げ、ダンジョン野菜のサラダ

性格:真面目で献身的。植物に関しては博士級の知識を持つが、少し信仰心が重い(トオルを崇拝気味)。

現状:

98階層の森でパーティに囮として見捨てられたところをトオルに救助される。

極度の菜食主義者で肉や卵を受け付けないが、トオルの店で働くことで居場所を得た。

トオルの結界内で植物が異常成長する様子を見て、彼を精霊王の使徒だと信じ込んでいる。


クロ

種族:高位魔獣(正体不明)

外見:美しい毛並みの黒猫。金色の瞳。

好物:マグロ(ダンジョン産)、鰹節

現状:

人語を解し、尊大な態度で店に居座るマスコット兼守護獣。

トオルの結界に魔力を供給して野菜の成長を加速させるなど、裏で色々と介入している。

リリからは精霊獣様として崇められており、満更でもない様子。


世界観と用語


深層食堂(しんそうしょくどう)

トオルが99階層の岩盤の上に建てたプレハブ風の店舗。

外は灼熱の地獄だが、店内は空調完備で快適。

第20話時点で店舗が拡張され、裏手に畑、横にリリ用の個室(離れ)が増築された。

地上の冒険者たちの間では、生きて帰るための隠れ家として噂が広まっている。


絶対安全圏(スキル)

トオル固有の結界スキル。

物理的な防御だけでなく、精神汚染の浄化、気温の調整、害虫の排除など、生活に必要なあらゆる不快要素をシャットアウトする。

応用すれば岩盤を豆腐のようにくり抜くことも可能。

この結界内では植物の生育リミッターが外れ、数分で収穫可能になる現象が確認された。


99階層(神々のゴミ捨て場)

地面はマグマと岩盤のみ。ドラゴンやアークデーモンが徘徊する人類未踏の領域。

トオルの店がある階層。


98階層(迷宮の森)

99階層の一つ上。巨大植物が生い茂るジャングルエリア。

人間を捕食する植物や巨大昆虫が生息する危険地帯だが、リリの知識とトオルの結界があれば宝の山(食材庫)となる。

主な食材はオーク・ポテト、精霊王の涙(巨大玉ねぎ)、ダンジョンレモンなど。


これまでに登場した主なメニュー


厚切りオーク肉の生姜焼き定食

不動の一番人気。甘辛いタレとマヨネーズの相性が抜群。


鶏の唐揚げ定食

コカトリスの肉を使用。冒険者たちのスタミナ源。


巨大野菜のかき揚げうどん

リリのために考案されたメニュー。肉を使わずとも濃厚な旨味がある。


0円サラダバー

結界農法で爆発的に増えた野菜を消費するための食べ放題システム。特製レモンドレッシングが大好評。

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