第13話 在庫確認と絶望
「いらっしゃい! 空いてる席へどうぞ!」
俺の声が店内に響く。
ランチタイムのピークだ。
といっても、ここは地下99階層。
外はマグマとドラゴンの巣窟で、昼も夜もない。
だが、俺の腹時計と、客たちの胃袋の時計は正確だ。
「大将! 唐揚げ定食、大盛りで頼む!」
「こっちは生姜焼きだ! キャベツ多めでな!」
「俺は日替わりの煮込みハンバーグをくれ!」
カウンターの6席は満席だ。
客は全員、全身をミスリルやオリハルコンで固めた屈強な冒険者たち。
彼らは数時間前まで、血で血を洗う死闘を繰り広げていたはずだ。
それが今では、涎を垂らして俺の料理を待っている。
「はいよ! 唐揚げ大盛りお待ち!」
俺は揚げたての唐揚げを山盛りにした皿をドンと置いた。
歓声が上がる。
「くぅ〜っ! この匂いだけで飯が食えるぜ!」
「地上の店より美味いんだよなぁ、ここの飯は」
男たちが豪快に肉にかぶりつく。
サクッ、ジュワッという音が連鎖する。
見ていて気持ちがいい。
『深層食堂』。
俺が看板を掲げてから一週間。
客足は途絶えるどころか、日に日に増えていた。
どうやら、最初に助けた3人組やエリザが、信頼できる仲間にだけこっそり場所を教えているらしい。
「あそこに行けば生きて帰れる」
そんな噂が、トップランカーたちの間で広まっているようだ。
ありがたいことだ。
俺はただの結界師だが、今は料理人として充実している。
このまま順風満帆にスローライフ(場所は地獄だが)を送れると思っていた。
……数時間後までは。
◇
営業終了後。
俺は厨房の床にへたり込んでいた。
疲労ではない。
絶望だ。
目の前には、食材管理用の帳簿がある。
俺は震える手で、アイテムボックスの中身を再確認した。
「……ない」
声が掠れる。
「ない、ない、ない! 野菜がない!」
俺は頭を抱えた。
肉はある。
腐るほどある。
なぜなら、エリザをはじめとする常連客が、「代金代わりだ」と言って高ランクの魔物肉を持ち込んでくるからだ。
ドラゴンのテール肉。
コカトリスのモモ肉。
オークキングのバラ肉。
冷蔵庫(拡張済み)は肉の博覧会状態だ。
これだけでステーキ屋を開けば一年は持つだろう。
だが、定食屋は肉だけじゃ成立しない。
肉の脂っこさを中和し、彩りを添え、栄養バランスを整える存在。
そう、野菜だ。
キャベツ。
玉ねぎ。
人参。
じゃがいも。
そして、日本人の魂である「米」。
これらは全て、ギルドからの支給品だ。
俺がここに飛ばされた時、支部長は「当面の食料」として大量の物資を持たせてくれた。
一人で食うなら半年は持つ量だった。
しかし、誤算があった。
客が来すぎた。
そして、あいつらが食いすぎた。
「キャベツの残り、あと3玉……」
俺は呟いた。
今日のランチだけで5玉消えた。
冒険者たちは体が資本だ。
本能的にビタミンを求めているのか、付け合わせの千切りキャベツを親の仇のように貪り食う。
「キャベツおかわり!」なんて注文もザラだ。
米に至ってはもっと深刻だ。
あと10キロもない。
あいつらの胃袋はブラックホールか?
唐揚げ一つで白飯一杯消費するペースだぞ。
「詰んだ……」
俺は天井を仰いだ。
あと3日。
いや、節約しても2日だ。
それが過ぎれば、うちは「肉だけを焼いて出す野蛮な店」になる。
とんかつ定食からキャベツとご飯を抜いたら、それはただの脂っこい肉塊だ。
そんなもの、俺の料理人としてのプライドが許さない。
『……何を唸っている、トオルよ』
足元から声がした。
クロだ。
黒猫の姿をした、この店の用心棒兼マスコット。
こいつは夕飯のマグロ(エリザの差し入れ)を食い終え、満足げに顔を洗っているところだった。
「クロか……。聞いてくれ、店が潰れそうだ」
『何? 敵襲か? それともダンジョンの崩落か?』
クロの金色の瞳が鋭くなる。
物騒な発想だ。
「違う。もっと深刻な問題だ。……野菜と米が尽きる」
俺が深刻な顔で告げると、クロはぽかんと口を開けた。
そして、鼻で笑った。
『なんだ、そんなことか。肉があるなら良いではないか。我は肉と魚があれば満足だぞ』
「お前は猫だからな! 人間にはバランスってものが必要なんだよ!」
俺は力説した。
「いいか、肉ばかり食ってると血液がドロドロになるんだ。肌も荒れるし、何より飽きる。生姜焼きのタレが染みた千切りキャベツの美味さを知らんのか!」
『ふむ……確かに、あの草(キャベツ)の食感は悪くない』
クロは前足で髭を整えながら同意した。
こいつ、最近はグルメ舌になりつつある。
「だろ? でも、ここは99階層だ。八百屋もなければスーパーもない。地上に戻って買い出しに行くには、転移陣が一方通行だから無理だ」
俺はここに来てから、帰還方法を探していないわけじゃない。
だが、エリザの話では「深層から地上への転移は、特定のアイテムがないと不可能」らしい。
俺は追放された身だ。
そんな高級アイテムは持っていない。
つまり、俺たちはここで自給自足するしかないのだ。
「肉は狩ればいい。水もある。でも、野菜だけはどうにもならない……」
俺はカウンターに突っ伏した。
閉店の二文字が脳裏をよぎる。
せっかく軌道に乗ってきたのに。
エリザや、あの3人組の悲しむ顔が浮かぶ。
『……難儀な奴だな、お前は』
クロが呆れたように言った。
そして、ひょいとカウンターに飛び乗ってくる。
俺の目の前で、長い尻尾をゆらりと振った。
『無いなら、採りに行けばよかろう』
「は?」
俺は顔を上げた。
「採りに行くって、どこに? この階層は岩とマグマしかないぞ。まさか溶岩の苔でも食えって言うのか?」
『違う。……ここより一つ上、98階層だ』
クロは前足で、天井の方を指差した(ような仕草をした)。
『あそこは環境が違う。マグマではなく、水と土の領域だ。……人間が言うところの「森」が広がっている』
「森……?」
俺は耳を疑った。
ダンジョンの中に森?
洞窟や遺跡なら分かるが、植物が育つ環境があるのか?
『うむ。そこには巨大な植物が群生している。お前が欲しがっている「草」や「根」に似たものもあるはずだ』
「マジか!」
俺はガバッと身を乗り出した。
クロの顔が目の前にある。
「食えるのか!? 毒はないのか!?」
『知らん。我は草など食わんからな。……だが、そこに住み着いている魔物どもは、その草を食って生きているぞ』
魔物が食っているなら、有機物であることは間違いない。
毒の有無は現地で確認すればいい。
俺には『絶対安全圏』がある。
毒の沼地だろうが、麻痺の胞子だろうが、結界内なら無効化できるはずだ。
「行こう」
俺は即断した。
迷っている時間はない。
在庫が尽きる前に、新たな供給源を確保するんだ。
「98階層への階段はどこだ? エリザに護衛を頼んで……」
『待て待て、早まるな』
クロが俺の頭を猫パンチで制した。
爪は出ていないが、地味に重い。
『階段など使わんでも、お前なら行けるだろう』
「へ?」
『お前のその「結界」。……店ごと動かせばいいではないか』
クロは事もなげに言った。
俺は自分の店を見回した。
厨房。カウンター。冷蔵庫。
このプレハブ店舗は、魔導キットで展開したものだ。
確かに設置型だが、結界は俺に追従する。
もし俺が、この店を「俺の装備品」あるいは「持ち物」として認識したまま移動したら?
「……移動販売車(キッチンカー)、ってことか?」
『よく分からんが、そういうことだ。お前の結界は空間そのものを切り取って固定している。……壁も床も、お前が動けばそのまま付いてくるはずだぞ』
盲点だった。
俺はずっと、店を「建物」だと思い込んでいた。
だが、これは俺のスキルの内側に作った「仮設住宅」に過ぎない。
俺が歩けば、安全地帯も歩く。
なら、その中にある店も一緒に動くはずだ。
「……やってみる価値はあるな」
俺は立ち上がった。
絶望が、希望と冒険心に変わっていくのを感じた。
野菜がないなら、森へ行けばいい。
スーパーがないなら、ダンジョンをスーパーにすればいい。
「クロ、案内頼めるか?」
『ふん、高いぞ。……明日の朝飯は、マグロの刺身を倍にしろ』
「交渉成立だ」
俺はニヤリと笑った。
アイテムボックスから、白木でできた看板を取り出す。
裏面にマジックで文字を書く。
『食材仕入れのため、臨時休業(移動中)』
これを店の表に掲げれば、準備完了だ。
エリザが来たら驚くかもしれないが、書き置きでも残しておけばいいだろう。
「よし、出発は明日の早朝だ。……行くぞ、98階層!」
俺は拳を握りしめた。
目指すはダンジョンの森。
新鮮な野菜と、ついでに未知の食材を求めて。
深層食堂、初の出張営業(?)が始まろうとしていた。
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