第15話 エルフは肉を食わない
「おい、しっかりしろ! 息はあるか?」
俺はエルフの少女を、店の一番奥にある長椅子に寝かせた。
座布団を枕代わりにする。
改めて見ると、酷い状態だった。
緑色の服はあちこち裂け、泥だらけだ。
手足は木の枝のように細く、頬がこけている。
蔦に締め上げられた痕が、白い肌に痛々しく残っていた。
「……う、ぅ……」
少女の睫毛が震えた。
ゆっくりと、薄緑色の瞳が開かれる。
「……こ、こは……?」
「店だ。定食屋だ」
俺は簡潔に答えた。
混乱している相手に長々と説明しても仕方ない。
俺はコップに水を汲み、ストロー(これも支給品だ)を差して差し出した。
「飲めるか?」
少女は俺の顔と、コップを交互に見て、震える手でそれを受け取った。
チュウ、と吸う。
喉が鳴る。
「……みず……あまい……」
「ただの水道水だ。ゆっくり飲め」
彼女はコップ半分の水を飲み干すと、少しだけ落ち着いたようだった。
そして、視界の隅にいた「黒い毛玉」に気づいた。
カウンターの上で毛繕いをしていたクロだ。
「ヒッ!?」
少女が弾かれたように身を縮こまらせた。
長椅子から転げ落ちそうな勢いだ。
「あ、悪魔……い、いえ、精霊獣様……!?」
彼女はガタガタと震えながら、クロに向かって平伏した。
床に額を擦り付けている。
『……なんだ、その態度は』
クロが不機嫌そうに尻尾を振った。
『我はただの猫だ。……おい人間、この娘は頭もやられているぞ』
「お前が喋るからだろ」
俺は溜息をついた。
まあ、エルフなら魔力感知能力が高いのかもしれない。
クロの正体(俺も知らんが)を本能的に悟ったとか。
「大丈夫だ、そいつはうちのペットだ。噛みついたりはしない」
俺は少女の肩を支えて、もう一度椅子に座らせた。
「それより、腹減ってるだろ? 何か作るぞ」
「……はら……?」
彼女はお腹に手を当てた。
その瞬間、可愛らしい音ではなく、もはや悲鳴のような「ギュルルル」という音が鳴り響いた。
顔を真っ赤にして俯く。
限界らしい。
これだけ痩せているんだ。
固形物は胃が受け付けないかもしれない。
俺は厨房に入った。
消化に良くて、栄養価が高くて、温まるもの。
お粥だ。
それも、ただのお粥じゃない。
エリザが持ち込んだ『コカトリスのササミ』と『上質な鶏ガラ』で取った出汁を使う。
滋養強壮には鶏肉が一番だ。
俺は鍋を火にかけた。
鶏ガラスープが黄金色に輝く。
そこに冷や飯を投入。
弱火でコトコト煮込む。
いい匂いがしてきた。
鶏の脂の甘い香りと、米が煮える優しい匂い。
仕上げに、溶き卵を回し入れる。
ふわふわの卵粥の完成だ。
彩りにネギを散らす。
完璧だ。
これなら死にかけの病人でも蘇る。
俺は自信満々で丼をトレイに乗せた。
「お待たせ。特製、コカトリス出汁の卵粥だ」
俺は少女の前に丼を置いた。
湯気が立つ。
さあ、食え。
そしてエリザみたいに「美味い」と叫んで元気になれ。
だが。
少女の反応は、俺の予想とは正反対だった。
「……っ!?」
彼女は丼の中身を見た瞬間、顔色を青ざめさせた。
いや、土気色になった。
口元を手で押さえ、涙目で首を横に振る。
「……だ、だめ……」
「え? 熱いか? ふーふーしてやろうか?」
「ちが……におい……血の、においが……」
彼女は椅子からずり落ちんばかりに後ずさった。
まるで汚物でも見るような目だ。
「む、無理です……! 動物の……死骸の煮汁なんて……! オェッ……」
本気で吐きそうになっている。
俺は慌てて丼を下げた。
「ちょ、待て待て! これは死骸の煮汁じゃなくて、スープだ! 高級食材だぞ!?」
「だめなんですぅ……!」
彼女はカウンターの隅でうずくまり、ガタガタと震えだした。
「わ、私は……精霊の巫女……。肉も、魚も、卵も……命あるものを口にすることは、禁忌……」
「……はい?」
俺はフリーズした。
禁忌。
つまり、食べられない。
アレルギーとか好き嫌いじゃなく、宗教的なレベルでの拒絶。
「じゃあ、何なら食えるんだ?」
「……木の実、とか……草、とか……」
消え入るような声で彼女は答えた。
俺は厨房の冷蔵庫を見やった。
そこには、エリザたちが狩ってきた肉、肉、肉。
ドラゴン、オーク、ミノタウロス。
肉の博覧会だ。
野菜室を見る。
空っぽだ。
今朝、最後のキャベツを使い切った。
米はあと少しあるが、具なしのお粥なんて栄養がない。
いや、待てよ。
さっき採ってきたやつがあるじゃないか。
俺はアイテムボックスを開けた。
98階層の森で採取した、巨大な野菜たち。
バレーボール大の玉ねぎ。
赤い根菜。
謎の葉っぱ。
「……これ、食えるか?」
俺はカウンターの上に、巨大玉ねぎをドンと置いた。
少女がおずおずと顔を上げる。
その目が、玉ねぎを見た瞬間、カッ!と見開かれた。
「こ、これは……『精霊王の涙(スピリット・オニオン)』!?」
「なんだその大層な名前」
「ダンジョンの深層にしか自生しない、幻の野菜です……! し、しかもこんなに大きくて、魔力が満ちていて……!」
彼女はふらふらと立ち上がり、玉ねぎに手を伸ばした。
さっきの肉粥への反応とは雲泥の差だ。
頬が紅潮し、瞳がキラキラと輝いている。
「これなら……食べられますか?」
「はい……! これ以上の御馳走はありません……!」
彼女は玉ねぎを拝むように両手で包み込んだ。
決まりだ。
肉はダメ。
でも、このダンジョン野菜なら最高のご馳走になる。
俺は腕まくりをした。
肉を使わずに、腹ペコを満足させる料理。
しかも、素材は未知の巨大野菜。
燃えるじゃないか。
料理人の腕の見せ所だ。
「よし、待ってろ。肉なしでも、ほっぺたが落ちるようなもん作ってやる」
俺は玉ねぎを回収し、まな板の上に置いた。
包丁を握る。
『ふん、難儀な客だな』
クロが呆れたように欠伸をした。
「全くだ。……でもまあ、客は神様って言うしな」
俺はニヤリと笑った。
偏食家だろうが、菜食主義だろうが関係ない。
うちの暖簾をくぐった以上、腹一杯にして帰す。
それが『深層食堂』の流儀だ。
俺は巨大玉ねぎに包丁を入れた。
ザクッ、という小気味いい音が、静かな店内に響いた。
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