第7話 綾香が何をしたいのか分からない
「悠太は妹と仲悪いはずじゃ……」
綾香は「意味が分からない」と混乱しているようだ。
俺たちの仲が改善したことを伝えていないからこういう反応になるのは当然か。
まあ、洋介には教えておいても良かったかもしれないが。
「気にするな。最近、仲直りしただけだ」
「……そう。邪魔だけはしないでよね」
小春は綾香に何を言われてもただ黙って睨みつけている。
心なしか黒いオーラを纏っている幻覚まで見え始めてきた。
「とりあえず、もう俺が綾香と話すことは何もない。俺たちは別れた。それだけだ」
「そんなのダメッッッ!!!」
綾香は響き渡る声で叫んだ。
思わず耳を塞ぎたくなるほどの声量で。
顔を真っ赤に染めた綾香が膝から崩れ落ちながら俺の服を強く掴んだ。
その表情には焦りが見える。
最初から疑問には感じていたのだけど、一体どうして俺に対してここまで執着するのだろう。
俺と別れたんだから、浮気相手とくっ付いてしまえばいいだけじゃないのか……?
綾香が何をしたいのか、さっぱり分からない。
「何がダメなんだよ。俺と別れたんだから、俺のことはさっさと諦めて浮気相手と付き合えばいいじゃないか」
「そんなことできるわけないじゃない!!!」
何で出来ないんだろう。
綾香のことを慕う人は多いのだから、俺と別れて浮気相手と付き合ったとしても、浮気をしたせいで俺と別れたということさえ隠し通せば、皆が祝福してくれるだろうに。
俺と別れてすぐに別の男と付き合い始めたことを公表すれば良い反応ばかりではなくなるだろうが、そこは時間が経ってから公表すればいいだけだしなぁ。
何故そこまで嫌がるんだ。
好きなもの同士で付き合えばいいじゃないか。
「なんで出来ないんだよ。俺を裏切ってまでそいつと一緒に居たかったんだろ?」
「そうじゃないの……」
「じゃあ、なんで?」
「…………」
綾香は俺の服から手を放し、目を逸らした。
これは、綾香の癖だ。言いづらいことがあると必ず目を逸らす。
浮気相手の男と付き合うことが出来ない理由があるのだろうか。
「誰にも言わないから教えて」
「……絶対に言わない?」
「ああ、言わない」
綾香は洋介と小春にも鋭い視線を向けた。
洋介はただコクリ、と頷き、小春は無言で睨み返すだけ。
「…………あっちもなの」
数秒の沈黙の後、綾香は震える声でそう答えた。
あっちも?
答えを聞いても分からないのだが。
「は? 何が?」
「あっちも浮気してるの」
「マジで言ってる?」
「……うん」
そういうことか。
ようやく理解できた。
綾香の浮気相手も遊びで綾香と浮気をしていた、と。
つまり、浮気相手にも本命の彼女がいるってことだ。俺のように浮気の被害者がいるのか。
クズとクズが浮気をしていた、と。
最悪だな。
「綾香の浮気相手の恋人は誰?」
気になってストレートに聞いた。
その人はまだ気づいていないかもしれないけど、俺と同じ被害者なのだから、ただ何も知らないままっていうのは可哀想だ。
「言わなきゃダメ?」
「当り前だ」
「絶対に?」
「そう言ってるだろ」
一向に答えようとしない綾香に段々とイライラしてくる。
こうなったら、申し訳ないが、小春を頼らせてもらおう。
小春に視線を向けると、小春は全てを察したのか笑顔で頷いた。何も言っていないのに伝わったようだ。
「答えないと綾香が浮気をしたことを言いふらすよ?」
「そんなことをしても皆が私の味方をすると思うよ……」
言いふらされても問題ないとでも思っているのだろう。
だが、綾香は忘れている。今、俺の隣に誰がいるのかを。
「たしかに俺一人だったら、そうかもな」
「それってどういう……」
「今、俺の隣にいるのは誰だと思っている?」
「……っ!?」
綾香は悔しそうに唇を噛みながら、小春を睨んだ。
が、小春は煽るように余裕の笑みを浮かべた。
綾香が多くの生徒から絶大な信頼を集めていることは周知の事実だ。
だけど、それは小春も同じこと。
よって、小春が『綾香が浮気をしていた』という事実を言いふらせば、多くの生徒が信じるだろう。
信じないにしても、綾香に対する不信感を抱くことは間違いないだろう。
学校の人気者に対抗するには、もう一人の学校の人気者をぶつければいいってだけだ。自分一人では何もできない情けない兄で申し訳ないとは思っている。
「言いふらされたくないなら教えて。浮気相手の恋人は誰?」
「……生徒会長」
「おいおい、マジかよ。よくそんな人の恋人に手出せたな」
「…………」
まさかの生徒会長だったか。
文武両道という言葉が最も似合う人物だと言える。
女子バスケットボール部のキャプテンでありながら、勉強面でも常に成績トップ。そして、生徒会長をしている三年生。
名を、
清楚でお淑やかな誰からも慕われる女子生徒だ。
まさか、そんなビッグネームの恋人に手を出しているとは思ってもみなかった。
後先考えずに欲望に任せて行動していたのだろう。
「もうこれ以上聞くことはないな。今までありがとう、綾香」
「ちょっと待って! 行かないで!」
聞きたいことは聞けたしこれ以上話をする必要も無いので、話を終わらせ教室を出ようとしたのだが、綾香は再び俺の服を掴んできた。
「離して。もう話すこともないし。浮気相手とくっ付けないにしても俺に執着する必要はないだろ」
「あるよ!」
「ないだろ」
「私に恋人がいなくなったら、馬鹿にされちゃう……。だから、私には悠太が必要なのっ!」
最後の最後まで綾香は俺のことを呆れさせてくる。
どんだけ我儘なんだよ。いくらんでも自分勝手が過ぎる。
恋人がいることをステータスとして考えているのかもしれない。
クラスの一軍女子たちが「恋人いないとかあり得ないよね~」と話しているのを耳にしたことがある。その場に綾香もいた気がする。
とはいえ、そんなことの為にずっと引き留められる身にもなってみろ。馬鹿馬鹿しい。
「お兄ちゃんから離れて。お兄ちゃんの隣は私の特等席だから」
小春はパシン、と綾香の手を振り払った。
こうしてようやく俺たちは綾香との話を終えることができた。
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