第14話 動く定食屋

翌朝。

99階層に朝日は差し込まないが、俺の体内時計は活動開始を告げていた。


「よし、準備完了だ」


俺は店先に出た。

入り口の横に、昨日作った看板を掲げる。


『食材仕入れのため、臨時休業(移動中)』


その下に、エリザ宛のメモも貼り付けておく。

「野菜を採りに98階層へ行ってくる。夕方には戻る予定。今日のオススメは野菜炒めだ」

あいつなら、勝手に読んで理解するだろう。


「さて、やるか」


俺は深呼吸をした。

緊張する。

理論上はいけるはずだが、実際に家一軒分の建物を引き連れて歩くなんて経験、人生で初めてだ。


「クロ、道案内頼むぞ」


『うむ。ついてこい』


クロが軽やかに歩き出す。

俺はその背中を追いかけるように、一歩を踏み出した。

同時に、強く念じる。

『ここは俺の店だ。俺のテリトリーだ。俺と一緒に来い』


ズズズズズ……。


音がした。

足元の岩盤が鳴る音じゃない。

背後だ。

俺は恐る恐る振り返った。


「……うわ」


動いていた。

プレハブ店舗が。

俺との距離を一定に保ったまま、地面の上を滑るように追従してきている。

摩擦ゼロのホバークラフトみたいだ。

店内の棚から皿が落ちる音がしないところを見ると、中の空間ごと固定されて平行移動しているらしい。


「すげぇ……本当に動くのかよ」


『何を呆けている。置いていくぞ』


クロは振り返りもせずに進んでいく。

俺は慌てて足を動かした。

俺が走れば、店も走る(ように見える)。

俺が止まれば、店も止まる。

なんだか巨大なペットを散歩させている気分だ。

いや、俺が散歩させられているのか?


数分後。

クロは岩壁の前で立ち止まった。


「ここか? 行き止まりに見えるけど」


『よく見ろ。ここだ』


クロが前足で岩の一部を叩いた。

すると、岩肌が陽炎のように揺らぎ、人一人が通れるほどの穴が現れた。


「隠し通路?」


『獣道だ。階段を使うと遠回りだからな。ここを通れば、上の階層まで一直線だ』


クロは躊躇なく穴の中に飛び込んだ。

俺も続く。

当然、背後の店も一緒だ。

穴のサイズは人間用だが、俺の『絶対安全圏』は障害物をすり抜ける――わけではない。

物理干渉を無効化するのだ。


ガガガガガッ!


店が岩壁に突っ込む。

だが、壊れるのは店じゃない。

岩の方だ。

俺の結界に触れた岩盤が、まるで豆腐のように抉り取られ、店が通れるだけのトンネルが強制的に開通していく。


「環境破壊もいいとこだな……」


俺は引きつった笑いを浮かべた。

俺自身は何の抵抗も感じない。

ただ歩くだけで、道ができる。

最強のシールドマシンだ。


暗いトンネルを抜けるのに、十分もかからなかった。

急に視界が開けた。

同時に、空気が変わった。


ムワッとした湿気。

土と草の匂い。

そして、硫黄の臭いが消えている。


「……ここが、98階層?」


俺は足を止めた。

店も止まる。

目の前に広がっていたのは、紛れもない「森」だった。


ただし、縮尺がおかしい。


シダ植物のような草が、電柱ほどの高さまで伸びている。

キノコの傘は、雨宿りどころか家が建ちそうなサイズだ。

木々は天を突き、その遥か上空には、ぼんやりとした発光苔が天井を照らしている。


「ジュラ紀かよ」


俺は圧倒された。

99階層の無機質な地獄とは真逆だ。

生命力に溢れすぎている。


『どうだ。ここなら草くらい幾らでもあるだろう』


クロが得意げに尻尾を立てた。


「ああ、ありそうだけど……これ、食えるのか?」


俺は目の前の巨大な草を見上げた。

葉っぱ一枚で畳一畳分はある。

キャベツというより、モンスターの素材に見える。


『鑑定はできんのか?』


「料理人としての目利きしかできん。……まあ、見た感じは瑞々しくて美味そうだが」


俺は葉の表面を触ってみた。

結界越しではない。

店から出て、結界の内側にその葉の一部を引き込んで触れたのだ。

ひんやりとして、水分を含んでいる。


ちぎってみる。

シャキッ、といういい音がした。

断面から透明な汁が滲み出る。

匂いを嗅ぐ。

青臭いが、嫌な匂いじゃない。

セロリに近いか?


「とりあえず、確保だ」


俺は持ってきたカゴに、手近な草やキノコを放り込んだ。

もちろん、毒見は必要だ。

だが、今はとにかく種類を集める。


俺たちは森の中を進んだ。

店ごと移動するサファリツアーだ。


ガサッ。


茂みが揺れた。

巨大な影が現れる。


体長2メートルほどのカマキリだ。

鎌の部分が鋭利な刃物のように光っている。

『キラーマンティス』。

Dランク相当の魔物だ。


カマキリは俺(と店)を見ると、威嚇するように鎌を振り上げた。

そして、目にも止まらぬ速さで突っ込んでくる。


「ひっ!」


俺は反射的に身構えた。


カィィィン!!


硬質な音が響いた。

カマキリの鎌が、俺の目の前数メートルで見えない壁に弾かれたのだ。

『絶対安全圏』の仕事だ。


カマキリは衝撃で体勢を崩し、訳が分からないという顔で後ずさった。

そして、俺の後ろにそびえ立つ「謎の建造物(店)」を見上げ、本能的な恐怖を感じたのか、慌てて森の奥へ逃げ去っていった。


「……ふぅ」


俺は息を吐いた。

分かっていてもビビる。

だが、安全なのは間違いない。


『今の虫、足の肉は美味いぞ』


クロが残念そうに言った。

こいつ、頭の中が食うことしかないのか。


「今は野菜優先だ。肉は間に合ってる」


俺は気を取り直して進んだ。

しばらく歩くと、巨大な樹木の根元に、見慣れた形状の野菜を発見した。


「これ、玉ねぎか?」


地面から突き出た緑の葉。

その根元を掘り返すと、バレーボールサイズの球根が出てきた。

皮を剥くと、白くてツヤツヤした層が現れる。

紛れもなく玉ねぎだ。

ただしデカイ。


「おおっ! これはいけるぞ!」


俺は興奮して収穫した。

これ一つでカレーが50人分は作れそうだ。


さらに探索を続ける。

人参のような赤い根菜。

ジャガイモっぽい芋。

ほうれん草に似た巨大な葉。


宝の山だ。

俺のアイテムボックスがどんどん埋まっていく。

やはり、現地調達こそ正義だ。

もっと早く来ればよかった。


「よし、これくらいあれば当分は……ん?」


ふと、前方の茂みに違和感を覚えた。

植物の緑とは違う色が見えた気がした。


金色の何か。

魔物か?


俺は目を凝らした。

巨大な食虫植物のような花の根元。

そこに、何かが絡まっている。


「……人?」


俺は目を疑った。

長い耳。

透き通るような金色の髪。

緑色のボロボロの衣服。


蔦にグルグル巻きにされ、ぐったりとしている少女。

ファンタジー小説でしか見たことがない種族。


「エルフ……?」


まさか。

こんな深層に?

いや、俺がいる時点で「まさか」も何もないか。


彼女は動いていない。

蔦がじわじわと締め付けているように見える。

捕食されているのか?


「クロ! あれ!」


『む? ……ほう、森の妖精か。珍しいな』


クロは興味なさそうに欠伸をした。


「珍しいで済ますなよ! 助けるぞ!」


俺は駆け出した。

店がズズズとついてくる。


結界の範囲を広げるイメージを持つ。

あのエルフを、俺のテリトリーに入れるんだ。


「おい! 生きてるか!」


俺は蔦の前に躍り出た。

結界が接触する。

食虫植物が「異物」を感知して攻撃しようとするが、全て弾かれる。

俺はその隙に、腰に下げていた包丁(採集用)で蔦を切り裂いた。


ブチブチッ!


蔦が暴れるが、俺には届かない。

俺はエルフの体を抱え、強引に引き剥がした。


軽い。

昨日のエリザもそうだったが、こっちはもっと軽い。

枯れ木みたいだ。


「……う、ぅ……」


腕の中で、エルフの少女が微かに呻いた。

生きている。


俺は彼女を抱えたまま、店の入り口へと走った。

またしても、急患の運び込みだ。

どうして俺の店には、まともな客より先に瀕死の重傷者が転がり込んでくるんだ?


「とりあえず、店の中へ!」


俺は引き戸を蹴り開けた。

店内に森の湿気と共に、新しいトラブルの予感が吹き込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る