第18話 99階層のポテトサラダ
「……ふん、お手並み拝見といこうか」
エリザは腕組みをして、カウンターの向こうからリリを睨みつけていた。
殺気はない。
だが、S級冒険者の圧は隠しきれていない。
「ええ、見ていてください。……肉ばかり食べている貴女の舌を、草食の素晴らしさで驚かせてみせますから」
リリも負けていない。
エプロン姿で胸を張り、トレイを構えている。
見た目は可憐な森の妖精だが、気の強さはオークキング並みかもしれない。
俺は苦笑しながら、厨房でジャガイモ――『オーク・ポテト』の皮を剥いた。
巨大だ。
一つで子供の頭くらいある。
こいつを茹でて、潰して、マヨネーズで和える。
シンプルだが、素材の味がダイレクトに出る料理。
ポテトサラダだ。
「よし、茹で上がった」
ホクホクの湯気が上がる。
俺は木べらでポテトを粗く潰した。
完全にマッシュするんじゃない。
ゴロゴロとした食感を残すのが俺流だ。
そこに、薄切りにした『精霊王の涙(玉ねぎ)』と、カリカリに焼いたベーコン(ダンジョン豚製)を混ぜる。
リリには悪いが、エリザ用には肉の脂が必要だ。
マヨネーズをたっぷりと。
黒胡椒をガリガリと挽く。
完成だ。
山盛りのポテトサラダ。
頂上には、彩りのパセリを散らす。
「リリ、頼む」
俺が皿を出すと、リリは少し顔をしかめた。
ベーコンの匂いに反応したらしい。
だが、プロ意識で堪えたようだ。
無言で皿を受け取り、エリザの前へ運ぶ。
「……お待たせいたしました。『オーク・ポテトと厚切りベーコンのサラダ』です」
丁寧な所作で皿を置く。
エリザは片眉を上げて、目の前の山盛りサラダを見つめた。
「これが、サラダだと? ……随分と重そうだが」
「芋は野菜です。カロリーはありますが、今の貴女に必要なのは即効性のエネルギーでしょう?」
リリがすらすらと答える。
「このポテトには、魔力回復を促進する成分が含まれています。肉の脂と合わせることで吸収率が高まる……と、店長様が仰っていました」
最後だけ俺に振るな。
まあ、合っているけど。
エリザはフォークを手に取った。
芋の塊を刺し、口へ運ぶ。
パクり。
咀嚼する。
ホクホクとした芋の甘み。
玉ねぎのシャキシャキ感。
そしてベーコンの塩気とマヨネーズの酸味。
「……ほう」
エリザの目が開かれた。
「美味い。……なんだこの甘みは。砂糖でも入れたのか?」
「いいえ。それが『オーク・ポテト』本来の甘みです」
リリが得意げに胸を張る。
「98階層の肥沃な土壌と、濃密な魔力を吸って育った最高級品です。……貴女が普段食べているような、痩せた土地の芋とは格が違います」
「なるほどな。……草食の分際で、いい仕事をする」
エリザはニヤリと笑い、次の一口を頬張った。
どうやら合格らしい。
俺はほっと息をついた。
「店主、これも追加だ。メインの肉が焼けるまでの繋ぎに丁度いい」
「はいよ。……リリ、エリザさんのコップ、空いてるぞ」
「あ、はい!」
リリは慌ててピッチャーを手に取った。
水注ぎも板についてきた。
最初は肉食獣と草食獣の喧嘩になるかと思ったが、意外と上手くいっている。
「食」という共通言語があれば、種族の壁なんて低いものだ。
しばらくして、店内の空気が和んだ頃。
エリザがふと、リリに問いかけた。
「おい、エルフ」
「……リリアナです」
「リリアナ。お前、なぜあんな場所にいた? 98階層の森など、ソロで立ち入る場所ではないだろう」
核心を突く質問だった。
俺も気になっていたことだ。
蔦に巻かれて死にかけていた彼女。
装備もボロボロで、食料も持っていなかった。
リリの手が止まった。
ピッチャーを持つ手が、白くなるほど強く握られている。
彼女は俯き、長い睫毛を伏せた。
「……囮(おとり)にされたんです」
静かな声だった。
だが、そこには明確な怒りと、深い悲しみが混じっていた。
「囮?」
「はい。……私の所属していたパーティは、ランクBを目指す中堅でした。今回の探索で、レアな素材を見つければ昇格できると息巻いていて……」
リリは唇を噛んだ。
「でも、森で『マンイーター・プラント』の群生地に迷い込んでしまって。……逃げるために、誰かが足止めをする必要があったんです」
「それで、お前が選ばれたと?」
エリザの声が冷たくなる。
「私は採取係で、戦闘力はありませんから。……『お前なら植物の知識でなんとかできるだろう』って、背中を押されて。……そのまま、転移石を使って彼らだけ逃げました」
ひどい話だ。
俺は包丁を握る手に力が入った。
仲間を見捨てる。
それも、戦えない非戦闘員を盾にして。
冒険者として以前に、人間として終わっている。
「……最低だな」
俺が呟くと、リリは寂しげに笑った。
「エルフは魔力感知に長けていますから、便利な道具扱いだったんでしょうね。……肉も食べないし、付き合いも悪いし、邪魔だったのかもしれません」
彼女はそこで言葉を切り、顔を上げた。
無理に作った笑顔が痛々しい。
「でも、結果オーライです! おかげで店長様に拾っていただけましたし、こんなに美味しい野菜にも出会えましたから!」
明るく振る舞おうとしている。
けれど、その声は震えていた。
信じていた仲間に裏切られ、死の淵を彷徨った恐怖は、そう簡単に消えるものじゃない。
ダンッ!
音がした。
エリザが、空になった皿をカウンターに叩きつけた音だった。
「……不愉快だ」
エリザは吐き捨てるように言った。
「そのゴミ共の名前は?」
「え?」
「名前だ。地上に戻ったら、私がギルドに報告してやる。……仲間殺しは重罪だ。冒険者資格の剥奪だけでは済まさん」
エリザの青い瞳が、冷たい炎のように燃えていた。
本気の怒りだ。
彼女のようなS級にとって、仲間を売る行為は最も許せないタブーなのだろう。
「え、エリザさん……」
リリは目を丸くしていた。
野蛮な肉食獣だと思っていた相手が、自分のために怒ってくれている。
その事実に戸惑っているようだ。
「言っておくが、お前のためではない」
エリザはプイと顔を背けた。
「私の気に入った店の店員が、そんな不当な扱いを受けているのが気に入らんだけだ。……この店の品位に関わる」
ツンデレかよ。
俺は心の中で突っ込んだが、口には出さない。
エリザなりの優しさだ。
俺は厨房から身を乗り出した。
「リリ」
「は、はい」
「うちは定食屋だ。来る者は拒まないが、従業員を守るのは店長の義務だ」
俺は彼女の目を見て言った。
「前のパーティがどうだったかは知らん。だが、ここでは誰も囮になんてしない。……嫌な客が来たら俺が追い返すし、食材がなくなったら俺が採りに行く」
「店長様……」
「だから、安心しろ。……お前はただ、美味い野菜を選んで、客に運んでくれればいい」
リリの瞳が潤んだ。
彼女は何度も頷き、エプロンで目元を拭った。
「……はいっ! ありがとうございます!」
「ふん。……湿っぽいぞ」
エリザが鼻を鳴らす。
「店主、メインの肉はまだか? サラダだけで腹を満たすつもりはないぞ」
「はいはい、今焼いてるよ。特大ステーキだ」
俺はフライパンを揺すった。
肉が焼ける音と香りが、しんみりした空気を吹き飛ばしていく。
リリは鼻をすすり、背筋を伸ばした。
「エリザ様、お水のおかわりはいかがですか?」
「……もらおうか。それと、様はいらん」
「はい、エリザさん!」
リリがテキパキと動き出す。
その足取りは、来た時よりもずっと軽やかだった。
俺は肉を焼きながら、足元のクロを見た。
クロは「やれやれ」といった顔で欠伸をしている。
『人間とは、面倒な生き物だな』
「全くだ。……でもまあ、悪くないだろ?」
『ふむ。……飯が美味ければ、文句はない』
クロは尻尾を振った。
店の中には、肉の焼ける匂いと、微かな野菜の香り。
そして、食器の触れ合う音と、ぎこちない会話が満ちていた。
俺の店に、また一つ「絆」のようなものが生まれた気がした。
地獄の底で、見捨てられた者たちが集まって、温かい飯を食う。
それだけで、明日も生きていける。
「へい、お待たせ! ドラゴンステーキだ!」
俺は熱々の鉄板をカウンターに出した。
ジュウウウウッ!
エリザが歓声を上げ、リリが少し顔をしかめ(でも目は笑っていた)、クロが鼻をヒクつかせる。
深層食堂、本日の営業も異常なしだ。
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