第16話 絶品! 巨大野菜のかき揚げうどん
「さて、やるか」
俺はまな板に向かった。
目の前には、バレーボール大の玉ねぎ『精霊王の涙』。
そして赤い根菜(人参もどき)と、青々とした巨大な葉物(三つ葉っぽい香り)。
メニューは決まっている。
肉を使わず、ボリュームがあって、満足度が高いもの。
そして、この瑞々しい野菜の甘みを最大限に活かす料理。
「かき揚げうどんだ」
俺は包丁を握った。
まずは下準備だ。
巨大玉ねぎを半分に割る。
ザクッ。
断面から真っ白な汁が滲み出る。
目に染みるかと思ったが、刺激臭はない。
代わりに、フルーツのような甘い香りが漂った。
「すげぇな、これ」
俺は玉ねぎを薄切りにしていく。
サクサクと小気味いい音がする。
次に人参だ。
こちらは千切りにする。
鮮やかなオレンジ色が、白い玉ねぎに映える。
最後に、三つ葉のような葉をざく切りにして加える。
ボウルに山盛りの野菜タワーができた。
「……で、問題はこれだ」
俺は鍋の出汁を見つめた。
さっきの卵粥に使った鶏ガラスープはNGだった。
なら、うどんつゆはどうだ?
うどん出汁の基本は、昆布と鰹節だ。
「おい、エルフのお嬢さん」
俺はカウンターの隅で縮こまっている少女に声をかけた。
「魚は食えるか? 出汁に鰹節を使いたいんだが」
少女はビクッと肩を震わせた。
涙目で俺を見る。
そして、チラリと横目でカウンターの上の「黒い毛玉」を見た。
クロだ。
こいつは今、俺が小皿に出してやった鰹節を、ポリポリと美味そうに齧っている。
「……せ、精霊獣様が……召し上がっているものなら……」
少女は蚊の鳴くような声で言った。
「浄化されています。……命の穢れはありません」
「そりゃよかった」
精霊獣サマサマだ。
クロが食ってるものなら「聖なる食べ物」判定らしい。
都合のいい宗教だが、料理人としては助かる。
俺は昆布と鰹節で取った黄金色の出汁に、薄口醤油とみりんを加えた。
関西風の、透き通ったつゆだ。
ふわりと磯の香りが立つ。
少女の顔色を見る。
吐き気はないようだ。
むしろ、鼻をヒクつかせて興味深そうにしている。
よし、いける。
次は揚げの工程だ。
別のボウルに小麦粉と冷水を入れ、サックリと混ぜる。
粘りを出さないのがコツだ。
ここに、さっき刻んだ野菜を投入。
衣を薄く纏わせる。
揚げ油の温度は170度。
菜箸を入れると、シュワシュワと細かい泡が出る。
ベストタイミングだ。
俺はお玉いっぱいにタネを掬い、油の中に静かに滑り込ませた。
ジュワアアアアアッ!!
店内に盛大な音が響き渡る。
水分が蒸発する音。
野菜の甘みが凝縮されていく音だ。
「ひっ!」
少女が音に驚いて身を引いた。
だが、すぐに漂ってきた香りに動きを止める。
油の香ばしさと、玉ねぎが熱されて甘くなる匂い。
焦げ臭さは微塵もない。
食欲を直接殴りつけるような、暴力的なまでの「美味そうな匂い」だ。
俺は菜箸で衣をつつき、形を整える。
巨大なかき揚げだ。
厚さは5センチはある。
じっくりと火を通す。
泡の音が小さくなり、ピチピチという高い音に変わる。
水分が抜けた合図だ。
「よっと」
網で引き上げる。
油を切る。
黄金色に輝く円盤。
表面はカリッカリ、中はホックホクだ。
同時に、隣のコンロでうどんを茹で上げる。
冷水で締めてコシを出し、熱湯にくぐらせて温め直す。
丼にうどんを入れる。
熱々の出汁を張る。
その上に、揚げたてのかき揚げを鎮座させる。
ジューッ。
かき揚げが出汁を吸う音がした。
完成だ。
「へい、お待ち! 特製・巨大野菜のかき揚げうどんだ!」
俺は丼をカウンターに置いた。
湯気と共に、カツオと野菜の甘い香りが少女の顔を包む。
少女は呆然としていた。
目の前の丼を見つめ、ゴクリと喉を鳴らす。
「こ、これが……お料理……?」
「ああ。肉も卵も入ってない。野菜と小麦粉と魚の出汁だけだ。……食えるか?」
「……はい」
彼女は震える手で箸を持った。
使い方は知っているらしい。
まず、レンゲで出汁をすする。
「……あ」
ため息が漏れた。
瞳が見開かれる。
「優しい……。海の恵みの味がします……」
拒絶反応はない。
いける。
「麺もいってみろ。ツルツルだぞ」
彼女はうどんを一本掴み、口に運んだ。
チュルン、と吸い込む。
モチモチの食感。
噛みしめる。
そして、メインのかき揚げだ。
彼女は箸でサクサクの衣を割った。
ザクッという音。
中から、蒸された玉ねぎが顔を出す。
出汁に浸って少し柔らかくなった部分と、まだカリカリの部分。
それを口に放り込む。
「んんっ……!」
少女の動きが止まった。
咀嚼する。
シャクシャク。
カリカリ。
口の中で、玉ねぎの甘みが爆発しているはずだ。
『精霊王の涙』という大層な名前は伊達じゃない。
糖度が半端ないのだ。
「あまい……」
少女が呟いた。
「砂糖なんて入れてないのに……野菜だけで、こんなに甘くて、濃厚で……」
彼女の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
またか。
うちの客はみんな泣きながら食うな。
「……ううッ、うううぅぅッ!」
彼女は泣きながら、猛然と箸を動かし始めた。
もう止まらない。
うどんをすする。
かき揚げを齧る。
出汁を飲む。
「はぐっ、んぐっ……おいしい、おいしいですぅ……!」
枯れ木のように痩せていた体に、見る見るうちに生気が戻っていく。
青白かった肌がピンク色に染まり、髪に艶が出る。
マジックポイントが回復しているのが、素人目にも分かるレベルだ。
俺はその様子を、腕組みして眺めた。
料理人冥利に尽きる瞬間だ。
肉がなくたって、野菜だけで人は幸せにできる。
「店主殿」
足元でクロが言った。
いつの間にか俺の足元に来て、落ちてきた天かすを狙っている。
『あの娘、泣いているのは味のせいだけではないぞ』
「ん? どういうことだ?」
『お前の料理から、とんでもない魔力が溢れているからだ。……あの野菜、生で食うより数倍の効果が出ている』
クロは呆れたように笑った。
『結界の中で育て、結界の中で調理したことで、浄化作用が極まっているのだ。……エルフにとっては、最高級のポーションを飲んでいるようなものだろうな』
「へぇ、そんな効果が」
俺は他人事のように感心した。
まあ、体にいいなら何よりだ。
数分後。
丼は綺麗に空になっていた。
出汁一滴残っていない。
少女はカウンターに突っ伏して、荒い息を吐いていた。
満腹と、急激な魔力回復による一種の酩酊状態らしい。
「ふぅ……ふぅ……」
彼女はゆっくりと顔を上げた。
泣き腫らした目は赤いが、その瞳には強い光が宿っていた。
彼女は椅子から降りると、その場で膝をついた。
俺に向かって、深々と頭を下げる。
「……感謝いたします」
凛とした声だった。
さっきまでの弱々しい少女とは別人のようだ。
「貴方様は……精霊に愛された方なのですね」
「は?」
俺は眉をひそめた。
なんか話が飛躍していないか?
「でなければ、あのような神聖な野菜を、これほど見事に……。それに、この空間」
彼女は店の中を見回した。
「穢れが一切ない。純粋な守護の力だけで満たされています。……ここは、精霊王様の御座(みくら)にも等しい聖域です」
彼女は真剣な眼差しで俺を見た。
崇拝、と言ってもいい熱量だ。
「私はリリアナ。……リリとお呼びください。この命、貴方様と精霊獣様に救われました」
「いや、俺はただの定食屋の店主で……」
「いいえ! 貴方様はただ人ではありません!」
リリは食い気味に否定した。
栄養が行き渡ったせいか、声に張りがある。
「どうか、ここで働かせてください! この御恩、一生かけてお返しします!」
「……はい?」
俺はクロを見た。
クロは「面倒なことになったな」という顔をして、プイと顔を背けた。
従業員募集は考えていた。
でも、まさかこんな宗教的な理由で志願されるとは思わなかった。
「あのな、うちは定食屋だぞ。肉も扱うし、客は荒くれ者ばかりだ。エルフのお嬢さんに務まるとは……」
「やります! 野菜の皮剥きでも、床磨きでも何でも!」
リリは必死だった。
その目は、かつてのエリザと同じだ。
ここを「居場所」だと認識してしまった目だ。
俺は頭を掻いた。
まあ、人手は欲しかった。
それに、野菜の知識があるなら、今後の仕入れにも役立つだろう。
肉が触れないなら、ホール係か野菜担当にすればいい。
「……分かった。とりあえず、見習いからだ」
「はいっ! ありがとうございます、店長様!」
リリは花が咲いたような笑顔を見せた。
その笑顔を見て、俺は思った。
まあ、なんとかなるか。
地獄の99階層に、新しい仲間(?)が増えた瞬間だった。
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