おとなになれば《鳥》になれる…?

なんて素敵…。
おとなのための童話を読んだような心地で余韻に浸っております。

おとなになれば鳥になれるのよ――
そう教えられ、鳥になることをなかば強要されて育つ子等。朝からさえずり、造り物の翼を身につけては飛ぶ練習を繰りかえして――

様々な考察やいろんな読みかたができる小説だと思うのですが、
私は「鳥になる」というのは才能の開花の寓意なのかなと想像しながら読んでいました。
競争ではなく、みずからがすぐれていると誇示するためでもなく、ただ「飛びたい」という想い。空にあることが「あたりまえ」であるという本能。それが才能なのかなと。

でもそれは神のように信仰されるものでもなく、そうあらねばならないと強要されるものでもない。
童話というのはゆがみを持つものだとおもっています。歪み真珠のごとく。
それだからこそ童話は時に残酷で、たまらなく美しい…。

皆様はどのように感じましたか?
様々な感想を聴きたくなる素敵な小説でした。