第6話 下手な言い訳

 時間は過ぎ、放課後。

 綾香は多くのクラスメイト達から一緒に帰ろう、と誘われていたが優しく断っていた。


 理由は分かる。

 まだ俺と話すことがあると思っているのだろう。正直、俺は同じ空間にいるだけで辛いから一刻も早く帰りたいところなんだけど。


 休み時間にも俺のところに来ると思っていたのだが、常に周りにはクラスメイト達がいたので容易に俺のもとまで近づけなかったらしい。人望があるというのも大変なんだな。


 他のクラスメイトが帰った今、ようやく俺と話せると思っているのだろう。

 大きなため息が出そうになるが、逃げたってまた次の日から同じ展開になるだけだ。となると、今、ちゃんと話すべきか。


「一応、俺も残るわ」

「部活あるだろ。いいのか?」

「少し監督に怒られるだけだし、問題ないよ」

「そうか。ありがとな」

「おうよ」


 洋介は本当に優しい。

 早く部活に行かないとサッカー部の監督に怒られると分かっていながらも、俺のために教室に残ってくれた。


 十分もしないうちに、他のクラスメイト達は全員教室を出て行った。

 僅かな静寂の後、綾香が俺たちのほうへと向かって歩き出し、俺たちの前で止まる。


「申し訳ないけど、あんたは出て行ってくれる?」


 綾香は洋介に向かってそう言った。

 他のクラスメイト達が居なくなったことで普段の女神の装いを止めたようで、強い言葉を使っている。


 が、洋介に動揺している様子はなく、一歩も動かない。


「俺は悠太を守るためにいるだけだ。護衛みたいなもんだよ。今のあんたが何をしでかすか分からないからな」

「ふんっ。邪魔だけど、別にいいわ」


 二人の間にはバチバチと火花が飛び交っているような幻覚が見えた。

 今の綾香を他の生徒が目にしたら失神するんじゃないかってくらい普段と違いすぎる雰囲気や言葉遣いをしている。


 俺自身もこんな綾香を見たのは始めてだ。

 付き合っていた時に喧嘩をした時でさえ、こんな強い言葉は一切使っていなかったはずだ。


「ねぇ、悠太。本当にもう浮気はしないから許して」


 結局、話をすると言ってもこれか。

 綾香は心のこもって無さそうな軽い口調での謝罪。心がこもってるか、こもってないかって、案外聞いただけで分かるものなんだな。


 この状況でもまだ許してもらえると、思っているのが表情から伺える。

 とりあえず、何故浮気したのか理由くらいは聞いておこう。


「なんで浮気したの?」

「えっ、それは、えーっと……悠太があんまり構ってくれなくて寂しかったから……。だから、本当に一瞬の気の迷いであんなことをしてしまっただけなの! 絶対にもうしないから、許して!」


 明らかに理由を考えていなかったと分かる返答。

 それにしたって、他に理由は思いつかなかったのか?


 いくら何でも酷い答え。


 俺が構ってくれなくて寂しかったから? 


 そんなわけないだろ。俺は毎日のように遊びに誘ったり一緒に帰ろうと誘ったりしたよ。それなのに、理由が『俺が構ってくれなかったから』?

 いやいや、嘘つくにしてももっとマシな嘘をつけよ。


 綾香は俺を傷つけるスペシャリストなのかもしれない。


「ねぇ、綾香」

「うん、何? 許す気になった?」

「そうじゃないよ。俺が構わなかったから浮気したって本気で言ってる?」

「本当は私だって、浮気なんてしたくなかったよ。でも、悠太が構ってくれなかったからぁ」


 怒りを通り越して呆れる。

 綾香はまだ自分の言い訳がおかしいということに気づいていないらしい。


「はぁ、今自分が言ってることがおかしいって気づいてる?」

「え、おかしい? 何が? 私は本当のことを伝えてるだけだよ」

「俺、毎日遊びに誘ったり、一緒に帰ろうって誘ったりしてたよね?」

「…………あ」


 俺の言葉を聞いてようやく気付いたようだ。

 ここまで来ると、笑わせようとしてるんじゃないかとさえ思えてくる。でも、表情を見る限り、マジなんだろうな。


「いや、その、あのー、今のはちょっとした冗談でぇ……」


 あからさまに焦りだす綾香。

 そんな姿を見ていると、これ以上何を話しても意味が無いんだろうな、とそんな気がしてくる。

 今の状況でも、まだ言い訳をしようと考えているようだし。


「この状況で冗談を言うような人とは別れて正解だったな」

「ちょ、ちょっと待って! 本当に悪いと思ってるから! 悠太だって本当は私と別れたくないんでしょ? 今は意地を張っちゃってるだけだよね。そうだよね?」


 何故、俺は今まで綾香の本性に気づかなかったんだろう。

 俺も大概アホだな。

 知り合ってだいぶ経つけど、綾香がここまで酷いとは知らなかった。自然とため息が漏れてしまう。


「お兄ちゃ~ん! 迎えに来たよ~!」


 どうやって話を終わらせようかと考えていたら、二人目の護衛が登場した。

 もちろん、小春だ。


「は……?」


 綾香は「あり得ない」とでも言いたげな表情で小春に視線を向けている。

 俺と小春の仲が悪いと聞いていたから、この反応になっているのだろう。だって、隣に立つ洋介も目を丸して驚いているのだから。


 ま、こうやって仲良くなれたのは間違いなく綾香が俺を裏切ってくれたお陰だけどな。


「あれ、まだ終わってない感じ?」

「いや、もう終わるとこだよ」

「そっか~」


 小春は綾香に鋭い視線を向けたまま、俺の隣まで歩いて来た。

 綾香は状況が呑み込めていないようだ。


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