第12話 『深層食堂』開店
「はふっ、あつっ、うまっ!」
リーダーの男が、揚げたての鶏肉を口の中で転がしている。
カリリ、という衣の音が店内に響いた。
サクサクの衣を噛み砕くと、中から熱々の肉汁が溢れ出す。
醤油とニンニクの香りが鼻に抜ける。
「なんだこれは……肉が、飲めるぞ!?」
盾持ちの大男が、目を見開いて叫んだ。
彼は既に二個目を口に放り込み、白米をかっこんでいる。
「この衣の味付け……絶妙だ。塩気と脂のバランスが完璧すぎる」
魔術師の男は、冷静に分析しようとしているが、その箸は止まらない。
額に汗が滲んでいる。
熱々の唐揚げと味噌汁、そして炊きたてのご飯。
代謝が一気に上がっている証拠だ。
「店主! これ、おかわりできるのか!?」
「おう。飯と味噌汁は自由だ。唐揚げの追加は別料金だけどな」
俺が言うと、三人は顔を見合わせ、同時に頷いた。
「追加だ! 金ならある!」
「俺もだ! あと五個くれ!」
いい反応だ。
俺は揚げ網を振った。
油が跳ねる音。
キツネ色に揚がった鶏肉を、油切りのバットに上げる。
彼らはまるで、数日ぶりに飯にありついた野生動物のようだった。
だが、その表情は入店時の殺伐としたものとは違う。
生きる喜び。
食う幸せ。
それが顔全体に溢れ出ている。
カウンターの端で、エリザが満足そうに爪楊枝を使っていた。
彼女は既に完食し、食後の茶を楽しんでいる。
「……いい食いっぷりだ。見ていて気持ちがいい」
彼女は先輩風を吹かせて言った。
つい数日前、自分も同じようにガツガツ食っていたことは棚に上げているらしい。
「エリザさん、あんたよくこんな店を見つけたな」
リーダーの男が、口の周りをナプキンで拭きながら言った。
その顔色は、入店時とは比べ物にならないほど血色が良くなっている。
「偶然だ。……だが、運が良かった」
エリザは湯呑みを置いた。
「ここは『安全地帯』だ。外の理不尽が届かない場所だ。……覚えておけ。ここで武器を抜くことは、死ぬより愚かな行為だとな」
彼女の言葉に、三人は深く頷いた。
S級冒険者の言葉という重みもあるだろうが、それ以上に、この空間の居心地の良さを肌で感じているのだろう。
食事が終わった。
皿は綺麗に空っぽだ。
「いくらだ?」
「唐揚げ定食三人前と、追加が十五個。……銀貨5枚ってところか」
俺が提示すると、リーダーの男は懐から革袋を取り出した。
銀貨を数え、カウンターに置く。
そして、さらに一枚、追加で置いた。
「チップだ。……釣りはいらねぇ」
「おっと、気前がいいな」
「命拾いした礼だ。……正直、ここに入るまでは全滅を覚悟してた」
男は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ありがとう。……生き返ったよ」
その言葉は、どんな高価な報酬よりも俺の胸に響いた。
料理人として、これ以上の誉め言葉はない。
彼らは装備を整え、出口へと向かった。
背筋が伸びている。
来た時のような悲壮感はない。
腹が満ちれば、心も強くなる。
それが人間という生き物だ。
「ご馳走さん! また来る!」
「ああ、気をつけてな」
三人は熱風の吹く外へと出て行った。
エリザも立ち上がる。
「私も行く。……腹ごなしに、少し狩ってから帰るか」
彼女はニヤリと笑い、俺に手を振った。
そして、軽やかな足取りで店を出て行った。
パタン、と扉が閉まる。
店内に静寂が戻る。
だが、それは孤独な静けさじゃない。
祭りの後のような、心地よい余韻が残っている。
「……さて」
俺はカウンターの上の硬貨を回収した。
紅茶缶に入れる。
チャリン、という音が重なった。
これで、やっていける。
確信があった。
ここは地獄の99階層だが、需要はある。
俺の料理を求めてくれる客がいる。
俺は厨房の奥から、用意していたものを取り出した。
一枚の木の板だ。
そこに、墨で大きく文字を書いた。
『深層食堂』。
ベタな名前だ。
でも、これくらい分かりやすいのがいい。
俺は店を出た。
結界が追従してくる。
入り口の横、目立つ位置に看板を掲げる。
釘を打ち込む。
カーン、カーンという音が、岩場にこだまする。
「よし」
俺は一歩下がって、自分の城を見上げた。
プレハブ小屋に毛が生えたような小さな店。
赤提灯。
紺色の暖簾。
そして、『深層食堂』の看板。
背景にはマグマと黒い岩肌。
世界一場違いな、けれど世界一温かい店だ。
「悪くない」
俺はポケットからギルドカードを取り出した。
なんとなく、確認したくなったのだ。
カードが淡く光る。
ステータス画面が表示される。
【名前:トオル】
【職業:ダンジョン料理人(NEW!)】
【店舗ランク:アイアン】
【常連客数:4名】
【称号:深層の聖域主】
「……なんだこれ」
職業が変わっている。
それに、店舗ランク?
称号?
ギルドのシステムにこんな機能があったなんて聞いていない。
『ふん、当然だろう』
足元から声がした。
クロだ。
いつの間にか俺の足元に来て、看板を見上げている。
「クロ、お前……これ、どういうことだ?」
『ダンジョンがお前を認めたのだ。……いや、面白がっていると言うべきか』
クロは金色の瞳を細めた。
その視線は、俺の顔ではなく、店全体を包む結界そのものに向けられているようだった。
『本来、ここは奪い合い、殺し合う場所だ。だがお前は、ここで「与える」ことを始めた』
「……飯屋だからな」
『それが異質なのだ。……だが、悪くない。殺伐とした空気が、お前の飯の匂いで上書きされていくのは』
クロはふわりと浮き上がった――ように見えたが、単に看板の上に飛び乗っただけだった。
器用にバランスを取りながら、俺を見下ろす。
『精進せよ、料理人。我の舌を満足させ続ける限り、この場所は我が守ってやる』
「はいはい。家賃分は働いてくれよな」
俺は苦笑して、クロの頭を小突いた。
クロは「無礼な」と文句を言いながらも、避ける素振りは見せなかった。
俺は店の中へ戻った。
まだやることはある。
明日の仕込みだ。
次はどんな客が来るだろうか。
ドラゴンか?
悪魔か?
それとも、また腹を空かせた冒険者か?
誰が来ても構わない。
俺はエプロンを締め直した。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
まだ誰もいない店内に、俺の声が明るく響いた。
地獄の底で、今日も店を開ける。
ただそれだけのことが、こんなにも楽しいなんて知らなかった。
俺の第二の人生は、ここから始まるんだ。
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