第8話 もう一人の被害者
「女って怖ぇな」
帰り道を歩きながら、洋介がボソッと呟いた。
先ほどの綾香との話し合いを見ていてそう感じたのだろう。俺だってそう思う。
何かちゃんとした理由があって俺のことを引き留めているのかと思いきや、全くそんなことはなく、ただただ自分勝手な理由で俺を引き留めていたのだから。
恋人をステータスや飾り物としか考えていないような話し方で、呆れるのと同時に怖かった。
「すべての女子があんな感じってわけではないからね。あの人の場合、表向きは色んな人と接しているように見えてても、よく絡んでいるのは素行の悪い人たちだろうから、あんな偏った考え方をしているんじゃないかな」
小春は探偵のように、的確に予想した。
一部偏見が混じっているような気もするけど、たしかに綾香がそういう連中と話している場面をよく見かけていたような気がする。
案外、小春の予想は間違っていないのかもしれない。
「たしかにそうかもなぁ。小春は素行の悪い人にならないようにね」
「お兄ちゃんがいる限り、そんなことにはならないよっ」
「それならいいんだけど」
学校を出てから五分ほどで洋介と別れ、俺と小春の二人になった。
こうして兄妹二人で一緒に帰れるってのもいいものだ。幸せを感じる。
「今日はありがとな」
「ううん。お兄ちゃんの為なら私は何でもするよ!」
「それは助かる。小春も何かあったら俺を頼ってくれていいからな。まあ、頼りないかもしれないけど」
「ふふっ、分かった。全力で頼るよ!」
「程々にな」
二人で話していると、前のほうに見覚えのある後ろ姿があった。
俺と小春は顔を見合わせた。
「あの人って……」
「ああ、間違いない。話しかけよう」
ゆるふわなパーマの黒髪を肩まで伸ばしており、綺麗な姿勢で、一定の歩幅で歩く後ろ姿。
「あの、すみません」
「あ、はい」
振り返るその顔からは、とても柔らかな印象を受ける。
包容力のありそうな、お姉さんタイプの人だ。
雰囲気そのものが優しさに満ちているといった感じ。
「生徒会長の香澄先輩……ですよね?」
「はい、そうです。学校で何かありましたか?」
「学校でというよりは、香澄先輩に話しておいた方がいいことがありまして……」
香澄先輩は困惑した表情を浮かべた。
何も知らなそうなその表情を見てしまうと、非常に言いづらくなってしまう。確実にこの事実を話してしまったら、この人は悲しむだろうから。
でも、言わずに自分の知らないところで恋人に浮気をされ続ける方が香澄先輩にとっては酷だ。
だから、言わなくてはならない。
「生徒会にではなく、私個人にですか?」
「……はい」
「分かりました。それでは、お話を聞きましょう」
周りには誰もいないことを確認する。
出来るだけ他の人には知られない方が良いだろう。
「香澄先輩はお付き合いしている方がいますよね?」
「はい、いますね」
「その方とは上手くいっていますか?」
「そうですね、最近はあまり一緒に下校したり、遊びに行ったりできていないですけど、そこまで悪い関係ではないと思いますよ」
俺と同じだ。
最近、遊びに行ったりできていないのは、香澄先輩の彼氏が綾香と浮気をしていたからだろう。
だけど、香澄先輩は自分が受験生だから誘われていないとか思っていそうだ。あくまで推測に過ぎないけど。
「もしよろしければ、香澄先輩の彼氏さんの写真を見せてもらってもいいですか?」
これは確認しなくてはならない。
人違いだったらマズいからな。
綾香の浮気現場を目撃している俺は、相手の顔も覚えているから確認することは可能だ。
「いいですけど……」
不審そうに俺たちを見ながらも快く写真を見せてくれた。
そして、そこに写っている男子生徒は間違いなく綾香の浮気相手だった。
「今から俺が言うことは、香澄先輩をかなり動揺させてしまうかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
「え……? ちょっと怖いですけど、いいですよ」
一度、深呼吸をしてから覚悟を決める。
「香澄先輩の彼氏さんは、浮気しているんです」
「…………え? 笑えない冗談ですね」
「たしかに冗談に聞こえるかもしれませんけど、本当なんです」
「訳の分からないことを言わないで。あの人が浮気なんてするわけない。心優しい人なんですから」
やはり、すぐには信じてもらえないようだ。
まあ、こうなるとは思っていたけど。
「証拠を出せるわけじゃないから、そういう反応になるのも仕方ないと思いますけど、騙され続けてほしくないんです!」
「証拠はないんでしょ?」
「ないです。だけど、俺も香澄先輩と同じ被害者だということは知ってほしい」
「どういうこと……?」
香澄さんの表情が変わった。
真実を伝えたときは俺に対して怒りの様な感情を向けていたけど、今は真剣に俺の目をまっすぐと見ている。
話を聞こうとしてくれている。
「香澄先輩の彼氏さんの浮気相手が俺の元カノなんです」
「冗談……じゃないのね……」
「残念ながら」
「そう……」
俺の顔を見て、冗談を言っているわけではないと感じたようだ。
まだ、俺のことを完全に信じるということは難しいだろうが、少しは信じてもいいかもと思い始めている感じだ。
ここからは今日あった出来事も話した方がいいかもしれない。
「俺は今日……というか、さっき、学校で元カノと話してきたところなんですけど、聞いてくれますか?」
「はい。聞かせてください」
真剣に俺たちを見つめる香澄先輩は、肩が震えている。
恐らく不安によるものだろう。最初は俺が冗談を言って馬鹿にしているとでも思っていたのかもしれないが、俺も被害者だと伝えたことで、気持ちが揺らいでいるのだろう。
この話は本当なのかもしれない、と。
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