第17話 植物博士の就職活動

「採用だ」


俺の言葉に、リリはパッと顔を輝かせた。

かき揚げうどんを完食して元気になった彼女は、今はカウンターの椅子にちょこんと座っている。

その背筋はピンと伸びていて、育ちの良さを感じさせた。


「本当ですか!? ありがとうございます、店長様!」


「様はいらない。トオルでいい。……それにしても、まさか鑑定持ちとはな」


俺はカウンターの上に並べた野菜たちを見下ろした。

さっきまで俺が「なんとなく美味そう」という勘だけで集めてきた草や根菜たちだ。


リリは一つ一つを手に取り、まるで宝石を扱うように撫でながら解説してくれた。


「はい。これは『オーク・ポテト』ですね。少し泥臭いですが、加熱すると甘みが増します。滋養強壮に効果があります」


彼女は茶色い芋のような塊を指差した。


「こっちの赤い根菜は『ブラッド・カロット』。血の巡りを良くする薬効成分が含まれています。貧血気味の女性には特におすすめですね」


「へぇ、見た目通りだな」


「そして、この巨大な葉は『マンドラゴラの葉』です」


「……マンドラゴラ?」


俺は思わず後ずさった。

あの、引き抜くと叫び声を上げて人を殺すっていう?


「あ、大丈夫ですよ。これは食用に品種改良された亜種ですから。根っこは猛毒ですが、葉っぱには毒はありません。むしろ、疲労回復の効果が高いハーブです」


「根っこは毒なのかよ。危うく根こそぎ鍋に入れるところだった」


俺は冷や汗を拭った。

やはり専門家がいると違う。

俺一人だったら、今頃マンドラゴラ鍋を食って泡を吹いていただろう。


「助かるよ、リリ。俺には料理の知識はあるが、この世界の食材については素人なんだ。お前がいれば、毒見の手間が省ける」


「毒見……。はい、お任せください! 植物のことなら、葉脈の一本まで見通してみせます!」


リリは胸を張った。

頼もしい限りだ。

肉は触れないが、野菜ソムリエとしては超一流らしい。


俺はアイテムボックスの奥から、予備のエプロンを取り出した。

俺とお揃いの、紺色のエプロンだ。


「ほら、これを使え。制服だ」


「わぁ……!」


リリはエプロンを受け取ると、頬ずりせんばかりに喜んだ。


「店長様と同じ衣……! 光栄です!」


「だから様はやめろって」


彼女は早速エプロンを身に着けた。

ボロボロの緑衣の上からだが、不思議と様になっている。

エルフの美貌は何を着ても映えるらしい。


「よし、それじゃあ帰るか。夕方の営業に間に合わせないと」


俺は店の外に出た。

まだ98階層の森の中だ。

巨大なシダ植物が風に揺れている。


「クロ、帰り道も頼むぞ」


『うむ。……だがその前に、デザートが欲しいな』


クロが俺の足元でニヤリと笑った(ように見えた)。

こいつ、俺がリリを採用したことで機嫌がいいらしい。

リリがクロを見る目が、完全に「神を崇める信者」のそれだからだろう。


「はいはい。帰ったらマグロ缶を開けてやるよ」


『交渉成立だ』


クロが歩き出す。

俺は強く念じた。

『店よ、ついてこい』。


ズズズズズ……。


地響きと共に、プレハブ店舗が動き出す。

何度見てもシュールな光景だ。

巨大な箱が、森の中を滑るように移動していく。


リリは店の中から、窓の外を流れる景色を眺めていた。

その目は驚愕に見開かれている。


「すごい……。結界ごと移動しているなんて……。やはり店長様は、空間魔法の使い手なのですか?」


「いや、ただの結界師だ。ちょっと応用してるだけさ」


俺は謙遜した。

実際、どういう理屈で動いているのか俺にも分からない。

「俺の店だ」という認識が、スキルに作用しているとしか思えない。


帰り道はスムーズだった。

行きと同じ「獣道(トンネル)」を通り、再び岩盤を削りながら99階層へ降りていく。


ガガガガッ!


岩が砕ける音がする。

リリは少し怖がるかと思ったが、意外にも平気そうだった。


「精霊獣様がいらっしゃる場所なら、どこだって安全ですから」


彼女はカウンターの上で寛ぐクロに向かって、うっとりとした視線を送っていた。

そして、あろうことかクロの背中をブラッシングし始めた。


「クロ様、毛並みが乱れておりますよ。整えさせていただきますね」


『うむ。そこだ、耳の後ろだ』


クロも満更でもない様子で目を細めている。

おいおい、完全に下僕扱いじゃないか。

まあ、クロが機嫌良くいてくれるなら店の平和も保たれる。

ウィンウィンの関係ってやつか。


数十分後。

トンネルを抜けた。

懐かしい熱気と硫黄の臭いが帰ってきた。


「戻ったな」


俺は足を止めた。

店も定位置――いつもの岩場の上でピタリと止まる。


外を見る。

赤いマグマの輝き。

遠くで聞こえるドラゴンの咆哮。

地獄のような風景だが、不思議と実家に帰ってきたような安心感がある。


「さて、開店準備をするか。リリ、お前は……」


俺が指示を出そうとした時だった。


ガンッ!!


入り口のガラス戸が、外から乱暴に叩かれた。

魔物か?

いや、ノックにしては強烈だが、破壊しようとする意思は感じられない。

人間だ。


俺は恐る恐る近づき、ブラインドを開けた。


そこにいたのは、腕組みをして仁王立ちする、銀髪の女騎士だった。


「エリザ……?」


彼女は不機嫌そうに眉を寄せていた。

その足元には、巨大なキマイラの死体が転がっている。

どうやら、店が開くのを待ちながら、暇つぶしに狩りをしていたらしい。


俺は慌てて鍵を開けた。

引き戸が勢いよく開く。


「遅いぞ、店主」


第一声がそれだった。

エリザはズカズカと店内に入ってくると、いつもの席にドカッと座った。


「夕方には戻ると書き置きがあったから待っていたが、もう夜だぞ。腹が減って死ぬかと思った」


「わ、悪かったよ。ちょっと道が混んでてな」


ダンジョンに渋滞なんてないが、言い訳をしておく。

エリザは「ふん」と鼻を鳴らし、カウンターの中を見た。


そして、そこにいる「新顔」に気づいた。


リリだ。

彼女はクロのブラッシングの手を止め、怪訝そうな顔でエリザを見ていた。


「……誰だ、その女は」


エリザの声が低くなる。

鋭い視線がリリを射抜く。


「あー、紹介するよ。今日からうちで働くことになったリリだ。……リリ、常連客のエリザさんだ」


俺が紹介すると、リリは丁寧にお辞儀をした。


「初めまして。リリアナと申します」


礼儀正しい挨拶だ。

だが、その直後の一言が余計だった。


「……野蛮な匂いがしますね。血と脂の臭い……。いかにも『肉食』という感じです」


リリが鼻をつまむ仕草をした。


ピキッ。


エリザのこめかみに青筋が浮かんだのが見えた。


「……なんだと?」


エリザが立ち上がる。

S級冒険者の殺気が漏れ出す。


「野蛮で悪かったな、森の妖精。……貴様こそ、草の汁のような匂いがするぞ。貧相な体つきだ」


「なんですって!?」


リリも負けじと立ち上がった。

エルフにしては気が強い。

いや、精霊教徒としてのプライドか。


「私は自然と共に生きる高潔なエルフです! 貴女のように、命を貪る獣とは違います!」


「ほほう。なら、その高潔な体で、私の剣が受けきれるか?」


「暴力ですか! これだから肉食獣は!」


バチバチと火花が散る。

一触即発だ。

店の中で喧嘩はやめてくれ。


俺は助けを求めてクロを見た。

だが、クロは「我関せず」とばかりに欠伸をして、マグロ缶を待っている。

役に立たない守護獣め。


「お、おい二人とも! 落ち着け!」


俺はフライパンとお玉を打ち鳴らした。

カンカンカン!

甲高い音が響き、二人が俺を見る。


「喧嘩するなら外でやれ! ここは飯屋だ! 飯を食う場所だ!」


俺は店主としての威厳(精一杯の虚勢)を見せた。


「エリザ、腹が減ってるんだろ? リリ、お前も仕事初日だろ? まずは飯だ。話はそれからだ」


「……む」


エリザが剣から手を離した。

腹の虫が正直に鳴ったからだ。


「……分かった。店主の顔に免じて、今は引こう」


彼女は渋々座り直した。

リリも「ふん」と顔を背けて、厨房の隅へ引っ込む。


「で、今日は何があるんだ? 野菜を採りに行ったんだろう?」


エリザが期待のこもった目で俺を見た。

肉食獣の彼女だが、最近は野菜の味も覚え始めている。


「ああ、いいのが入ったぞ。……リリ、出番だ」


俺はリリを手招きした。

彼女は不服そうにしながらも、エプロンを締め直して出てきた。


「……はい。店長様」


「エリザに、今日の『オススメ』を説明してやってくれ。……肉料理の付け合わせにな」


俺はニヤリと笑った。

肉食のエリザと、菜食のリリ。

水と油に見えるが、食卓の上なら共存できるはずだ。

俺の料理で、無理やりにでも仲良くさせてやる。


リリは少し躊躇ったが、プロ意識を発揮したのか、エリザに向き直った。


「……本日のオススメは、98階層直送の『オーク・ポテト』のサラダです。……肉料理の消化を助ける酵素がたっぷり入っています」


「ほう。……悪くない」


エリザが口元を緩めた。


俺は厨房で包丁を握った。

今夜は忙しくなりそうだ。

新しいスタッフと、腹ペコの常連客。

そして、足元でマグロを待つ猫。


深層食堂の第二章が、賑やかに幕を開けた。

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